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神統記(テオゴニア) 作者:るうるう

ラグ村の少年

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05






 指先の火は消えない。
 白姫様はこっちへ近づいてこようとする。
 桶の中の水がぶくぶくと沸き立ち始めている。特に火のまわりが急激に熱せられて、やけどしそうなほどの熱さがゆらゆらと上り出している。

 「その桶の中はなんなの?」

 カイが何かをしそうだと察したのか、白姫様がやにわに駆け寄ってきた。
 こんなところで心の準備もなくおのれの異常性を露見させてしまうわけにはいかないと、カイは必死に念じた。

 (…消えろ、消えろ、消えてくれ)

 「あなた見たことある顔ね、その桶の中を…」

 指先の『火魔法』は消えない。消えろと念じてはいるのだけれども、それが『消しかた』の正解であるようには自分でも感じられなかった。
 水の中でも消えない火だから、酸素供給を止めたからって消えるわけがない。
 なら冷やす? あるいはほかの魔法を発動して上書きする? でもそのときはなんの魔法を上書きするの?
 数日前の無学なカイならば、一瞬のうちにそこまでの思案を巡らせられなかっただろう。次々と火を消す場合のシチュエーションを頭の中に並べ立てていき、そして『これは』と思うイメージにたどり着く。

 (ガスの元栓を……閉める)

 全身から回収され続けている生命力らしきものを、意識してカットする。
 背を丸めて桶を隠しているカイの肩に手をかけて、白姫様が彼をひっくり返すのと、魔法を燃料切れさせるのがほぼ同時であった。
 自分よりも小柄で細腕な白姫様には恐るべき腕力が備わっていて……それはむろん白姫様もまた領主家伝来の『加護』を受け継いでいるからなのだが……ともかくそのしとやかな容姿を裏切る怪力持ちであったりする。モロク家は当主様、長子のオルハ様、そして白姫様の3人の『加護持ち』がいるのだ。
 白姫様のそれはモロク家がかつて治めていた村落の土地神で、亜人の襲撃で10年ぐらい前にその村自体は失われてしまっている。放棄した土地を細々と手入れし続ける地味な作業を続けることで、どうにか加護を維持しているものらしい。当然ながら3柱の加護の中では一番非力である。
 だけれども……弱っているとはいえそのすさまじい腕力は、うずくまるカイの身体をほとんど持ち上げてしまっていた。
 手から離れた桶が水をぶちまけながら宙を舞う。
 そして水の中から出たカイの右手……その人差し指の先に燃えていた魔法の火は、そのときほの青い揺らめきを残してふうっと消えてしまっている。気付かれていないと思いたかったが、どうにも微妙な瞬間だった。
 そうしてどうと背中から倒れ込んだカイは、まだ十分に治っていない肋骨の痛みが盛大にぶり返して、のけぞるように絶叫したのだった。

 「いいっっってぇぇぇ!!」

 白姫様があまりの大声にぎょっと立ちすくんでしまっている。
 とっさに口を押さえたもののもう十分に絶叫してしまったカイは、城館のそこここから何事だと問い質す叫びが発されるのを耳にして、大慌てでその場から逃げ出そうとした。
 白姫様が「待って」と声をかけてくるのに振り向きもせず、わが身を抱えるようにして遁走しようとしたカイであったが…。

 「だから待ちなさいって言っているでしょう!」

 白姫様に服の襟首をむんずと掴まれ、ひょいっと引っこ抜かれるようにあっさりととっ捕まってしまったのだった。だから怪力パネエって!
 その後城館は亜人族の夜襲があったと大騒動となり、寝ていた兵士は全員たたき起こされ、ご当主様までもが寝所から飛び出してきたというから、それらがすべて誤報によるものだと判明した後ははもう、怒り心頭の大人たちによる(しつけ)という名の折檻地獄と相成ったのだった。



 「ほんとうにごめんなさい」

 過剰体罰で警察に捕まることなんかないこの村では、躾はリアルな暴力行為で行われる。骨折箇所に触らないように最低限配慮されたカイは、半日後、柱にくくりつけられた状態で顔だけをブクブクに腫れ上がらせて泣いていた。
 ひとつと怒るたびに怪我人相手に本気ビンタする村のおっさんたちはマジでやばいです。精神注入というやつを現実に実践していらっしゃいます。
 もうほとんどぼそぼそとしかしゃべれないカイに手を合わせながら、白姫様はこっちを覗き込むように見てきて、「本当に大丈夫なの?」と心底申し訳なさそうな顔で聞いてきた。いや、大丈夫じゃないですから。
 このような事態となった責任の一端は感じているらしい白姫様。領主の娘が素で下っ端兵士に頭を下げてくるのだから、非常によい子ではあるのだけれども…。

 「…それで、あのときの『火』の件なんですけど」

 若干粘着質気味なのが玉に瑕だった。



 あのー、すいません。
 もうそろそろ、無理やりしゃべらすのはやめてほしいんですけど。口の中が痛すぎて分かりやすく泣いて見せてるんですけど、…白姫様?

 「…なるほど、あなたは『御使い』の素質があるのですね」

 まったく配慮はしてくれませんでした。そもそも叩かれた痛みとかが想像できない様な育て方されたのかな…。
 みつかい?
 それって魔法使いのことですか? こういう術っぽいのを使う『加護持ち』が都のほうには多い、と。
 それって、中央の偉い貴族さまたちってことですよね? …えっ、そんな人たちの中でも『みつかい』は少ないんですか。そうですか。

 「使い方を間違うとすぐに死んでしまう危険な技だから、一部の特別な家系のみで扱われてるらしいわ。…あなた、素質はあるようだけど、もう二度とその術は使わない方がいいと思うわ。あなたぐらいの普通の子だと、体中の霊力をすぐに燃え尽きさせてしまうから」

 その辺はもう体験として理解してます。
 アレですね、その『霊力』とかが枯渇すると、気絶とかじゃなく死亡するということなのですね。実感しましたからよーく分かります。

 「…この件については秘密にしておきましょう。あなたもみだりに周りに吹聴などしないでくださいね? あなたみたいな年頃の子は特にそういう『特別な力』に憧れますから、きっとすぐに死人が出てしまいます」
 「…はい」
 「人の霊力は、蝋燭1本を燃やすほどの量しかないと言われています。あなたもそのくらいの時間あれを燃やしてたら、いまごろ心の臓が止まって死んでたかもしれません」
 「………はい」
 「『加護持ち』ですらやり方が分からないと怖くて手が出せない技だと言われています。くれぐれも、周りには軽率にしゃべったりしないように」

 釘を刺されまくりです。
 まあ命の危険があるというのなら当然なんですが。
 そうして白姫様はいい匂いを残して折檻部屋から出て行ったのだけれども、ふふふ、ここにも特別な力に憧れるおばかな年頃の男がいることをお忘れですよ。
 命の危険がある?
 いいね、やってやろうじゃないの。
 都のほうに『御使い』とかいうこの魔法を秘伝としている一族がいるというのなら、この霊力の実際的運用法は確実にあるということを意味している。
 『魔法』についていろいろな解釈法、多岐に渡る用途を想像できる知識を彼は前世記憶として有しているのである。冷や飯喰いの底辺雑兵から這い上がるきっかけになるかもしれないその『気づき』を、無為に放り出すようなことはあり得ない。
 せめて散々試行錯誤を繰り返した後に「やっぱり使えない」という判断が生まれたのならばそのときにはっきりとやめればいい。まだ可能性のあるうちは、模索しまくりです。
 そのときふと体を戒めているロープを切れないかと思い立ち、さっそく『術』の行使を検討し始める。つばを飲み込もうとして、口の中に広がる血の味に顔をしかめる。
 いや、勝手に自由になっても怒られそうなので、ここは『治癒魔法』について考察すべきところだろう。まずは口の中の傷を治せるかどうか試してみよう。
 まず第一に留意しなければならないことは、手持ちの魔力……『霊力』というやつを、自分は底辺の人間であるから大した量を持っていないということ。
 第二に、『霊力』枯渇で死亡するような馬鹿なことが起こらないように、練習に必ず『安全装置』を用意すること。
 第三に、具体的にどのようにイメージすれば『治癒』としての効果を得られるのか、理屈の部分を十分に考察することである。

 (魔法の行使までをタイムラインとして、一本の線とする…)


 ①魔法ルーティンの開始
 ↓
 ②時間カウントダウンウォッチドッグタイマー開始(『霊力』総量を考慮して秒管理)
 ↓
 ③魔法の試行
 ↓
 ④結果判定(×の場合、③に差し戻し)
 ↓
 ⑤内部カウントが終了時、ルーティンの強制終了
 ↓
 ⑥魔法ルーティンの終了を確認


 …だいたいこんな感じだろうか。
 なんとなくプログラムっぽい感じだが、魔法の思考錯誤で時間感覚を忘れるヘマを侵さないよう、時間制限による安全管理を行うべきだろう。
 カイは折檻部屋である城館の庫裏(くり)の中を見回した。麦の収穫時はいっぱいになる倉庫なのだが、収穫前の時期にはずっとがらんどうで、こんな折檻なんかにも使われたりする。
 通風に開けられた明り取りの窓の外を、水滴がしたたっている。上の階で誰かが使った汚水を外に捨てたのだろう。
 1、2、3、4…。
 だいたい2秒間隔ぐらいなので、5回したたったら強制終了ということにしよう。10秒くらいでさすがに死にはしないと思うのだけれども、たかが練習で命を賭ける必要もない。

 (…水か5回したたったら問答無用で終了)

 すうっと、胸いっぱいに息を吸い込んでから、カイは危険な魔法実験を開始した。幸いにいまは柱に縛られているので、手足の力が抜けても倒れ込むことはない。
 最初の水のしたたりを待って、カイはおのれの『神石』に意識を伸ばした。
 まずはなけなしの『霊力』を全身から搾り集める。その回収作業は『神石』が念じるだけで自動的にやってくれる。
 そして手足が急速に血の気を失い、冷えてくることにびくつきつつも、『神石』の熱をまず直したい口のところにまで持ってくる。
 ここまでで水が2回したたった。

 (傷よ治れ…ツ)

 念じる。
 念じる。
 念じる。
 …だがダメ。

 イメージを切り替えろ。

 (肉よ元に戻れ…)

 念じる。
 念じる。
 …だがこれもダメ。

 水がさらに2回したたった。
 思考錯誤は次で最後だ。

 (細胞よ活性化しろ(・・・・・)ッ)

 念じる。
 すべてを振り絞るように念じる。
 …そして口の中がぼんやりと柔らかな熱を帯びた。

 ゆっくりその感覚を味わっているゆとりはなかった。
 窓の外を5回目の水がしたたって、強制終了の時間となった。
 イメージするのは先ほど魔法カットに有効だと判明している『ガスの元栓閉め』である。『神石』から伸びている熱気のラインを、ギュッと締め付けるようにカットした。
 はあ、はあ…
 肩が揺れるほど呼吸が荒い。
 たった10秒の間に全精力を使い尽くしたかのような疲労感だった。手足の熱が徐々に戻ってくるにつれて人心地がついてくる。

 (…口の傷は……よくなったのかな)

 ぺろりと舌を回してみて、やってきた鈍痛に顔をしかめる。
 しかし先ほどまでの鋭い針を刺すような痛みはなかった。
 治ったのか、治ってないのか。正確な評価はこの部屋から解放されたのちになるようだった。
 疲れから、カイはほとんど気を失うように眠りに落ちたのだった。
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