挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
神統記(テオゴニア) 作者:るうるう

谷の神様

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

31/52

31






 「どうにかしてあの墓所を検分できないものでしょうか…」

 坊さんの要望はまあそこにいるみなが理解していた。
 そいつを確認するためだけに、こんな危険な森の深部にまでやってきたのだから。そしてその希望をかなえるべく行動を起こそうとする坊さんを、護衛の兵士たちは必死になって思い留まらせたのだった。

 「無理だ!」
 「あんなところにどうやって行くつもりなんですか!」

 蜥蜴人(ラガート)の低湿地が途切れてからはもうただひたすらに歩いた。
 人族が支配する平地がちな土地からどんどんと離れていっているのだ、地勢ははっきりと荒れを見せ始め、何度も山や峡谷を越えた。
 そうして衝立のように視界を阻んでいた断層のような岩のガレ場を手探りで登り、ようやく開けた視界には……森のかなたには人族がほとんど目にしたことがないだろう広大な平地が広がっていた。
 そこは人族の知らない豊かな土地だった。どこかで道を間違えて、もといた村のあたりに戻ってしまったのではないかと不安を覚えたほどに、それは平地馴れした人族を安心させる景色だった。まだ開墾もほとんどされていない手付かずの原野が疎林の間に散在し、食糧不足に悩んでいる兵士たちがもったいないと拳を握ってしまう。
 そんな手付かずの広大な土地に、大きな争いがいままさに起こっているのだった。

 「あんなところに突っ込もうなんざ、どうかしてる!」

 灰猿(マカク)人と豚人(オーグ)がその原野で入り乱れ、お互いの族人の命を悲鳴を上げながら磨り潰し合っている。遠く離れた場所からでも土地が赤く染まって見えたほどだった。
 それでも坊さんは行こうとする。
 《二齢神紋(ドイ)》を持つその怪力で暴れられるものだから、止めるのも兵士たち総出であった。

 「…せめてあの戦いが終るまで……そのうちにどっちかが逃げ出して、その掃討戦に移ったら好機なんじゃないですかね!」
 「そうしましょう、待ちましょう!」

 あんな激しい殺し合いが永遠に続くわけもない。
 待つと言ってももしかしたら数刻ほどのことでしかないのかもそれない。そうして暗くなるのを待って忍び寄るのが普通の神経をした考え方であるだろう。
 両種族がぶつかり合っているただなかに、レンガを積み上げたような三つの塔が並んでいる。酒盃を逆さに置いたようなずんぐりとした姿の塔である。
 その周りに焼け落ちた集落の成れの果てがあり、ひと目見ただけであの塔がくだんの『墓所』なのだとみなが理解していた。
 どこの種族も墓所は建物で覆ってしまうものらしい。
 大切な財産として雨風から守りたいという気持ちがどうしても表れてしまうのだろう。なので墓所を調べるためにはあの焼け落ちた集落に潜入する必要があった。
 最初は暴れていた坊さんであったのだが、戦場にかなり強力そうな『加護持ち』の姿が散見されるのを見て、しばらくの後に態度を改めていた。

 「…あの戦いの帰趨を見極めてから、潜入いたしましょう。…人数はそうですね、カイの班を連れて行くことにしましょう」

 手早く役割の分担がなされ、みな黙々と準備を始める。
 おのれの命がかかっていることを全員がわきまえている。ただひとり坊さんの調べものをするためだけに、自分たちの命が使われるのだということを黙って受け入れている。
 このなかの何人が生きて村に帰れるのだろうか。
 殺し殺される厳しい環境の中で生きてきたがために、みな心のどこかが壊れているのかもしれなかった。



 カイは静かに周辺の気配に神経を集中させている。
 隈取りが出ぬ程度に力を絞っているものの、察しのよさげな坊さんがすぐそばにいるので緊張を緩めることもできない。
 灰猿(マカク)族と豚人(オーグ)族の戦いは、結局豚人(オーグ)族の優勢が決し、灰猿(マカク)族軍勢が逃げ散ったことで自然と掃討戦に移行した。
 豚人(オーグ)族の先頭には巨体を揺らしながら疾駆する鎧武者がおり、その鈍重そうな見かけにそぐわない脚力で灰猿(マカク)族をなぎ払っている。その大きな角のついた兜の下には、赤黒い恐ろしげな鼻面が見えた。
 明らかに『加護持ち』である。しかもほかの『加護持ち』と比べても明らかな格の違いを感じる個体であった。
 そのときカイの脳裡に、ひとつの言葉がよぎった。

 (六頭将(リグダロス)だっけか……もしかしたらあいつかも)

 1000もの族人を率いて戦っているリーダーは間違いなくあいつだろうと分かる。
 人族であれだけの兵士を集められるのは、辺土ではバルター辺土伯ぐらいなものだろう。そのぐらいの強力な加護の持ち主だと思ったほうがいいのかもしれない。
 興奮した豚人(オーグ)族は、逃げ散っていく灰猿(マカク)族の『神石』を勝ち取るべく、執拗に追いかけていく。戦場での『神石』狩りである。ゆえに敗走する相手を追う兵士らの追及の手はなかなか止まらない。カイを谷まで追い詰めたあの豚人(オーグ)兵もそうだったが、どの種族もおのれを成長させる『神石』を喉から手が出るほどに欲しがっている。
 ほとんど待つこともなく、戦場から生き物の姿がほとんどなくなった。

 「いきましょう」

 坊さんが言い、走り出したその背中をカイたちが追い始める。

 「武運を」
 「死ぬなよ!」

 その場に居残った仲間たちから声がかかる。
 その場に残るといっても、彼らにもカイたちの撤退支援という地味に危険な仕事が求められている。退路を確保し、必要に応じて敵兵をひきつける陽動などを行う手筈だ。むろん彼らのなかに『加護持ち』はいないので、危険なのはむしろ彼らのほうといえなくもなかった。
 森を飛び出し、土地の起伏を利用しつつ集落へと向うカイたちに気付く豚人(オーグ)はいない。居残り組はみな灰猿(マカク)人の『神石』を貪り食うのに必死で、あまり周りを見てはいなかった。
 一匹だけ気付かれてしまったが、ちょうど髄を咀嚼している最中で、そこは坊さんがすばやく飛び込んで、声を出さぬように錫杖で首の骨を叩き折った。
 一瞬『神石』を取らないのかと立ち止まりそうになる仲間を坊さんが叱咤して走らせる。物事には優先順位というものがあり、それが分からないやつは目先の欲に目がくらんで死ぬことになる。
 そうしてようやく先ほど見ていた、伏せた酒盃のようなレンガの塔を間近に見られる場所にまでやってきた。近くで見るとそれはラグ村の寺院にも似ていて、拝所のような香炉を置いた施設があり、その横には塔へと入る木の扉があった。
 むろんいまは扉は開け放たれている。
 その入口にはさすがに歩哨が立っていて、塔への侵入者に目を光らせていた。
 そしてその歩哨の足元に、この集落の住人たちであったのだろう、木の枝のような角を頭に生やした、山鹿のような姿をした亜人種の死体がいくつも転がっていた。実際に見るのは初めてだが、小人(コロル)族と同じ数が少なくなった鹿人(ウーゼル)というやつだろうか。
 それらの死体からはすでに『神石』が抜き取られたのか、多くの血だまりが出来ている。その角は貴重な薬の材料になるとかで人族の間では珍重されているのだが、豚人(オーグ)には興味もないらしくそのままにされている。
 カイたちは周囲を見回して、敵が近付かないかに注意を払う。その間に『加護持ち』相当の実力がある坊さんが歩哨の豚人(オーグ)らに飛び掛った。
 一匹目はたぶん本人も気付かぬうちに絶命させられただろう。坊さんが杖のようにして突いて歩いていた錫杖が頭を引き抜かれ、いつの間にか仕込みの刃が剥き出しになっている。その刃が延髄を刺し貫いていた。
 このあたりは集団戦の呼吸みたいなものだろう。一人目が倒れた瞬間に、カイたちが物陰から飛び出していた。否応なしにそちらへと目がひきつけられた残りの歩哨は、倒れていく仲間の後ろからするりと現れた坊さんに対処できなかった。
 下顎から脳天へと刃を突き入れられ、大きくびくんと跳ねた後に、その豚人(オーグ)兵は背中を壁にぶつけてずるりと倒れていった。
 この坊さん、マジで強い。
 感心している暇などなく、坊さんは塔の中へと侵入する。
 塔の中は、血とはらわたの生臭いにおいが充満していた。塔にはほとんど空気の抜ける窓らしきものもなく、死者の放つ異臭がこもってしまうのだろう。
 坊さんをはじめみなが鼻をふさぎながら暗闇のなかに踏み入って行く。

 「『火』よ出でませよ」

 つぶやいた坊さんの手元に青い炎がともった。
 それは紛れもなくカイも使う『火魔法』だった。
 目を見張っている彼の様子になどまったく気付きもせず、懐から小さな綴りを取り出して、そこに刻まれている碑文を読み始める。
 なんでこの坊さんはわざわざあんな手本を見て読み下しているのだろうとカイは不思議に思って、そしてああこの人は『加護持ち』じゃないんだと思い出す。土地神の恩寵があればおそらくこの墓の碑文は指で触れるだけで自然と読み解けるだろう。
 カイはなんとなく坊さんの見ている碑文にそっと指を触れる。
 正面の碑文はやはり単語がめちゃくちゃに並んでいて、よく意味が分からない。なのでなんとなく墓の裏側へとまわり、そこにある短い文字を読んだ。

 (われナゼルカゼェルなり)

 碑文には、ただそれだけが記されている。
 隷属する神の名もない。ただ一柱のみでこの地にある孤高の神なのだろう。
 カイはなんとなくだれにも見られていないことを確認してから、そっと手を合わせた。守っていた土地を荒らされて、この神様は相当に弱ってしまったろう。純粋にかわいそうな神だと思った。
 そのとき、こそりと何かの気配を感じた。
 はっとして顔を上げたカイは、坊さんがこちらへと歩いてこようとしているのを察した。そりゃそうだ、単純にこの墓の主の名を読むのなら、裏面が手っ取り早い。
 坊さんのものにしてはいささか小さな足音であったのだが、カイは気がつかなかった。
感想ありがとうございます。
11/16 設定参照ミスの訂正。神様の名前を訂正しました。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ