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小楽園編はここまでです。
蛇足であったか、適切であったかは読者様にゆだねられるところではあります。
忍び寄る影編は、適宜改稿しつつ復旧されていきます。
(時間を無駄にした)
ため息をつきつつも、カイは目の前に横たわっている前回切り出したバレン杉を見て腕組みをしていた。さて、どのように加工しようか。
そこまで大きいものではないものの、バレン杉は古木になると恐ろしいほどの大木となる種類である。若木といえど、大人が手を繋いでも一周するのに数人掛かりになる太さがある。
遠く、まだやいやいと騒いでいる小人族の声が響いてくる。
谷の神様、調停の神様と呼ばわってくるのだが、そんな神様は知らないし、谷の墓所に眠る土地神様も、よく分からないその雑音には興味を示していない感じがする。
まったく、いつまでもうるさいやつらだな。
ぶつくさ言いながら、カイは欲しい長さにバレン杉をまず輪切りにした。カイの身長のだいたい2倍ほどの長さだ。そうしてから今度は縦に薄く切っていく。
どうやって切っているのかというと、基本的には木を切り倒したときの『光の剣』を使っているのだが、瞬間的にしか発揮できない『切る力』は腕の肘の長さくらいまでしか届かないので、もうひたすらその魔法構築を繰り返して刃を通していくしかなかった。バレン杉はあまりにも太いので、2つにするだけでも息が上がった。
半刻ほどかけて6回ほど刃を入れて、大木の分厚いスライスが7枚出来た。
建築技術などまだ習ったこともないので、縁の形を適当に整えてからそいつを壁になるように地面にぶっ刺していく。切り口がまっすぐでないので隙間が出来るが、その辺はバレン杉の端材で埋めるからいまは気にしない。
贅沢な一枚板での壁作りはすぐに終る。小屋の一面は墓所の側面に寄りかかる感じなので、7枚あれば囲うことだけは出来た。
囲ってはみたものの、イメージしている『小屋』とは程遠い。床や屋根はどう作ればいいのだろうか。
とりあえずもう一本をスライスして、片側を墓所の上に差し掛けるような感じに『屋根』っぽくしてみる。床のほうも大きさだけ整えたスライス材を敷いてみた。
(……なんか違う)
『加護持ち』の怪力で地面に突き刺した壁はまあそれなりに丈夫でそれっぽく見えるものの、このとりあえず感満載の屋根と床は、ちょっとどうかと思う。
これは一度村の詳しいやつに聞いて、習い覚えるしかないだろう。この小屋ではあまりに残念すぎた。
まあしかし、雑作りではあるものの、秘密基地っぽくもありカイの中で疼くものもある。中に入ると切ったばかりの木材の匂いでむせるようだった。
ごろりと横になり、なんとなく目をつむるとそのままうとうとと眠くなってくる。『加護持ち』になってから基本あまり眠くはならないのだが、今回は木を切るのに霊力を使いすぎたのかもしれないと思う。
手を滑らせるように動かすと、ぱっと見では分かりづらい木の断面の歪みやらざらつきやらが良く分かる。『光の剣』を継ぎ足してやっている感じが波打って残っている。
(少し寝よう…)
カイは目を閉じた。
そうして久方ぶりに深い眠りについたのだった。
どれほどの時間眠っていたことだろう。
カイは身体に違和感を覚えて、ぱちりと目を覚ました。
眠気にかまけてうだうだと起きるのを後伸ばしにするような習慣はなかった。そんな寝坊する贅沢を村は子供たちに与えない。
脇の下辺りになんだか熱を感じる。
がばっと身体を起こしたカイの動きで、脇の下の『熱源』が離れて、ゴッと木に重たいものが当たるくぐもった音が起こった。
カイはその音の出どこを見て、くわっと目を見開いた。
「…おまえ、なんでいる」
頭を押さえてぷるぷると震えている幼女、もとい小人族の少女、アルゥエがうつぶせに丸くなっていた。
カイの腕に乗せていた頭が勢い良く床板に落下したのだろう。頭を抱えつつ器用に身体の向きを変えたアルゥエは、一瞬だけカイに涙目を向けた後、床に額をこすりつけるように深々と平伏した。
「群れに帰れといった。なんでここにいる」
「…アルゥエは、神様に、捧げられた。もう、アルゥエ、神様のもの」
「いらない、帰れ」
「アルゥエ、帰るとこ、ない。アルゥエ、神様のもの。生きて帰される、氏族に災い、起こる、言われた」
「災いなんて起こらない。いいから帰れ」
「…いらない、死ぬ」
「………」
カイが拒否するほどに張り詰めていくアルゥエの眼差し。放っておけば本当に自殺しかねない危うさがその瞳にはひそめられている。
カイのなかの揺れ動きを女性ならではの嗅覚で嗅ぎ取ったのだろう、アルゥエはさびしげな笑みを浮かべながら言葉を重ねた。
「帰らない。ここ、いる。…アルゥエ、神様のもの」
これは押し負けた、とカイは感じてしまった。
いかに見知らぬ他人とはいえ、おのれが受け入れないことで死を選ぶといわれれば、その結果をもたらした当事者として理不尽にも責任を負わされてしまう。
それに一度はわざわざカイ自らが率先して救いあげた命だった。無碍にその命を再び散らせることに抵抗を覚えないはずもなかった。
「…もう勝手にしろ」
やや捨て鉢気味にカイがそういうと、
「はい!」
とアルゥエが喜びをはじけさせて返事した。
そうしてさっそくとばかりに長い袖を紐でからげて短くすると、「神様。お世話する」と言って、外に飛び出していった。
なにをするつもりなのかとカイもまた小屋を出ると、外でアルゥエが遠く崖の上からこちらを見ていた族人らに大きく手を振って見せている。交渉成功!とでも合図しているのだろう。
そうすると崖の上の族人らが、何かの塊を縄でするすると降ろし始めた。「少し、待つ」とアルゥエは言葉を残して、その下へと走っていった。
しばらくして何かを抱えて戻ってきたアルゥエ。その腕にはいろいろな家事道具が山になっていた。小人族手製の、質のよい道具の数々だ。
手早く森の薪を集めて石組みの簡単なかまどを作ると、薬草園にある如雨露のような形をした銀色の器に湖水の清水を汲み、それを火にかける。
それがお湯を作る道具なのだとカイが理解できた頃には、他の作業もてきぱきとこなしたアルゥエによって、端材の板の食卓と、大きな葉っぱに盛られた食事が出現していた。
まるで魔法みたいだな、とカイは素直に感心した。
お湯はアルゥエ持参の焼物のカップに注がれて、その上からちぎり落とされた乾燥した葉っぱでいい匂いのする飲み物になった。
「神様、できた」
「…あ、うん」
少しぼうっとしていたカイを、アルゥエが促した。
「冷める、まずい」
「…いただきます」
とりあえず子供の頃から慣れ親しんだ食事前の聖句を唱えてから、まず気になっていた湯気を立てている飲み物に顔を近づけた。
「それは、香草茶。身体にいい」
小人族の飲み物なのだろう、ほんのりと薬師のばあさんが煎じる薬湯の匂いもしたが、概していい香りでお腹が温まってくる。何口か飲んでから、今度は食卓の上の食事に目をやった。
そちらは手間を掛けたものではなかったが、保存が利くようにするための『見えない作業』に真の意味での手間がかかっている食べ物であることはひと目で分かった。
干し肉を軽く火であぶったものと、乾燥させて白く粉の吹いた芋の切り身、それに保存の利くすっぱいチコの実が小さく盛ってある。
それを恐る恐る手にするカイを、アルゥエがじいっと見守っている。
干し肉は辺土でも貴重な塩がしっかりと利いていて、うまかった。
干し芋も意外なほどに柔らかく甘い。山林檎に負けないくらいに甘かった。
チコの実は正直すっぱいだけでおいしいものではなかったが、身体にいい物が入っていると村でも言われているので、味わわずに一気に流し込む。
「………」
「お代わり、いるか」
カイは黙って頷いた。
アルゥエを受け取ってしまった格好となったカイは、それでも小人族のいう『豚人族との仲立ち』などする気は微塵もなかった。
嘘をつくのが嫌なので、その旨をカイは崖上のポレック老に宣言したが、老はなにを企んでいるのかにこにこと頷きながら、いまはまだそれでもいい、と言った。どうしてもやれというならアレを持って帰れと言うと、手振りで拒否してくる。アルゥエのいう『帰るところがない』というのは真実であるのかもしれない、とカイは思った。
そして小人族たちから、氏族が安心してとどまれる場所がないので、この谷の縁で暮らしていいか、と聞かれたので、谷に入らなければいいと答えた。そうすると、小人族たちは手際よく棲むための場所を作り始めた。
次々にテントが現れだすのを見て、カイもまた「その手があったか」と遅まきながら気が付いた。
テントなら谷の好きなところに何度も移動できる。村にも出征用にいくつも準備されているので、そのなかのひとつをどうにかして手に入れられないものかと束の間考える。
そのときカイの閉じたまぶたを朝一番に差し染めた光が照らした。
谷での楽しい時間の終わりだった。
谷の稜線に沿ってにじむように広がっていく陽光が、小人族たちのテントも照らし出していく。彼らも朝の到来に日常的な祈りを捧げ始めている。
カイは墓所の仮小屋に戻ると、製材の時の木屑などを掃いていたアルゥエに、「出かけてくる」と告げた。
腹が減ったら森の食べ物を好きに食え、寝るときは小屋を使っても構わない……帰りたくなったらいつでも帰っていいと言った。
アルゥエは構えた箒を止めながら、心外そうに薄紫色の目を潤ませた。
「アルゥエ、帰らない」
日差しを受けた小人族の少女は、綺麗な菫色の長い髪をきらきらと輝かせていた。