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神統記(テオゴニア) 作者:るうるう

ラグ村の少年

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 人族の国は存亡の危機に瀕していた。
 国などという概念さえ持っているのかも怪しい辺土の村人である少年には、国家的危機などという感覚はむろんなかった。
 分かるのはただ人族の生きる糧を生み出していた土地が、周辺の亜人族に奪われ削り取られ続けていることだけ。辺土は文字通りに国の端っこのほうにある土地であったから、当たり前のように殺し合いの最前線となっている……当事者たちの理解のしようは単純だった。

 (今度は……飯が腹いっぱい食べられる世界に生まれてえな…)

 死者の魂がめぐる輪廻の輪から、零れ落ちた連枝世界(パライソ)のひとつがここなのだと村の古老からは教えられていた。ここで死ねば、少年の魂はまた輪廻の輪の中に戻り、違う世界で違う人生を歩むものなのかもしれない。

 (おにぎりが喰いたい)

 なんとなくつぶやいてみて、お腹がぐぅと鳴った。
 漠然とした、黒い三角形が頭に思い浮かぶものの、それがどんな食べ物なのかをやはり少年は知らない。ときたま前世の記憶を取り戻す人間がいるので、そんな未知の記憶を拾い上げただけなのだろうと、本人も自覚はしていた。
 味までおぼろげに思い出して、唾が沸いた。
 そうしてそこで、誰かに頭をぶたれた。

 「…いつまでも寝てんじゃねえ」

 一瞬、なにを言われているのか分からなかった少年は、瞬きした。
 声をかけてきた人影は、あまり彼の無事には拘泥(こうでい)していない様子で、反応をチラ見しただけでそのまま立ち去る構えを見せる。

 「…寝てねえ」
 「…生きてんなら、さっさと立ちあがれ。獣の餌になりてえんなら、そのまま寝てろ」
 「…生きてぇ」
 「ならさっさと立ちやがれ、このぼんくらが」

 こっちを見下ろして、にやりと歯を見せて笑ったのは、マンソという5つ年上の雑兵仲間だった。赤ん坊の頃からほとんどぐずらないおとなしい(マンソ)子供だったというその男は、18になってすっかりと口の悪い乱暴者になった。
 押し出しが強いので班のリーダーみたいな扱いになっている。

 「…どうやらおれらが『勝った』みたいだぜ」

 片手で支えられながらどうにか少年は立ち上がった。
 勝ったと言われてもすぐには腑に落ちない。
 揺れるたびにめまいのする頭をめぐらせて、戦場のいまの様子を確かめる。
 少年の目には、こっちを気遣わしげにみる仲間たちの姿が……そしてその足元には、なんとか仕留められたらしき小山のような灰猿(マカク)族の亡骸がある。
 そして彼らの向うに見える景色は……戦場の全景は、いまもなお殺し合いが続いている。ただ、最前までよりも人族側の兵の数がかなり増えているように見えた。
 どうやらラグ村の危機を知って、隣村の援軍が一斉になだれ込んできたらしい。盛んに「テンペル家の助勢だ!」だの「ボフォイ家参る!」だのと、各領主家の紋章旗を掲げた旗持ちが恩着せがましく触れ回っている。
 形勢が傾いたことで、撤退を判断した灰猿族の軍勢が甲高い鳴き声を発しつつ退いていく。同胞たちが伏せる森に逃げ込むつもりのようだ。
 そのとき硬いものが激しくぶつかり合ったような大きな音がして、少年の目がそちらへと向いた。見ればひときわ大きい異質な毛並みの灰猿族が、人族戦士と干戈を交えていた。
 大きさといい虎縞の毛並みといい、灰猿族でも名のある戦士に違いない、その見上げるように大きい灰猿族の将と互角に打ち合っているのは、長い黒髪を玉飾りで束ねた長身の青年だった。
 その青年もまたラグ兵を率いる将の一人であり、名はオルハといった。領主家の長男で、ラグ村の貴重な『加護持ち』……土地神の恩寵により人外の力を得た最強戦力の一角だった。

 「…おいおい、オルハ様とタメにやりあってるぜあの猿野郎」
 「まあ亜人のほうにも『加護持ち』はいるしな…」

 赤毛の灰猿族が渾身の力で繰り出した石斧を、オルハは鉄の剣で受けた。
 どんっ、と腹に響く音とともに、その足元が異常なまでに地面にめり込んだ。
 とてつもない力のぶつかり合い……加護持ち同士でしか成り立たない超常の戦いは、余人の介入を許さない神聖な神々の戦いの空気を放ち始める。
 そして剣の刃を滑らせるように横へと脱したオルハは、すぐさま攻勢に打って出て、目にも止まらぬ斬撃で相手を押し込み始める。その一打一打が大岩を砕くほどの威力があることを村人たちは知っている。
村の女たちからキャーキャー言われるのも頷けるというものだ。優男で腕っ節も別格、さらには領主様の跡継ぎ候補筆頭となればもう最強である。

 「オルハ様の顔に『(くま)取り』が現れ始めたぞ。いよいよこっちも『加護持ち』の本領発揮ってとこだな」
 「オルハ様、すげえな…」

 重さだけで子供ひとり分ぐらいある無骨な鉄打ちの大剣を、全身のバネを使っていとも容易く振り回す。そのオルハの怪力をもって打ち込まれた一撃を、灰猿族戦士もまた横薙ぎに繰り出した風を切り裂くような石斧の一撃で応じている。
 強烈な力と力が、空中で盛大な火花を散らす。
 ギャインッと頭の芯を叩くような金属音とともに、目に見えぬ衝撃波が彼らの周囲の草むらを突風のように激しく揺らした。何度も何度も打ち合わされていくうちに、ついには石斧が砕け、鉄の大剣も半ばから折れた。
 大切な剣を失ったオルハが呆然とするのを、老獪な灰猿族の戦士は好機として、蹴り足で砂礫を浴びせかけるや素早く身を翻した。同族たちの逃げる時間を十分に稼いだと判断したのだろう。追いすがる気配を見せたオルハであったが、置き土産とばかりに石斧の柄を投げつけられて、タイミングを逸してしまう。
 灰猿族戦士の逃げ足は、まさに脱兎に比する早さだった。長い猿臂を加えた四肢すべてを使い、跳ねるように地を駆ける。二本の足で駆けるしかない人族の及び付く速さではなかった。

 「…あーあ、逃げられちまった」

 敵の『加護持ち』を撃破したというのであれば、殊勲ものの大戦果となっていたであろう。オルハは悔しげにその背中を見送っている。
 そばにいた雑兵が折れた刃先を拾ってくるが、オルハは何事か指示したのみで、手振りでラグ兵たちにおのれが勝ったのだというアピールをした。空に突き上げたその拳を見て、兵士たちははじけるように大声を上げた。

 「猿野郎どもは逃げたぞ! ラグの勝ちだッ!」
 「勝ち鬨を上げよッ!」

 わぁっと戦場に歓声がとどろいた。
 助勢の隣村兵も一緒になって沸き立っている。彼らは助勢への返礼としてラグ村からいくばくかの麦を得るだろう。助かりはしたが、正直食事の量を減らされかねないラグ兵たちにはありがたくない部分もあった。
 頃合と見て、マンソたち雑兵仲間が頷き合って仕留めた灰猿族の亡骸に取り付きだした。
 リーダーであるマンソがナイフを心臓に突き刺して、確実に息の根を止めてから手振りで指示を出す。
 灰猿族の亡骸に何人かが切れ目を入れて、血肉のなかに手を突っ込んで手探りでなにかを探る。そしてなかのひとりがこぶし大の塊を探り当てて、喜びの声を上げた。

 「神石(しんせき)取ったぁ!」

 この世界において、たいていの生き物の腹中にできる、土笛(オカリナ)のような形をした骨の塊である。強い生き物ほどそれは大きくなり、むろん人族の身体の中にもひとつは必ず秘められている。
 正式には骨の一部で、『珠骨(じゅこつ)』と呼ばれるものらしい。
 それを受け取ったマンソは、仲間内でそれをたらいまわしに検分し、暗黙の同意の後に地面の岩を使って砕きだした。上半分が取り除かれた『神石』のなかには、琥珀色の濁った(ずい)のようなものがあり、マンソはそれをナイフの先でこそぎ出し、仲間に等分に配った。

 「母なる大地に感謝を!」
 「「「感謝をッ」」」
 「そして父祖伝来の土地にいまし、雄雄しき土地神の御霊に御礼を!」
 「「「御礼をッ」」」

 短い聖句を唱えてから、少年たちは琥珀色の(ずい)を飲み込んだ。
 生き物が持つ『神石』の髄には、その生き物が蓄えてきた霊力が凝縮されているといわれている。理屈は分からないのだけれども、それを身体に取り込むことで、この世界の生き物は強くなれる。
 それはまさに『レベルアップ』のような現象であり、少年もまたおのれの中の神石だろうものがきゅうっと熱を帯びていくのを体感する。『レベルアップ』という言葉が急に頭に浮かんだのも、前世の記憶の残滓なのだろう。

 (…今日もなんとか生き残った)

 おのれの幸運に感謝し、口の中で広がる味覚を堪能すべく舌をめぐらせる。『神石』のなかの髄はたまにしか口に出来ないものの、濃厚な旨みがあり好物にしているヤツも多い。
 強くなれるうえに、美味い。『神石』を手に入れたときの分配はよく喧嘩のタネになった。

 「村に帰ろう」

 かくしてラグ村の軍勢120人は、一列になってのろのろと戦場を後にする。
 この戦いで何人が死んだのかは、手っ取り早く点呼で確認されている。
 138人いたのが、いまは120人しかいない。18人が死んだか、少なくともこの集合場所に戻ってはいないということだ。
 村の民が千もいないラグ村にとって、働き盛りの人手をそれだけ失うのはかなりの痛手だった。

 「カイが歩けなそうだ。荷車に乗っけてやってくれ」

 自力で歩けそうにない少年は、回収された仲間の死体と一緒に荷車に揺られることになった。
 気持ちのいいものではないが文句を言って捨てていかれるよりはましだと、少年は『同乗者』たちを見ないように空を見上げ続けた。

 少年の名は、カイ。
 カイは今年で13になる。
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