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祝! アニメ化決定!
コミックス新刊発売されましたが、その帯にて公式に発表されました。
追加情報あり次第報告いたします。
死の直前の絶息が、開閉するのみの口元で白い霧を巻いた。
斃れ伏そうとする僚友の亡骸を盾代わりに猛烈に押し込んで、脇の間から突き出した剣で吠え立てる異形を串刺しにする。
南地で跋扈する一つ目の眷属が。
人と比べて恐ろしく大柄なその身体が、揺るがぬ壁のように兵士の突進を受け止めた。腹の真ん中を刺し貫いたというのににたりと笑った一つ目の異形は、死体越しに兵士の頭を鷲掴みにして、そのままこともなげに握りつぶした。
単眼族。
人族が数百年にわたって支配し続けてきた南方蛮土の四半を蹂躙した強族である。その種族の誇りである一つ目を、生まれぞこないとあげつらい屈従を強いてきた人族は、散々に復讐された。
片目をほじくられた人族の遺体が数え切れぬほどに転がっている。
盾を並べて自陣を堅く守る人族兵らがじりじりと後退しようとする中、一つ目の巨体の影から素早く飛び掛ってくる別種の敵が奇声を発した。その生き物は、人族から剥ぎ取った鎧で身を包み、巧みに槍を振るった。それも単独ではない。5匹ほどが横隊を組んでいっせいに突きかかっていく。
装備が不ぞろいなのは奪った相手のそれが違ったから。
なかには数本を繋いだひときわ長い槍を構えたものもいて、5ユルにも及ぶその長槍は重さで大きくしなり、人族の構えた盾に弾かれつつ防御をまたぎ越えて波打つように兵士に襲い掛かった。
醜い乱杭歯が兜の隙間から大量のつばを撒き散らした。禿土竜どもがこの乱戦の渦中で編み出した新武装だった。
「人真似ごときが!」
怒りを露にしつつも逃げ出す人族兵。
それに対して禿土竜族たちはギシギシと歯を噛み合わすようないやらしい笑みを咲かせ、人族を追い詰めつつある喜悦をあらわにした。
「人族、怖クナイ!」
「モウ我ラ、上」
鈍重だが比較的知能が高く、人語をよく聞き分けるという理由で、南方で捕獲された禿土竜たちは、車牽きの馬隷の一種として多く飼われていた。食肉にも供されることのあった彼らは盛んに繁殖もされていたことから、ひとところで畜舎が打ち壊されると、瞬く間にあふれ出して人族への復讐を開始した。
どこかで角笛が鳴らされる。
地鳴りのごときあまたの足音が、霧の中を駆け抜ける。
そのあたりの草むらを刈るだけで、濡れ雑巾から水が滴るように湧き出してくる逃げ遅れた人族たちが、ほとんど作業のように頭をつぶされ死んでいく。
それでも運のよい者たちは掲げられた紋章旗のもとに集まることを得、集団を形成してぎりぎりで生死の縁にとどまり続けている。霧の中で振られるその紋章旗は、本来ならば領主貴族らの所在照明、戦功の横取りを防ぐための自己主張のようなものであったが、このときばかりはその過剰な見栄も彼ら自身を滅ぼしかねない毒でしかなかった。有力な戦士がそこにいると自ら叫んでいるに等しく、誘蛾灯のように亜人種の戦士たちを呼び寄せたのである。
敵に押し包まれて多くの貴族家が進退窮まるなか、一か八かの攻勢に出ようとする思慮の利かぬ者もいて、そうした死にたがりのせいでかろうじてあった戦線らしきものも塩が溶けるように形を失いつつあった。
我こそはと名乗りを上げたある領主貴族は、押し包んでくる単眼族の兵士らに猪突して一隊を切り崩す蛮勇を示したが、死体の山を踏み越え現れた単眼族の戦士、あちらの『加護持ち』に足を掴まれ、麻袋のように軽々と、何度も何度も地面に叩き付けられて無残に物言わぬ躯にされた。
別の場所では子女を奪われた貴族とその家臣たちが、泣き叫んで止めようとする難民らを振り切って釣り出され、四方八方から袋だたきに撲殺された。
狡猾な猩々(オランゴ)族は殺した人族から知恵を奪うと称して、死体の頭部をかち割り特定の部位をむさぼり食べた。
人族は生来その知恵の高さを誇ってきたが、混乱に見舞われてからは知恵が失せたかのように蒙昧になった。危地に誘い込み罠にはめるのはむしろ亜人種の側が多かった。単眼族は周到に後背を突くのを得意とし、猩々族は弱そうな子女をさらってそれにつけ込む。禿土竜族たちは愚鈍を装って人を釣り込む手をうまくした。
いったいどれほどの種類の亜人種たちが戦闘に参加しているのかは見当もつかない。連なるようにして上げられた遠吠えは、水狐族の群れを呼び集める声だった。
「北へ!」
「北方辺土へ!」
心を折られた人族は、獣のように泣き叫びながら最後の望みをつないで北を目指した。
土地を追われた領主らも、後退しつつ向かう先はやはり北である。紋章旗を押し立てて進む彼らを目印に、逃げ惑う兵士や難民たちが這うように集まっていく。
人央と呼ばれる人族統合王、国の王都、その繁栄のあかしともいうべき巨大な王城は本来ならば彼らを守るべき最後の砦であったが、すでにやんごとなきものたちで満杯であり、門は固く閉ざされている。
そもそも地獄にも等しい荒れようの人央に踏みとどまりたがるものなどもはや皆無だった。人央はすでにして人族国の中心部などではなくなっていたのだ。
ただ人族の誇りでもあった巨大な王城は多くの亜人種らをおびき寄せ、北へ逃げるものたちへの追撃を緩やかなものにした。
北へ、北へ。
人族はその栄光の歴史を巻き戻すかのように、刻一刻と土地を失っていく。
世界が霧に包まれていく。