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神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
動乱
183/187

183

改稿するかもです。

2023/02/01 改稿






 おのれの手が、神を引き裂いた。

 届くのだと分かっていたから手を伸ばし、掴み、そして引き千切った。

 ただそれだけのことで、その神は死んだ。


(好き放題しやがって。神だからってなんだ!)


 少しばかり上等なところにいるからって、それがどうした。

 上位存在に抗うことが『奇跡』であるのは、決して触れられる相手ではなかったから。カイはその位相のずれを見極めるすべを得た。成し得ると分かったものはすでにして人にとっての『奇跡』ではない。

 もはや狩り狩られる対等の存在であり、実際にカイは地表世界でなじみ深い異種族との殺し合いに近い感覚を覚え始めていた。槍の扱いを覚えてむやみに奮い立った新米兵のごとき興奮に捕らわれていた。

 そうしてこの世界では当たり前のことに……経験値を相手から奪うという基本仕様に思い至る。

 引き裂かれあふれ出した臓腑と体液がわずかな熱感として露出した肌をそよと撫でていく。肌触れ合うほどに近いくせに存在が遠い神との交わりなど、分かってしまえばその程度のものなのかもしれない。

 なんとなくその熱を掴もうとした。

 思い付きだけの行動。

 だがその漂うだけであった熱気はおのれの指先をかすめるようにした後……驚くべきことに急に粘性を増してまとわりつき、手肌になじむや吸い込まれるように消失していく。砂に落ちた水が瞬く間に吸い込まれていくように。

 とたんに、違和感が体皮に広がった。


(熱い!)


 燃えるような違和感。

 そして身体の奥深くへと沁み広がっていく震えるような波動がおのれを賦活化していく。息をつめてその結果を待ち構える。

 奥底で灯るほの暗い命の明かり。生まれた熱が、急激に高まっていく。直感的にカイはおのれの体内に伸びる霊脈を広げようとした。

 そのわずか後の熱の爆発。

 神から奪った大量の『決定子』……神力が迸った。

 脈絡とともに思い出したのは谷の神を継いだばかりのころ……谷に侵入しようとした愚かな豚人族らをこの手に掛けたことを思い出した。敵の加護持ち戦士を殺して『神石』を奪ったすぐに、土地神の御霊ごとそれを胃の腑に収めたあのとき。

 あの神を食らったときの感覚!

 神石の髄に満ちた滋味……生前のその持ち主の蓄えた経験値が胃から取り込まれ、おのが魂の糧になった。その髄のなかに紛れ込んでいた何か不可視の生き物のようなもの。逃がさず食らい神から無理やり引き剥がした『神髄(シェン)』は、おのれを成長の炎で激しく焼いたのだ。


(あのときの比じゃねえ)


 あのときは神様の御霊だけは逃した。

 今回は殺してすべてを奪った。

 手づかみで殺したから……その死骸を肉体の手でつかみ取ろうとしたからその残滓を吸い込むことができた。そういうことなのか。

 頭上の神々が急激に湧き立った。

 いよいよはち切れんばかりに押し込まれた守りの被膜が、その網目を広げられて木っ端神らの侵入を次々に許した。迫りくる新たな神々に、カイはさらに手を伸ばそうとした。おのれならばやつらを殺せる。殺せば殺しただけきっと強くなれる。こいつは『ボーナスステージ』だ。『経験値』を積みまくって圧倒的な力を手に入れる好機だと思った。


(かかってこいや!)


 もっとだ。もっとオレは強くなる。

 ここでとんでもないほどの力を手に入れて谷の国を……いや人族の国どころか世界そのものだって救えるかもしれない。

 この世界の理不尽な仕様(ルール)なんか吹っ飛ばして、好き勝手に結末を書き換えられるかもしれない。誰も死なない、滅びないままこの世を守り切ることだって。

 また一匹の神を捕まえた。

 びりびりとその身体を引き裂きながら奇跡の熱気を浴び始めたカイは、間近に発される悲鳴を聞き取っていた。


「神、さま」

「…う、さま!」


 おのれはついに神を殺せるほどの高みにまで至った。

 やろうと思えばいくらだって神を殺せるだろう。

 だが神を引き裂くための腕は……おのれの意に沿う腕という武器は、しかしたったのふたつしかなかった。

 カイのなしうる神殺しは局所の下克でしかなかった。

 数百、数千、怒涛の如く押し寄せつつある外神たちのほんのわずかな一部にしかその力は及ばなかった。一匹を捕まえたその横をすり抜けてその何十倍もの外神が地表へと殺到しようとしていた。

 呆然とした数瞬。

 そして新たに吸った神の命が熱となってさらにおのれの身を焼いて……それが青い炎となって手足を焼きだしたときに、カイはほとんど直感的にひとつの真理を理解した。


(…なんだ、これ以上は無理なのか)


 燃え上がるおのれの手を見。

 他人事のように考える。

 それは冷静になれば分かること。

 どれほど理解が進もうとも、カイという個人を形作るのは人族の少年としてのちっぽけな肉体であり、その肉の器の限界値は恐ろしいほどに低いのだ。

 世界に忌まれた『悪神(ディアボ)』が青い熾火に焼かれていた図をなぞるように、同じことがおのれの身にも起こっていた。噴き出した青い炎は瞬く間にカイの体皮を焼いて、じゅうじゅうと泡立つ脂を滴らせた。

 幸いにも痛みは遠かった。その鈍感さは魂が半ば遊離していたためなのだろう。だがしかし命の本拠たる肉体は激しく燃え上がり生きた松明と化している。

 痛みが薄いなどと安閑としている場合ではなかった。


「神様が!」

「お守りしろ!」

「誰カ! 王様、燃エル!」


 外神らが迫り命の危機が間近にあるというのに、眷属たちがおのれの身を挺すようにカイの身体に飛びつき、火傷もいとわず青い炎をもみ消そうとする。

 ボレックが叫んだ。泉の水をかぶった小人族らが倒されたカイの身体にまとわりついてじゅうじゅうと煙を上げている。

 やめろ。死んでしまうぞ。

 カイは掴んでいた神の死骸を放棄した。

 だが捨てても吸い取ってしまった神髄(シェン)は過剰な力となって噴き出し、ごうごうと身を焼き続ける。眷属らの山にもみくちゃにされながらもけっして青い炎は弱まらない。


(悪神のあの青い炎は……未熟な肉の器に収まらない神気があふれて燃えていたのか)


 世界が忌んだわけではなかったのだ。ただ存在が過剰に過ぎたのだ。

 カイに触れたとて霊気を削るような『バッドステータス』は現れていない。あれは単純に外神が魂を捕食していただけなのだろう。

 失神させないというだけで眷属らは深刻な大やけどを負わされ続けている。彼らが焼け死んでしまわぬうちに炎を収めてしまわねば。


(過剰なら放出する)


 あふれ出る神気をおのれの霊気へと下位変換する。

 そうしてひねり出したのは炎の熱を相殺する『冷気魔法』。そして対象があいまいなままに紡いだ『治癒魔法』。

 効率とかはどうだっていい。むしろ非効率極まりなく力を放出し続ける。

 すぐに効果は表れて、おのれの皮膚からあふれていた青い炎が衰え消えた。安心から脱力すると、そのまま眷属らの山の下に埋もれてしまう。

 毛の焼けた嫌なにおいとすすり泣く声。王様、王様と呼ばわり続ける声がする。『治癒魔法』は少しは効いくれただろうか? むごいことをさせてしまった。

 誰かが埋もれたカイの足を引っ張った。

 掴んでいたのはまとわりつく小人族のひとりで、その足をポレックと郎党らが引っ張っていた。引き抜かれ、うつぶせに寝そべったままのカイに誰かが水をぶっかけた。まだどこかが燃えていたようだ。


「天神狙ってる!」

「神様をお守りしろ!」


 ずぶ濡れになったカイを守るように、眷属たちが肉の壁を作った。

 顔を上げたカイが見た彼らの背中の向こうには、手向かい出来ない地表の生き物たちに襲い掛かっている外神の群れがあった。幸いなのかいの一番に狙われたのは種として強く熟した灰猿人族だった。

 神殺しのカイは嫌われて遠巻きにされている。だから谷の眷属たちに被害は少ない。

 もうこの時点でこいつら……木っ端神どもは仕方がない。守りの被膜の内側にまでやってきてしまったやつらは個別に始末するしかないし、対応の仕様もあると割り切った。

 それよりも。


(カ、イ)


 そのときかすかに声が届いた。

 切れ切れにしか聞こえないその声はまさしくネヴィンのものだった。

 本来念話の届く距離にはないのだろう。対象を絞りに絞って出力を上げてようやく届いたような声。


(****!)

(…イマ!)

(上ゲ、ロ!)


 拍子を整えるように、『守護者』たちの声がする。

 「借りるぞッ!」と腹に響く胴間声。なにものかに服の背を掴まれて一気に持ち上げられた。とりついていた眷属をぽろぽろとこぼしながら10ユル近い高みに舞ったカイはただ力なくぶら下がるおのれの手足を見ているしかできない。

 カイを咥え上げたのはウルバンだった。やつは眷属らの抗議と悲鳴を無視してカイを振り回し、ある場所へと運んだ。

 苔むした平滑な四角面。泉のなかにたたずむそれは棘狸族の土地神の墓石だった。置く間際にさらに服を引かれ、器用に仰向けに寝かせられる。上を向いたカイの視線がウルバンのそれとぶつかった。


「さぁ始めん」


 ウルバンは言った。

 何をだと反駁(はんばく)しかけてカイはおのれの身に起こった違和感に気づく。ついさきほど過分な力に苦しんだばかりだというのに、またぞろ胸の『神石』が急激に熱を持ち始めている。神を食った副作用か、それとも…。


(ニルンか)


 塩梅で分かった。

 帰依を介した柔らかな熱の高まり。

 念話のように声は届かずとも、繋がっているという確かな想いと友愛が熱として伝わってくる。


(カイ!)

(そっちは無事か)

(待たせた、です!)


 鹿人族の女長が、種族の故地にたどり着き土地神をしかと祭ったのだ。

 場が整った。じりじりとその瞬間を待ち構えていた『守護者』たちの紡いだ本呪(ほんじゅ)がいっせいにくべ入れられた。

 欠けていた北の支えを見事鹿人族が取り戻し、この地の《(コルダー)》はより均一で強い基盤を得た。

 心象が見えた。

 ナジカジ邑の墓所では、『三齢(トレス)』の豚人族戦士を下した鹿人族の長ニルンが、その『神石』を土地神に献じている。倣うように拝礼する彼女の同行者たち。その土地神の墓石に手早く呪を刻んだネヴィンがおのれの霊力を注ぎ込んでいる。


(…これが《()崩し》)


 各所で同じような霊気の高まりが感じられる。

 土地神の墓所を起点に『守護者』たちの霊力が巡りだす。カイの目の前まで垂れさがっていた守りの被膜に、力が蘇っていく。

 地域の土地神を集め、《集》によりその屋根の穴をふさぐだけなのかと想像していたが、それは手管の前段でしかなかったようだ。


(そういう魔法か)


 得心する。

 頭上から声が落ちてきた。

 大王(おおきみ)におかれましては、と丁重な言葉遣いをするその声の主はウルバンだった。


「さあ、立たれませ」


 全身大火傷を負っていた身体が、うっすらと湯気をまといながらおのれの動かんとするのに応えようとする。はやくも八割方は再生している。加護持ちの桁外れな再生力のおかげか。

 ゆっくりとカイは立ち上がる。

 それを見届けたウルバンは、生臭い息を残しながら後ろ手に下がり、地に臥せるようにして朗々と古き言葉で呪詛を編み始める。種族はたがえど基底とする言語が同じこの世界では読み解くことができる。すでに他種族との会話にも慣れたカイには、癖のある方言を解するほどの違和感しかない。

 足元からまたぞろ危険な熱気が上がってくる。


「…だめだ。オレの身体はもう」


 何がなされるのかを察してカイが口を開けかけたとき。

 その声は光に飲まれたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 改稿、めちゃくちゃわかりやすくなりましたね
[一言] 改稿されていることに遅ればせながら気づきました。 次回が楽しみです! 『会崩し』が成功したら、かつてないほど強い屋根が立ち上がるのでしょうか。 種族が退化することがあれば進化することもある…
[一言] 鼎こそ王の器を支えて高みへ登らせるものなのかな 肉の器の限界が少しだけでも伸びれば意味もあるね
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