18
感想ありがとうございます。
最近勤勉に書いてるなーとか、自分でも感心しています(^^)
白姫班が灰猿人族の襲撃を受けたと言う噂は、瞬く間に村中に広がった。
そして白姫班十数名がひとりも欠けることなく村に帰還したことが知られると、噂は一気に不吉な陰を取り払われて、猿人退治の痛快な話題として取りざたされるようになった。
その灰猿人撃退の立役者として名が挙がったのが、村の兵士の中でも最年少のカイであったことも、むろん注目を集めることとなった。
「カイというのはどこにいる」
仲間たちの会話におのれの名が挙がっていることにカイも気付いてはいたものの、まさかご当主様自身が直接その所在を探しに来るというのは想像してもいなかった。
ご当主様はカイを見、最年少という言葉が示すままに小柄で痩せっぽちの少年であることを知って、本当に驚いたようだった。
そして服の襟首を掴んで持ち上げられて、その軽さを確かめるように揺すられる。
「…貴様はもう少し肉を付けねばならんな」
なにゆえにご当主様がカイを探していたかというと、それはまあ予想通りというか、模擬訓練の相手に指名するためであったりした。
「…灰猿人どもを一突きで次々に屠ったという槍捌き、わしに見せてみせよ」
いつもの城館前広場での、兵士の訓練時間。
ご当主様とカイは初めて立ち会うこととなった。兵士序列筆頭のバスコがカイをコーナーへと引っ張っていって、いろいろと有用な助言をしてくれる。
「…いいか、なにをしても通用しないと自棄になったとしても、『汚い手』だけは使うな。無用なお怒りに触れるからな」
「…わかった」
いわく、ご当主様に比べて圧倒的に非力な雑兵が、なにをやってもまず通用なんかしない。攻撃の手を緩めないか、もしくは精一杯防戦に努めるか……ともかく善戦することに懸命であることをアピールしないと、ご当主様がなかなか満足されず、模擬訓練が終わらないことが多いこと。
多少の怪我は必ず負うので、手や関節などの大事なところはしっかりと守って、重い後遺症が残らないように気をつけること。
そして最後に念押しされたのが、目や金的狙いはご当主様の勘気に触れやすいので絶対にやってはならないということだった。
どんだけ気を使って戦ってたんだと白髪頭の男を見て、カイは感心した。
「はやくやるぞ」
棒で硬く踏み締まった地面を突いて、こちらに注意を促してくるご当主様。その笑みをこぼすお顔はすでにやる気満々だ。
歩み出るカイの雄姿に、見物している兵士たちから声援が送られる。同じ班のマンソたちからも、骨は拾ってやるぞ的な冗談半分の声が掛けられた。
その声の出どこを探して、カイは仲間たちの顔を見つける。視線がぶつかると全員が揃って親指を立ててみせた。
なかでもマンソは立てた指をくいっと自分にも向けて、
「次はオレとやるぞ」
と言ってきた。
カイが急成長したことで班内での序列変化が起ころうとしていることを、マンソも自覚しているのだった。序列上位圏内での力比べは、『オス』たちがおのれの力を『メス』に示す重要な行為でもある。
好みの女性を手に入れるためという分かりやすい理由で、男たちはおのれの強さに磨きをかけようとする。領主家も《女会》も、そんな兵士たちの切磋琢磨を後押しする姿勢を常に示している。
白姫様を助けるためだったとはいえ、マンソとガチでやり合わねばならなくなったことに戸惑いを拭えないカイ。班のリーダーになればむろん戦いの中でリーダーシップを取らねばならないし、いろいろな場面で班内の調整や賞罰などの面倒な仕置きも行わねばならなくなる。年齢が上であるからこそ抵抗なく受け入れられるということは世の中にはいくらでもあり、最年少であるカイにとってそうした義務の発生ははっきりと負担でしかなかった。
(…この手合わせで、少しでも帳尻を合わせないと)
カイは極力手を抜いて、惨敗して見せることを心に決めた。
ご当主様がすごい風切り音をたてて棒を振り回しているので、カイも合わせて棒を振る。それなりに鋭い音が鳴り、見物人たちから嘆声が上がる。
『加護持ち』としての力の加減にカイはまだ慣れてはいなかった。相当に抑えているつもりなのだが、その棒さばきはそばにいたバスコまでもが目を剥く鋭さであった。
ご当主様が差し出してきた棒に、ちょこんと先を合わせた。
訓練開始の合図だった。
ご当主様の目がいきなり鋭さを増して、開始早々ほとんど目にも止まらないような突きがカイの腹めがけて殺到した。カイはその突きを優れた動体視力で追いつつ、そのまま食らうべきか検討している。当たったら地獄の苦しみがやってきそうな恐るべき速さの突きだった。
(…いやこれ、あたったらおなかに突き刺さる!?)
ご当主様が寸止めするつもりならば問題はないものの、そのまま突き入れられたら大惨事になると確信する。
カイの脳裡には、手合わせでいつもひどい目に合わされているバスコやセッタの姿が思い浮かび……ご当主様という人物があまり『容赦』という言葉を持ち合わせていないことを懸念する。やっぱり、まんま食らうのは無しだ。
そうして初動対応が遅れたことで、受け方はだいぶ限られてしまった。左足を大きく後ろに引いて、身体をひねって衝突面の角度をつける。そうしてから上体を外へとよろけさせた。
それでも回避が足らない。
カイは仕方なく手にした棒の、持ち手から余らせていた手元側をこじるようにして、その突きの先端にわずかにかすめさせた。
カツン、と小さな音がして、両者の得物がぶつかった。
おそらくその音を聞いたのは当事者ふたりだけだったろう。ほんの少しだけ軌道をそらされた突きが、身体をひねりつつ倒れこむカイの胴体をはずれて空を切った。
その瞬間、ぶわっと風圧がカイの服を激しく波打たせた。
「これを避けるか!」
ご当主様が破顔した。
突き出した棒を瞬時に回収したご当主様は、無様に転がって尻餅をついているカイを「早く立て」と急き立てて、再び構えを取った。
ご当主様の最初の一撃をカイが見事に避けきったのは、常人としてならば奇跡でしかなかった。しかしあまりにも早い突きであったために、当事者以外は全員がその『奇跡』には気付いていない。カイが闇雲に転がることで、たまたまその攻撃から逃れえた、としか見えてはいなかった。
が、ご当主様の見解は違っていた。
「早く立たぬか」
もたもたと起き上がるカイがようやく構えをみせると、バスコとの手合わせで見せるズーラ流武術、『円の歩法』でカイとの相対位置をずらし始める。
それは紛れもなくカイを『一目置くに値する』とみなした動きであり、にわかに見物人たちからも疑問の声が上がった。
カイもご当主様と正面から対するために、身につけた拙い『円の歩法』で足繰りする。カイの準備が整ったと見た瞬間に、ご当主様からの手出しが始まった。
2度、3度と互いの得物を小突き合わせ、ご当主様の『巻き取り技』がカイの棒を絡め取る動きを見せると、とたんに得物を引っ張られてカイは体勢を崩した。
その瞬間をむろんご当主様は見逃したりはしない。
身体が泳いだことで無防備に曝け出されたカイの胴に、またしてもご当主様の地獄突きが急接近する。身体を急いでそらしたものの、そこで軽く一撃を食らい、カイの顔が歪んだ。そしてそのご当主様の攻撃は、連撃として次々と繰り出されてきた。
普通ならば悶絶必至の恐るべき攻撃だった。
(…めちゃくちゃだ)
たしかにご当主様の攻撃はすべて『寸止め』であったものの、当てない寸止めではなく皮膚ぐらいなら割けても構わないという当てる寸止めであった。バスコが注意を促していた理由がこれだったのだ。
どれほど強烈な突きだからといって、訓練用に先を丸くした棒で突かれるぐらいならば、頑健さを手に入れているカイにとってどうということはない。
が、うまく負けを演出せねばならないいまのカイにとって、ここは重要な見せ場であった。多少の血も流しておきたい。
防御の腕をかすっていく攻撃に、自分からも当てに行って皮膚を割く。折れそうな骨は避けて肉の部分で突きを受け止める。
身体をくの字に折ったかと思うと、次には突きのけられるようにのけぞった。
まさしくやられたい放題。興が乗って興奮しているご当主様の攻撃は収まる気配もない。
ここまでの数を食らうと、さすがに痛みがやってきた。
生命の危機に反応しておのれの『神石』が急速に熱を帯びてくる。全身に広がり出した力の横溢が、『隈取り』の出現を予感させた。
(ダメだ!)
攻撃を受け続けるのはいいが、このままでは隈取りが出てきてしまう。
ふっと、カイは短く息をついた。
そしてほとんどやけっぱちという感じに、攻撃を食らいつつも捨て身の突きにいった。ご当主様のそのときの突き技がカイの特攻のせいで致命的な喉もとに命中しそうになる。
「…よし!」
ご当主様が嬉しそうに得物の棒を引いた。カイを殺してしまわないために。
その教導側の配慮が隙となって、カイの棒がご当主様の胸元へとするりと伸びていく。
当たる、と思ったときには、もう棒は弾き飛ばされていた。
ご当主様の引き手がそのまま防御の動作へと切り替わったのだ。
得物を弾き飛ばされ、身体が泳ぎそうになったカイであったが、ここで立会いを強引に幕引きするために、噛み締めた歯をきしらせながら片足を踏み出し、その足の爪で地面を掻き取るように突進の力に変える。
そうしてそのカタパルトのごとき突進力に乗って、全身のバネを総動員したしなるような動きで得物の棒を引き戻しざまに叩きつける。
おそらく加護の力を使わない状態での最大限の力が振るわれたに違いない。
その空気を断つような渾身の一撃に、ご当主様が嬉々として合わせた。
パアアァァァンン!
激しい炸裂音とともに、両者の得物の上半分が粉砕した。
鍔迫り合いになるはずの棒がなくなってしまったことで、カイとご当主様の身体がそのままぶつかり合い、当然のことながら圧倒的に大きいご当主様に受け止められる形でカイの身体は抱きとめられた。
受け止められたと言っても、ガチムチの筋肉でよろわれたご当主様の身体はカチカチである。鼻の頭をもろにぶつけて、解放されたあとに蹲るように坐りこんだその俯いた顔からは、びちゃびちゃと鼻血が迸った。
実は一番痛かったのはこの鼻の負傷だった。
俯いたまま鼻を押さえているカイの頭を、ご当主様が喜色をあらわにしてぐりぐりとかき回した。
「…よい! よいぞ!」
血まみれの手で鼻を押さえながら顔を上げたカイに、ご当主様は心の底から愉快そうに話しかけた。お褒めの言葉だった。
「…気に入ったぞ、小僧。明日からはわし自ら鍛えてやろう!」
は? え?
事態が飲み込めていないカイの背後で、見物の兵士たちがどわっと沸いた。
ご当主様の『玩具』宣言は、模擬訓練でご当主のご指名を受けるに値する実力を持つと太鼓判を押されたということであり、それはとりもなおさずラグ村の兵士としてのカイの序列が、バスコら最上位のグループに至ったことの証でもあった。
帳尻を合わすどころかまた一歩頭角をあらわしてしまったカイだった。