表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
動乱
177/187

177






(神眼(デオウル))


 おそらくこれが谷の神様の特効の真なる使い道。

 そして多くの次元を俯瞰して見定めているこの『視点』は、それだけの『高さ』を備えているということ。

 額の内側に熱が集まっていく。そうしようと思ったとたんに体中の霊気が流れ始めるのが分かる。がその多くは胸の奥にある『神石』……谷の神様自体から無尽に発されている。

 もともとこの特殊な能力は谷の神様のもの。主動力はやはり神様の神力によるもので、カイの霊気はその流れに引きずられているだけに過ぎないようだ。

 ただその力発動のトリガーだけは、カイにゆだねられている。

 いっそのこと存在の高位者同士、谷の神様がすべてを主導してくれたら楽なのにと思ってしまう。その無責任な願いはそのままささやかな『魔法』となって胸にあるおのれの『神石』をノックする。できるのなら力を貸してくれとしつこく呼ばわっても、やはり神様は応えてはくれない。


(…たぶんそれもこの世界の『仕様』なんだろうさ。わざわざ依り代を介さないと土地神は力を発揮できない。それはきっとこの世界のルール……『創世神』様の定めた主客の問題)


 この世界はまさに種の優劣を測るための坩堝。

 種が頭角を現すためのきっかけを与えるのが土地神の加護というバフであり、どう考えてもこの種族と土地神との関係は何らかの大いなる意思を感じる。

 土地神を多く束ねて台頭した人族もそうだ、それで名を上げ栄えるのは依り代たる下等な肉ある種族であり、土地神にとっての益はよくわからない。多分そんなものはないのだろう。

 生き物が進化の階段を駆け上がるために用意された装置(・・・・・・・)と言ってさえいい。

 まるで椅子取りゲームのように各地に均等に配され、その土地神の加護を得た種族らが過剰なまでの神通力に酔いしれ殺し合う。

 見たこともない『創世神』様が、子らを競わせるためにばら撒いた玩具(おもちゃ)の武器が土地神だったのだと言われればとても納得できる。それならば土地の神様たちは種族の相克を促すための単なる道具(ツール)でしかないことになる。

 そんな想像は不遜なのだろうか。

 カイが思い出すのは州城の地下で見た土地神の死体と思しきもの。


(あの州城地下の巨大な亡骸がもしも土地神の本体なのだとしたら……過去にとんでもない巨神たちが地上を徘徊していたということになる。でもその墓所が各地に均等に配されているというのがもうおかしい。巨神が知恵ある種族で、仲間が死者を悼んで墓を作ったのだとしても、果たして地表にまんべんなく、グリッド状に築こうとするだろうか。そこにはもっと巨大な意思が働いていて、そうあれかしと上位存在が巨神らを強制したからではないか)


 この世界のおかしさ。世界の仕様。

 そして死体と魂の自由を奪われたいにしえの巨神たちは、後代の生き物たちの守神として働くことを永劫に強いられ続けている。

 自由意志を保ち続けているのなら、そんな終わりなきくびきに耐えられるものなのだろうか。神の奇跡で個の意思を破壊されているのか、それとも精神生命体のレベルに上がると我欲など薄れてしまうのか。


(神様から伝わってくるのは常に()つ神への煮えたぎるような憎しみのみ。地表に縛られ、千年ごとにいいようにやられ食い散らかされてきた天敵意識……積年の恨みつらみみたいな、半ば本能に刻まれた衝動だけのように思う)


 細かな記憶もあるようだけれども、それらはみんな前任者やそれ以前の依り代の記憶の残りカス……初期化してない記憶装置に情報(きおく)の断片が残るようなものに近いのかもしれない。

 種族こそが主であり、土地神は客でしかない。

 だから主導権がいまカイにゆだねられている。

 取るに足らないちっぽけな生き物たちが、階梯をおのが足で踏み上がるために。土地神はわれら生き物たちの存在が踏み上がるのを介添えしつつただ見守っているのだ。


(うう、くっ…)


 受け付けかねる得体のしれぬ視覚情報に頭が揺すられ、めまいと吐き気が波状に襲い掛かってくる。食いしばる歯の間から呼気と胃液が同時に噴出した。たまらず苦い吐瀉物を吐き出して咳き込んだ。

 見えた。

 三次元世界に重なるようで重ならない世界。

 わずかに上層の世界。

 《口禍の紫神(レプ・デル)》はいた。

 まさに……そこいらじゅうに。


(時間の軸が……『過去』も『未来』もごったになってやがる)


 その時間という軸が、縦横奥行きの三軸を意味不明な理屈で縫い合わせて無茶苦茶にしている感じというのか。

 まるで万華鏡の光の中に潜っていくかのようだ。世界を映し込んだガラスの破片が空間を埋め尽くして揺れている。そのいたるところに《口禍の紫神(レプ・デル)》の影がある。

 たった一つ上の世界ですらこの体たらく。そうであるとうすうす察していた前世知識が助けてくれなければ、即座に精神を揺すられ飲まれていただろう。

 それでも許容限界はすぐに来そうだ。

 口を開けたら本当に息とともに魂が抜けだしそうだ。

 あれは違う。おれたちの姿が回りにない。大神だけがいる過去か未来か。

 あっちは……ダメな奴か。《()》の終盤だ。きっと何もできなかった未来の世界線。

 あれでもない。こっちでもない。

 そうして見つける。


(あれか)


 見つけたことに驚きはなかった。

 《神眼》が自然と導くのだ。

 そこに《口禍の紫神(レプ・デル)》と対峙しているおのれの姿がある。

 もう長くは心が持たない。さらに近寄り詳細を見極めようとすると、乱反射する世界の像が《神眼》によって選り分けられ、目のピントが合うようにわずかに実像に近くなる。

 が、それでも情報を整理しきれない。

 格納されていたさらに細分化した時系列が、畳まれた折り紙を開くように広げられていく。そしておのれの武器が《口禍の紫神(レプ・デル)》に届かなかった原因も判明する。


(なんだよそれ)


 カイ自身は……おのれのおおもとの肉体はコマ撮りのような世界に封じられているのに、そこにいるはずの《口禍の紫神(レプ・デル)》はコマから遊離して漂っている。奴がそこに執着しているのはカイという獲物が見えたというただそれだけの理由なのだろう。奴はそう望めば自儘にそのコマから付いたり離れたりすることができる。

 《神眼》はたぶん最初四次元のなかでもかなり高いところにまで登っていたのかもしれない。そこから限界の低いカイに合わせて局所に潜り分け入った。過去現在未来を問わない莫大な情報を扱わねばならないこの次元は、相当に圧縮され難解な畳まれ方をしているようだ。

 もっと近くに寄れ。

 どんどんと《神眼》が《口禍の紫神(レプ・デル)》の背後へと寄っていく。この《神眼》もまた『目の魔法』なら、あの真理探究官ナーダのそれのように、魔法の眼球が浮いているように見えるのだろうか。

 宙に浮いた目玉をおのれで見ることはできない。自分の目玉を自身で見ることが一生ないように。

 息が続かない。膨大過ぎる情報を扱いかねて脳みそが赤熱している。

 おそらく肉体の防御反応なのだろう、必要性の低い情報が次々にパージされ感覚が単純化されていく。

 そうしてカイと《口禍の紫神(レプ・デル)》との間にある、埋めようもない存在の乖離が、世界への捕らわれ方の違いなのだと分かる。おのれの肉体のある地表世界は窓の向こうのように平面の中に閉じられている。

 その表層から離れて《口禍の紫神(レプ・デル)》が浮いている。限界がすぐそこにまで来ているのを感じてカイは目をすがめる。どんどんとおのれの視点が下がっていき、見下ろしていた《口禍の紫神(レプ・デル)》をいつの間にか見上げる位置にまで変化している。まるで地球の重力にひかれ始めた宇宙飛行士のようだ。

 意識のレベルが低下するほどに、遠く離れていた肉体の感覚が近くなってくる。ほとんど呆然と見上げていただけの間抜けなおのれが、通じた意志に合わせて瞬きする。目線が、口が、手足がゆっくりと動き出す。

 そうしてその手のうちに『不可視の剣』が作り出されていく。

 剣の魔法。

 それが仮定した『決定子』の作用によるものならば、その働きは本来次元の壁を越えている。《口禍の紫神(レプ・デル)》が三次元世界の表層でついばむようにしているキラキラした何かは、もしかしたら《()》に集まるものたちの霊気なのか。《冬至の宴》で大霊廟の装置に吸い上げられていた領主たちの霊気も、こんな感じに食われていたのか。

 その砂金を撒いたような微細な光のなかに、おのれであるからこそわかる自身の分体を見つけ出す。ひときわ強く輝く光の塊が、形を成していく。


(そうだ、奴を殺す『剣』を)


 だめだ、世界に捕らわれた。

 生き物としての格を持たないカイは下位世界の平面下に落ちた。もうそこまで来ると高度を保てない。霞んでいく上の世界に目をやりながら、カイは相反して接続を強めた肉体を突き動かす。

 数歩は歩いたか。

 そして何もない頭上に向かって剣を振り上げてみた。

 まだ高さが足りないと分かっていた。それは誤差を測るための初動。

 急に動き出した王の姿に、ボレックが叫んだ。「神様!」と。

 それにつられるかのように、眷属たちが声を上げる。何もない空に向かって仕草するカイを見て、彼らは王が祈り始めたのだと誤解したようだ。次々に平伏してそれぞれの言葉で祈り始める。

 墓所の上でクルルが遠吠えを上げた。

 それらは勘違いからのことであったが、眷属たちの思いが王への帰依として流れ込み、カイの霊気を(かさ)上げする。

 頭上10ユルほどのところに《口禍の紫神(レプ・デル)》は見える。上ばかりを見て進むカイは折り重なって倒れる灰猿人族たちの肉の土手を踏み上がる。

 踏まれて掴みかかろうとする奴の腕を蹴り払う。構わず動く。

 右へ。

 左へ。

 世界の誤差を確かめるように。


(そうだ、合ってきた)


 まるで壊れたコントローラーで無理やり照準を合わせているみたいだ。

 いうことを聞かないポイントが飛んだり固まったり、明後日に動こうとする。それをめくらめっぽうにねじ伏せる。

 そうしてようやくたどり着いた。


(そこだ)


 まだ《口禍の紫神(レプ・デル)》はこちらに気づかない。下位世界の生き物などこちらの世界で身動きするはずがないとたかをくくっているのか。

 やつの脳袋がどれだけ頑丈かもわからない。

 防御されるのを考えたら、斬るよりも突くべきか。

 刺突の構えを取り、剣先をまっすぐに向ける。

 音もなく、そろりそろりと近づいていく。

 そうして相対距離がほとんどなくなった時に、カイは身を預けるように《口禍の紫神(レプ・デル)》へと剣を突き入れたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 空間の次元が増えると表面の次元も増えるので自分の中身が漏れないよう強い意志を持った方がいい 決定子を使わないと血液が飛び出して即死 2次元の時間は平行世界だとして3次元の時間はなんだ…
[良い点] >カイ視点 スト2で戦ってたプレイヤーがいきなり 『ストリートファイターVR』の世界に飛び込んだようなもんですかね プレイヤーにダイレクトアタック!
[一言] いつも楽しみにしてます! 今回はこうしんはやくてうれしいです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ