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神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
動乱
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149

2021/05/18改稿






 人とは複雑なように見えて、なんとも単純なつくりをしているものだと改めて思う。

 心のうちに抱え込んでいた澱のようなもやもやが、たったひとつの笑顔でまるで嘘であったかのように晴れ渡ってしまうのだ。おのれのしでかした愚かな行いのせいで死の淵をさ迷わせてしまった少女が、無事に戻ってきてくれた。そして毒を食わせた馬鹿な男を快く許してくれたばかりか、行き場を見つけられなかった想いまでしっかりと受け入れ、抱き止めてくれた。

 ここまでの経緯を聞き、エルサは同じ『妻』を自称する異種族の少女ふたりにも命の恩人として全身で感謝を顕し、谷縁に住まう各眷属たちへもお礼の挨拶をしたいと熱心にカイに願った。最初に目にしたカイの眷属らが、人によく似た姿かたちをしていたことが幸いしたのだろう。人族が根源的に抱く亜人種に対する恐怖、その一線をエルサはあっさりとまたぎ越えたのだ。

それはまさに驚くべきことだった。


「本当に王様なのね」

「いいやつばっかだろ」


 そうみたいね、というエルサのどこか困ったような、戸惑うような笑顔に、心が温んでいくのが分かる。失いかけていた半身を取り戻したかのような安心感。

 長く臥せっていた神様(カイ)の正妻が快癒したとの報せに、変事の直後だというのに眷属たちが我も我もと、谷縁の広場から零れ落ちそうなほど押し掛けた。

 挨拶したいと願った本人は観衆の勢いに押されつつも、背筋を伸ばしてしっかりとお礼の言葉を口にし、夫であるカイを支え、皆のために尽くしたいとけなげなその存念を表明した。王妃とは名ばかりで顔を知られていなかったエルサにとって、その舞台は半ばお披露目会のような按配となった。

 当然のように祝宴を開こうと多くの者が言い出し、喜色をあふれさせたみなが一斉に準備に取り掛かろうとしたのだが……そのなしくずしのような流れに猛烈に抗議するものたちが人垣を割って現れる。

 そのものたちの姿を見てカイは「そうだった」と頭を掻いた。

 『谷の国』に逃れ庇護を求めてきたふたつの種族。

 大耳(ブリリャ)族と棘狸(イスパニ)族が、自分たちのことを忘れてくれるなと強い目でカイを見上げていたのだ。

 進み出てきた大耳(ブリリャ)族族長アラライが、平伏しながらつたない小人(コロル)語で願ってくる。彼らはとてもかなわない強敵、豚人族と真っ向から争うことを避け、土地神を保持したまま本願地を脱してきたのだという。

 むろん在地種族が土地神ごと逃げ出した空っぽの土地に……それも森の深部に近い日当たりの悪い痩せた土地に執着するようなものは少なかったので、相手があきらめて出て行くのを彼らも待っていたらしい。だが今回の豚人(オーグ)族どもの振る舞いはいつもと異なり、出ていかないばかりか墓所を中心とした集落の重要地を砦のように柵で囲い、永続的に居座る構えを見せているのだそうだ。

 時を与えて拠点を堅牢化されたらただでさえ種族格差の激しい両種族と豚人族では、とてもではないが本願地回復は望めないだろう。ゆえに彼らは、『谷の国』の武を借りて攻めに打って出たいのだと、額をこすりつけてカイに懇願してくる。

 すでに『谷の国』に彼らが服属することを認めてしまった手前、その要求を無碍にすることはできにない。先だってのバーニャ村の件だって内容的には変わるところはなかった。


「神様」


 ポレックの促すような声に、カイは背中を押されるように、願いに是と答えていた。前例がある以上迷うのはおかしいし、そもそも迷うような姿を見せるべきではない。弱小種族の寄り合い所帯のような『谷の国』はまだ立ったばかりであり、種族によってやったやらないの差をつけると、それを依怙贔屓だと取られて混乱しかねない。それに土地の主権を主張できる余地があるのならば、がつがつと取りに行くようでなければおそらく国として勢いを失い、いずれ尻貧になってしまうだろう。

 それにこの『領有権主張』にも、バーニャ村の件ですでに前例ができている。

 あらたに2村が加われば、『谷の国』の《(コルダー)》はいよいよ広がり、眷属たちにさらなる豊かさをもたらすであろう。


「よし、やるか」


 カイの決断はこんなものである。

 それに眷属たちが是と唱和した。森が揺れるほどの大きな声となって、付近にいた鳥たちが驚いたように飛び立った。

 隣近所の蜥蜴人(ラガート)族たちがまたぞろ騒音問題で苦情を言ってくるかもしれない。彼らの生息地である大湖沼地帯の東西に、次々と『谷の国』と『フォス支国』が誕生したのだ。不満をためている可能性は十分にある。

 まるで『演奏会』の指揮者のように手振りで眷属たちを鎮めながら、カイは傍らのエルサに済まなそうにつぶやいた。


「ちょっと行ってくる」

「危なくはないの?」

「大丈夫。頼りになるやつらもいっぱいいるから」


 王の出征に付き従おうという各種族の兵士たちが早くもそれぞれに隊列を成して集結しつつある。夫の命令に従おうとしている大勢のそれらを見ても、エルサはカイの身を案じて行かせたくなさそうにする。このけなげな女のために、力強い男であろうとカイは念ずる。

 人とはなんと単純にできているのだろう。

 その馬鹿々々しさを、とても誇らしく感じながらカイは戦場へと赴いたのだった。




 谷を発った最初の軍勢は、谷縁に住み着いた小人(コロル)族、鹿人(ウーゼル)族の兵らが大半で、後の種族は族長に付き従って集会所にやってきていた少数の護衛たちだった。

 当初70ほどであったそれらを率いて北上する『谷の国』の王軍は、途中掌馬(ポトロ)族、汗馬(カバロ)族、もっとも北寄りの森に縄張りを張った狩猟民である猪人(シャガ)族を吸収しつつ、200ほどの軍勢となって、北の国境となるその地へと至った。

 そして明確に『谷の国』の版図であるだろうシャガ族の支配領域を超えた一線の先に、大耳(ブリリャ)族300と棘狸(イスパニ)族200の族民たちが、族長らの帰りを待っていた。


「だいぶ冷えるな」

「まるで冬の初めのようですな」


 国境をまたいだ途端に広がった寒さに、カイは手をこすり合わせた。

 『加護持ち』であるカイとポレックにとっては実際それほどでないものの、率いてきた眷属の兵士たちは身震いしてその変化に驚いている。

 景色もそこからは一変していた。

 カイ王に連なる神群の支配地を抜けた先は、一面の白に覆われていたのである。

 驚くほどに気温が低い。一気に10度ほども体感で低くなった気がする。

 これから初夏を迎えようという辺土では考えられない肌寒さに、体毛の薄い小人族などはさっそく雨具代わりの外套を身に着け始めている。

 この寒さのなか待ち続けていた両種族の民たちは、さぞや凍えていたことだろう。大耳(ブリリャ)族族長アラライと棘狸(イスパニ)族族長クルルはそれぞれの族民に向け、『谷の国』への服属がかなったこと、また彼らの懇請で王自らが軍勢を率いて両種族の土地を取り返してくれることになったことを伝え、それに対する族民たちの歓声が爆発した。そして毛深い背中を丸めながら次々にカイに平伏していく。

 その期待という名の無言の圧に苦笑いのカイであったが、付き従っている眷属の筆頭戦士たち……ポレックやその他の先住種族の『加護持ち』たちは、任せておけとばかりに偉そうに胸をそらしている。もともと弱い立場にある彼らが、他人に頼られたり助けたりすることなどは非常に稀であったろうから、多少舞い上がるのはまあ仕方がないだろう。そのぶん使える場所でこき使ってやろうとカイは思い決める。

 大耳族、棘狸族からは種族の大事であると適齢の雄雌らがこぞって軍勢に加わることになり、両種族だけで300ほど、合わせて500あまりの軍勢がそこに出来上がった。

 数が膨れ上がり、より一層意気軒高となった谷の国の軍勢であったが、それを率いる王たるカイのひそかな評点は実は辛いままである。


(…でもうちの眷属どもは弱いからなー。豚どもに正面からぶつけてもあっさり蹴散らされそうだし)


 集団の先頭に立ちながら、カイはいくさ勘定をはじき続けている。

 今生の人族の少年としてのいくさ経験もそうだが、前世から引き継いだ分不相応な知性もまた、カイに冷静さを、考える力を与えてくれる。地上の定点ではなくはるか頭上の鳥の目の高さから、カイは戦場を俯瞰する。

 戦いは数がものをいうとはいえ、種族間の身体能力に隔絶があるこの世界では、個の強さが不条理なまでの一方的虐殺を成立させる事例が常に起こりうる。

 その例に従えば、そもそも追い散らされて谷へと逃れてきた弱小種族である彼らに、剛力を誇る豚人族との直接戦闘を期待するのはあきらかな間違いである。人族だって、豚人族相手に一対一など絶対に挑まないのだから。

 どのように豚人族と戦うか。

 彼らをどうやって有効活用するのか。

 人族の少年として育った部分が、その点については明確な方向性を強く主張してくる。


(槍じゃなくて弓矢)


 そして拠点に籠っての防御戦。

 先人からの知恵でもあるし、ラグ村の少年兵として戦場働きをしたカイが得た、弱兵を死なさないための貴重な戦訓でもある。豚人族とガチでやりあうのはただの死にたがりだけだ。

 正解はどこかの堅牢な拠点に拠って、そこに敵を誘引する。あるいは谷に引き込んで両側から射殺すとか。望ましいのはそんな戦い方である。

 だが状況はこちらが相手の拠点を攻める側であり、攻城する側なのである。


『攻撃3倍の法則』


 そんな言葉が頭に浮かんでくる。

 なんだっけ。たしか『世界大戦』のときに『ドイツ』かどこかで唱えられ始めた戦訓だったっけか。合理主義のお国柄だから、きっといろいろな『サンプル』を並べて定理とか求めたのだろう。

 しかもこれは同族間の争いであり、種族間の身体能力の格差などは考慮に入っていない。きっと小人族と豚人族が殺しあったら、1対10でもなかなかに苦しい戦いになるだろう。仮にその計算が正しければ、集落の砦に居座る豚どもが50匹を越えたら、こちらの全軍が襲い掛かってもしのぎ切られてしまうことになる。

 ゆえにアラライたちが、時をおかずの急戦を望んだのは理にかなっている。

 砦がまだ防柵程度の粗末なものであったなら、弓兵で囲んで『アウトレンジ』からタコ殴りにすれば戦えないこともないからだ。


(弓矢か)


 むろん弓を扱うとなれば、人と同じくらいに器用な手が必要となる。現状弓矢を携行してきているのは2種族のみであり、槍とともに背負ってきている小人族と、小さい馬型の種族……掌馬(ポトロ)族の兵たちであった。

 完全に馬型寄りの汗馬(カバロ)族は手に類するものがないが、小さい掌馬(ポトロ)族は小型の『ケンタウロス』のように人型の上半身を持っている。ただしその上半身は幼児である。『天使』とか『小便小僧』みたいな感じだ。

 ゆえに彼らの携行する弓は特に小さく、ほとんど玩具にしか見えない。毒壺を見せられたが、毒矢として使うということでいいのだろうか。

 そして鹿人族が、皮製の投石紐(スリング)に長けているらしく、兵士全員がそれを装備していた。

 関節攻撃が可能なのはこの3種族。


(矢を射かけて拠点からあぶりだす。そして出てきたところを槍衾、ってとこか)


 『谷の国』で比較的体格がよく、槍使いにもたけている猪人(シャガ)族が槍衾すれば、人族よりも重い分しっかりと奴らに対抗できるだろう。ほかの獣型の全員には、前衛組が打ち漏らしてひとりにばらけたやつを集中して狙わせよう。寄ってたかって爪と牙でボコらせる。

 そんな流れでやるしかないだろう。

 そうして考えるにつけ、身体以外の道具、武器を作り出せる『手』のある種族が生存にはいささか有利なのかなと感じる。亜人種も含めて種族はみな一定以上の知性を備えているが、この『手』のあるなしで知性の有効利用度に大きく差が出ているようである。

 猪人族の領域を出て、アラライたちに案内されるままに歩くカイの見る景色は、いよいよその白さを色濃くしていく。気温も低下し続けているらしく、霧の粒子が刺すように痛くなっている。

 そうしてついには伸ばした先にあるおのれの手指さえも見えない真っ白の世界に飲み込まれた。


(何も見えねえ…)


「邑、コッチ」


 帰巣本能がそうさせるのか、迷いなく先導し続けるアラライの声だけが、谷の軍勢の道しるべだった。


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― 新着の感想 ―
やっぱりエルサが正妻なのか… このままだとジョゼがただのハーレム要因に落ちそうでうーん… 最初に手を出したから正妻!っていうのも微妙に納得しかねるし、どうにかジョゼに逆転の目はないものかな。
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