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神統記(テオゴニア) 作者:るうるう

小楽園

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いろいろとご意見ありがとうございます。
最近文章の海に長く息を詰めて潜っていられるようになった気がします。





 明らかに人族の姿をしているカイを見ても、蜥蜴人(ラガート)族たちは好戦性を示してはいない。まえに人族の軍勢がテリトリーに踏み込んだときは、問答無用で殺しにきたというのに、どういうことなのだろうかといぶかしむカイ。
 蜥蜴人(ラガート)族の爬虫類的な不思議な黄色い眼をみて、その縦に割れた瞳孔の奥にはどのような世界が映り込んでいるのかと……素朴な疑問を覚える。

 「…オマエガ次代ノ谷ノ主人トイウワケカ」
 「…なにを言ってるのかわからない」

 割と身勝手に自己完結して、蜥蜴人(ラガート)族たちが立ち去ろうとするのを、カイが慌てて制止した。
 谷を我が物顔にしているカイを見て、彼らは『***』という聞き取りにくい名の何者かの『死』を想起した。何も知らず、わけも判らないままに谷に執着しているおのれの不可思議な心の動きの、その原因らしきものをこの蜥蜴人(ラガート)族たちは知っている。
 少し前に種族同士が凄惨な殺し合いを演じたというのに、カイもまた恐れという感情とは無縁の平静さで、蜥蜴人(ラガート)の加護持ちを見ていた。
 少しわずらわしそうに立ち止まった相手を逃がすまいと、素早くその行く手に回りこむようにする。そこでさすがの蜥蜴人(ラガート)族たちも、普通に殺気らしきものを放った。

 「…ナンダ」
 「***とは、誰のことだ」

 発音はしにくかったものの、その名をちゃんと発声できたことが功奏して、こちらの疑問が相手にも伝わったようだった。
 後ろ足立ちから、蜥蜴らしい四つん這いに体勢を改めると、蜥蜴人(ラガート)の加護持ちは長い尻尾を大きく振って、邪魔な下生えをなぎ払った。
 後で分かることなのだが、長時間同じ場所に居座るときに蜥蜴人(ラガート)族が行う、快適性を整えるための癖のような動きであった。加護持ちが首を振ったので、ほかの族人たちはそのまま本来の寝床へと帰っていった。
 カイは蜥蜴人(ラガート)の加護持ちと一対一となった。
 どちらかが求めるでもなく、自然と互いに名乗り合った。

 「オレの名前は『カイ』だ」
 「『ンゴォレ』ダ」
 「呼びにくい。『ゴレ』さんでいいか」
 「………」

 異種族間コミュニケーションが成功した稀有な瞬間であるのだが、本人たちにその意識はない。
 谷の住人であるカイと、お隣の湿地の住人ゴレの出会いであった。
 なんとなく友誼を示そうと、カイは懐に忍ばせていた山林檎をひとつ差し出し、おのれもひとつしゃくりと食べだした。
 一瞬迷ったゴレも、カイが『毒見』して見せたのだと察したようで、大きな口でついばむように赤い実を喉に送り込み、ほとんど噛みもせず飲み込んだ。

 「***とは、誰のことだ」

 カイが繰り返した質問を少しの間吟味したように、ゴレがシャッターのような目蓋(まぶた)で瞬きする。

 「ワレラハ長ラク、***ニ恐レヲ抱イテイタ」

 ゴレは淡々とした口調で話し始めた。
 発音はかなり聞き取りづらいものの、すぐにその癖にも慣れてカイは聞き取りに集中した。四つん這いが蜥蜴人(ラガート)にとっての『楽な姿勢』であることを察した彼も、チクチクする草むらに尻を落として胡座をかいた。
 そうして明らかにされていった『***』という名の存在。

 「…とんでもないやつだな、その化け物は」
 「コノ森ニ生キル『古キ民』ノ生キ残リダッタ。誇リ高ク、信義ニ背クモノニ苛烈ナ罰ヲ与エル狂ッタ戦士ダッタ」

 比較的長命である蜥蜴人(ラガート)たちでさえ、『***』という名の『古き民』の生き残りが、いつから谷を支配していたのか知らなかった。
 蜥蜴人(ラガート)のウヌガ氏族の長であるゴレも、『古き民』の名すら分からないといった。ゴレはもう200年あまりをこの低湿地で生きてきたと言う。
 蜥蜴人(ラガート)族だけでなく、豚人(オーグ)族も、今では数が減った小人(コロポックル)族も、谷の『***』を怖れて付近には近寄らなかった。
 ここ数年、その姿を直接見たこともなかったというのに、谷に近寄ろうとさえしなかった蜥蜴人(ラガート)族がいかに『***』を恐れていたかが判る。
 豚人(オーグ)族も、谷の住人が不在なことに気付いていなかった。『***』という存在が築き上げてきた畏怖という名の拒絶の壁が、谷を不可侵の聖域と成さしめていたのだ。
 谷の土地神と心を繋いでいるカイには、その『***』がすでに死んでいることが事実として分かる。土地神の恩寵は常にたった一人にしか与えらない。そういうものなのだと疑問の余地もなく、カイは加護持ちとしての感覚でわきまえていた。
 『***』は谷で死んだのか、それとも別の場所で客死したのか。理由は分からないが孤高の寂しい最後であったのだろうなと思った。

 「…***ガ死ンダノヲ誰モ知ラナカッタ。ソコニオマエガタマタマ土地ノ神ノ加護ヲ得タ。タダソウイウコトダ」

 蜥蜴人(ラガート)の思考は非常にまっすぐで、淡々としているようだった。
 カイは亜人族と初めてまともに会話して、彼らが相当に理知的で話もできる相手なのだと知って、驚いていた。
 驚きつつも、世界とはそういうものなのだとカイはすんなりと受け入れてもいた。この世界での人族は、おのれたちを万物の霊長などとは驕り高ぶってはいなかった。



 会話のあと、ゴレは山林檎の礼を言って、のっそりと踵を返して去っていった。蜥蜴人(ラガート)も山林檎の実は好物であるらしい。今度あちらをおとなうときは、手土産にもっとたくさん持っていってやろうと思う。
 カイに自覚はないものの、谷の住人として蜥蜴人(ラガート)族から正式に認知を受けた格好になっていた。それぞれの領分さえ侵さなければ、蜥蜴人(ラガート)族はひどく平和的な種族であったようだった。
木を切り倒して持っていくことについては最後に了解は貰った。蜥蜴人(ラガート)にとって、木などほとんど価値を成さないものなので、好きに持っていけということだった。
 まあ今夜については興も削がれてしまったので、撤収することにする。
 谷底へと降りて、落とした材木を拾い集めると、綺麗に枝を払って湖水の岸辺に並べておく。どのように材料を切り出していくかは次の時の宿題にすることとした。

 「…神様は、ほんとうにオレでよかったのか」

 村に帰る前の習慣で、土地神の墓に手を合わせる。
 祈りの後に彼の口から出たのは、そんな問いだった。
 たまたま運が良かっただけ。もしもその『***』という前の加護持ちが生きていたなら、カイは谷への侵入者としてあっさりと血祭りに上げられていただろう。単純に、運が良かっただけなのだと思うと、いろいろと思うところもある。
 しかしカイは性格的に、後ろ向きの思考には落ちなかった。
 運がよかったのは間違いないのだから、これからこの谷で楽しく過ごしていくことだけを考えていけばいいと思った。
 薄く光を帯び始めた空が、墓碑をうっすらと照らし始めている。カイは立ち上がって、村への帰路に着いた。
 辺土の自然のなかを全力で駆け抜けていくうちに、カイのなかのもやもやとしたものはいつしかすっきりと吹き払われていったのだった。


***


 村の石壁を素早く乗り越えて、いつもならばすぐに兵舎にあるおのれの寝床に紛れ込んでいただろうカイであったが、この日はなんとなく喉の渇きを覚えて、城館の深井戸へと寄り道をしていた。
 すでに付近は朝焼けの薄紫に染まり始めている。長い影を引きながら井戸の釣瓶に取り付いたカイは、そこで予想していなかった人から声を掛けられる。

 「…ずいぶんと早起きなのね」

 振り返ると、そこにはうっすらと汗をかいた白姫様の姿があった。
 手には兵士たちが訓練に使っている練習用の棒が握られていて、白姫様はくるくると巧みにそれをさばいて、とんと地面に突いて立たせた。
 村の女性は普通戦いの訓練などはしない。子を産み育て、村の人口を増やす大役を担っている女性は戦場で死ぬべきではないと考えられているからだ。辺土の村はどこだって同じである。戦うのは男の役だった。

 「くんれんか」
 「…身体を動かすのが好きなの」

 白姫様はかすかに笑んで、自分も水が飲みたいのだと言った。
 カイは半ば命じられたような気分になって、そそくさと井戸の水をくみ上げ、冷たい水の入った桶を白姫様に差し出した。
 自分は後でいいとかの謙譲はいっさいなく、当然のように桶を受け取った白姫様は豪快に浴びるように水を飲み、濡れた口元を男みたいにぐいっと手首で拭った。

 「くんれんしても、姫様は戦わなくてもいいんだから、無駄じゃないのか」

 考えなしのカイの言葉に、白姫様はやや気色ばんで、

 「女でも『加護持ち』には戦うすべが必要なの」

 といった。
 『加護持ち』には、と言われると、そういうものなのかもしれないとカイも思ってしまう。

 「…縁談の釣り合いを高めるためにだけ『加護』を持たされたわけじゃないの」

 おのれが口をつけたあたりを残りの水で洗って、つき返してくる白姫様。
 縁談うんぬん以降の小声のつぶやきも、カイの耳はしっかりと拾ってしまっていたのだけれども、そうした会話に含まれたニュアンスを汲み取れるほどに成熟していないカイは、それをあっさりとスルーしてしまう。

 「あなたはなにも言わないのね」
 「………」
 「ひとりで訓練してもあんまり良く分からないの。あなた、明日から付き合ってくれない?」

 スルーを『脈あり』と捉えたらしい白姫様が言葉を継いでくるが、男女の会話の機微にまったくもって疎いカイは、そちらのお願いについてもあっさりとスルーした。単純にめんどくさそうだったからだ。
 いまは谷での活動に重点がいきまくっているので、カイにとっては当たり前すぎる判断だった。

 「…ちょっと」

 白姫様の声音がやや荒れた。
 カイは相変わらずスルーしたまま、汲み上げ直した井戸の水をこちらも豪快に浴びるように飲み、ぷ はーっと声をあげる。
 そうしてそのまま去っていこうとするカイに、白姫様はついに叫んだのだった。

 「無視しないでったら!」

 その後なぜかこんこんと説教されて、明日から訓練に付き合うことになったカイであった。
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