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神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
冬の宴
122/187

122

閑話的なものですが、章末の〆でもあります。







 その日も、外の世界はしんしんとただ雪が降り積もっていた。

 雪洞から顔を出したネヴィンは、髪の毛についた小雪を払うと、背中の羽根を動かして外界へと飛び立った。


 「やつらに見つかる」

 「(むら)の位置がばれちゃうよ!」


 後から顔を出した眷属たちにたしなめられつつも、久方ぶりの自由を満喫することに夢中であったネヴィンは、自身の白い毛が雪景色の中でいかに目立たないかを身振り手振りで伝えるなり、怖いものなど何もないというようにさらに空高く舞い上がった。

 重苦しい雪雲が垂れ込める薄暗い景色の中で、視界を覆うように降りしきる雪が目隠しとなって、保護色をまとう彼らの姿を見つけることはたしかに容易ではなかった。

 雪面にぽつぽつと開く巣穴からは、邑長の自侭に釣られるように顔を出している眷属たちが何人も見える。この深い雪の下に数百の族人が暮らす邑があるなどとは誰が想像できよう。現にいまこの土地を付け狙っている大族、南方からやってきた人族の大群に、邑が見つかったためしなどなかった。

 特に、いまは冬の盛りだ。こんな餌を探すのも容易ではない酷寒の季節に、危険を冒してまで地上を徘徊する者などほとんどいない。いたとすれば脂肪を溜め込んだコブ鹿の一族が、冬でも何とかなる木々の樹皮を齧りに出てくるぐらいで、八翅(ヤソ)の一翅たる燐翅(ルルソ)族の天敵である空を飛ぶクチバシどもも姿を見せない。

 雪のない季節に跋扈する厄介な化け物どもも巣篭もりしてしまう荒野の冬は、過酷ではあれど燐翅族にとって、もっとも安全な季節であるといえた。

 いままでであるならば。


 (おいらが、ひとりでなんとかしなくちゃ)


 加護の力が、冬の寒さをネヴィンに寄せ付けない。

 低温に弱い燐翅族であっても、『加護持ち』たる戦士は別だった。

 ネヴィンは燐翅族の長であり、大戦士たる筆頭の『加護持ち』だった。卵生である燐翅族のごく一部に、女王の腹の中で胎生として生を受ける特別な仔が生まれることがある。その異常に発育のよい固体は力が強い上に知恵も持ち合わせることが多く、燐翅族は貴重な土地神をそういった個体に継がせることが多かった。ネヴィンもまた、その類稀な素質を見出されて加護を賜った。

 荒野での過酷な生存競争から種族を守り続けたネヴィンは、次第に知恵と力をつけて、他の八翅(ヤソ)たちからも一目置かれるまでになった。強い戦士となった自負もおおいにあった。

 その自負あればこそ、おのれがやらねば誰がやるという思いも強かった。


 (捕まったやつらを助けなきゃ……きっとうちの邑もばれちまう)


 報せが入った。

 邑がひとつ、潰された。


 (こんな厳しい冬にすら、やつらは巣を見つけては潰しにやってくる)

 

 巣篭もりして動きの鈍くなった者たちは、人族にとって格好の獲物であった。

 寒さに強い『加護持ち』はもとより、生き物の毛皮を剥いで上に着込む人族は、深い雪のなかでも平然と行軍する。

 燐翅族も、巣別れしたばかりの若い邑が襲われて、数匹の眷属が殺され、見目のよい翅のきれいなものたちが選んで連れ攫われた。人族はあまたの土地と種族を屠ってきたために、勝利の記念として敗者の身体の一部を持ち帰ることがあった。燐翅族は小柄で彼らの嗜好にも合致したのか、生きたまま連れ攫われて愛玩されることが多かった。そして慰みものにするのにも飽きると翅を毟って笑いながら殺すのだ。

 ひどいことになる前に救いたかった。

 人族は命乞いする燐翅族を、羽を毟りながらいたぶって、仲間の居場所を白状させようとする。毟られる結果はかわらないというのに、燐翅族は翅を失う恐怖に耐えられず言いなりになってしまうものが多い。そうした意味でも、人族の悪意ある手がほかの邑へと伸びる前に、しっかりと対処せねばならなかった。

 日もすっかりと落ちた薄暗がりの中、ネヴィンは人族の気配を探した。そして彼らがいままさになにものかと戦っている現場にかち合うこととなった。

 驚くほどに燐翅族の村に近い場所だった。いや、ネヴィンの村を襲おうと接近している最中に、運悪く別の脅威に遭遇してしまった、そんな感じであるのかもしれなかった。


 (丘の神!)


 燐翅族の邑は、荒野の中に立ち上がる小高い丘の裾野の、潅木(かんぼく)の生い茂るなかに巣穴を隠している。そしてその丘の頂には、一柱の恐るべき荒神が巣を作っていた。

 長い胴体をぐるりと巻く巨大な(くちなわ)は、コブ鹿をひと飲みにできるほどのあぎとを持つ三つの頭と、カタカタと音の鳴る二つの尻尾を持っていた。

 丘の神は燐翅族の天敵であったが、同時に外敵から彼らを守ってくれる守り神でもあった。丘には非常に珍しいことに二つの土地神が墓所を構え、その憑代となった二つの種族が共生する間柄となった。

 燐翅族の村を覆う潅木は、丘の神が邑を襲わないように彼ら自身が植え育てた自然の防壁だった。棘があるのもそうだが、丘の神が嫌う臭いを木々が発するのだ。

 しめた、とネヴィンは思った。

 丘の神は非常に気性が荒く、巣を荒らすものたちを絶対に許さない。なによりもその大木のように太い胴体は強靭な上に一度巻きつけば大岩さえも割り砕く恐るべき力を秘めている。

 その丘の神に、人族の軍勢が挑みかかっていた。真冬の荒野になぜこれほどの数を繰り出せるのか薄気味悪くなるほどの大軍勢だった。冶金にも優れた人族の武器は鉄製のものが多く、個々の兵士は弱くとも、数限りないその攻撃が残す爪あとは無視できるものではなかった。

 あっという間に全身が血まみれになった丘の神は、業を煮やしてさらにひどく暴れまわった。ネヴィンが見ている間にも、100や200の人族が殺されたに違いない。

 そうして丘の神の優勢が見え始めたときだった。人族の軍勢のなかから、明らかにほかと違う個体が幾人も進み出て、一斉に丘の神に襲い掛かった。

 人族のなかにいる、ネヴィンと同じ『加護持ち』たちだった。そして形勢はあっという間にひっくり返った。人族はこの冬場の攻勢に馬鹿みたいな力を掛けていたのだ。人族の『加護持ち』は100ほどもいた。きっと人族ほどの大族であっても、100柱もの『加護持ち』を掻き集めれば、きっとその領域内はすっかり空き地となっていることだろう。普通ならばとてもではやれない、ほとんど捨て身のような全力であった。

 丘の神が鳴いた。

 それはいままでに聞いたこともないような、ヤツの悲鳴だった。その岩間の巣穴から小さき眷属たちが這い出て加勢を始めたが、それらも次々に屠られていく。

 ネヴィンはその戦いがもしもおのれたちに向けられたらどうなるかを、即座に理解してしまった。いままでに感じたこともなかった恐怖が身を竦ませた。


 (ともかく仲間を助けなくちゃ)


 人族が後方に残した陣地へと忍び込んで、右往左往した挙句にようやく檻に入れられた仲間たちを発見した。

 手足を縛られ、首に鎖をされた鱗翅族の仲間たちは、手荒く扱われたのか手足をあざだらけにしてぐったりとしていた。

 ネヴィンは檻を叩き割り、鎖を断ち切った。

 めそめそと泣くばかりの仲間たちを叱咤し、飛び立とうとしたそのとき……ひときわ甲高く、丘の神の声が轟いた。睫毛にかかる雪を拭って、急いで外に出る。

 人族の凱歌が丘中にとどろいた。土地がまた広がったことを喜ぶ人族たちが、雪中に踊り狂うのが見えた。丘の神の子らを玩具のように掲げて走り回る者たち、戦いの記念に丘の神の鱗を剥ぐのに忙しい者たち。彼らは仲間の死になどまるで拘泥していなかった。ただ勝つこと、おのが種族の強さを証明することにのみ関心があるようだった。

 捕まればまた慰み者にされるだろう。眷族たちを逃しつつも、ネヴィンはあの人族の関心を巣とは違う場所へと誘導する必要に駆られた。丘の神がやられたいま、そのふもとに巣食う鱗翅族には、そこから逃げ出すしかもはや選択肢はないように思われた。


 (せめて逃げ出す時間を)


 ネヴィンは飛んだ。

 丘の頂に群れる人族の軍勢をかすめるようにして飛んだ。地べたを這うしかない人族が鱗翅族を捕まえるのは、巣にこもっているところを狙うしかなかった。

 空を飛ぶ鱗翅族は人族の目を確実に引いた。丘の神の亡骸をもてあそんでいた人族たちが、こっちを指差し叫びし始めた。

 さあこい、こっちだぞ人族。

 ネヴィンは鱗翅族のなかでも跳びぬけて美しい翅を持っていた。ゆえに飛ぶのも一番早かった。人族の一部が興奮したように後に続いて来る。


 「そいつは囮だ!」


 ネヴィンの狙いはしかし、早々に潰えた。

 反対側で逃した眷族たちが見つかってしまったのだ。

 丘を埋めていた人族の軍勢が、反対側へと解け崩れていく。巣が襲われるのだと分かってネヴィンは慌てて引き返した。風向きが変わって雪が次々に眼に飛び込んでくる。背中を這い登ってくるおののきにネヴィンは声にならない叫び声を上げていた。巣穴を囲っていたトゲ草が切り払われ、巣穴に人族が飛び込んでいく。

 空を飛ぶ八翅(ヤソ)は、巣の中ではほとんど無力だった。巣に取り付かれたらもう最後だった。

 鱗翅族が滅ぶ。

 そのことを邑長のネヴィンは理解してしまった。そして巣穴のひとつへと近付き、もはや無駄であることは承知で群り寄って来る人族をできるだけ食い止めようとした。殺し続けた。


「虫どもの『加護持ち』だ!」


 人族たちが言い出した。

 身体能力で格段に劣るはずの鱗翅族が、こうまで人族に勝るなどおかしいと単純に思ったのだろう。それから幾人かの人族の『加護持ち』が現れた。ネヴィンは死に物狂いで抗い、八翅(ヤソ)に伝わる闘術で何度も退けた。

 そしてそこに現れた次の『加護持ち』が、ここにある人族最高の戦士であった。


 「尋常に参ろうか」


 最初のバルターは、丘の神の血にまみれた格好でにたりと笑ったのだった。


ご無沙汰してしまっております。


3巻用の内容をまとめるに当たって、かなりの加筆修正を加えました。

灰猿人(マカク)領での『悪神』騒動も完全に別物ですし、冬の宴編もページ超過問題もあって大鉈を振るっております。最初は修正しつつゆっくり更新してゆこうとたかをくくっていたのですが、手を入れだして「これは生半にはいかないぞ」と完全に没入しておりました。

お察しの方もおられたかと思いますが、WEB版と書籍版は意図的に展開をパラにしています。それはとどのつまりWEB番を制限的に書き続けるのと同義となったわけですが、プロット上の展開をはしょった結果分かりづらくなったり、人物描写などがチープになったりなどといった諸象が当然付きまとい、今回書籍化作業も予想以上の難工事となってしまいました。

これはたまらないというわけで、新章に進むにあたってその非効率化した部分を正していきたいと考えております。過去データ入れ替え等、いろいろな部分に手が入るかもなので、その点ご了承くださいますようお願いもうしあげます。


コミカライズ版『神統記』もよろしくお願いいたします。

作者が茹で上がっているあいだに、青山先生がどんどんと更新されております!

http://comicpash.jp/teogonia/

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[一言] とても面白いです。
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