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神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
冬の宴
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 あれらが、これから『羽化』するというのか。

 数百の白い繭玉が『悪神(ディアボ)』の去った地下世界の底に作られていく。ネヴィンの鳥というよりも虫に近いと感じた姿を思い浮かべて、ヤツの属する種族が何かをなそうとしているのだということだけはなんとなく分かった。

 これも『祭祀』の一部なのか。人族の祭祀であるはずなのに、なぜ近縁種でさえなさそうな虫人たちが絡んでくるのか。

 そしてそもそも。


 (こんな『悪神(ディアボ)』を創り出して、人族はこの後どうするつもりだったんだ)


 外側の神様を降ろして、力を掠め取る。それは分かる。

 しかしおびき出され、まんまと力を掠め取られた神々は、小賢しい盗人のはびこるこの世界に災いを為すべく受肉する。その成れ果てがいまここにいる『悪神(ディアボ)』である。

 それは生み出された地神の墓の底から、ほとばしるような悪意に満ちて這い上がってくる。最終的には、そいつを誰かが倒さねばならない。

 こんなヤツを、いったい誰が?


 (…まあ考えるまでもないか)


 『バアルリトリガ』の墓の外にはいま辺土中から掻き集められた『加護持ち』たちがいる。

 そして。


 (…とんでもない『祝福』を受けた、人族の『大戦士』がいるじゃないか)


 『祭祀』の恩恵をその身にすべて受けた辺土伯侯その人の姿がカイの脳裡に浮かんでいた。恐るべき災厄が突如として地上を襲い、それをひとりの『大戦士』がその身命を賭して討ち果たす。

 ことがそこに至るまでの経緯にそれなりに問題が多くても、この世界を腐らせる恐るべき災厄、『悪神(ディアボ)』の登場とその討伐劇を見せられたとすれば、なによりも『強きこと』を尊ぶ辺土領主たちは、新たに『悪神(ディアボ)』討伐の『英雄』が登場したことをこそ寿ぐことだろう。強き力はただそれだけで辺土を外敵から守る『善きもの』なのだ。

 マッチポンプ、という言葉がカイの中に浮かび、ピンとこぬままに上滑りするようにすぐに消えていく。


 (とにかく、やれることだけはやる)


 外側の神様が3体いるのならば、この巨大な『悪神(ディアボ)』にも身体のどこかに3つの『神石』があるということである。その『神石』をどうにかして捕らえて、あのときにように殻を破ってやれば、『悪神(ディアボ)』をこの世にとどめている理が崩れ(・・・・)てその呪わしい肉ごと反転して消えるだろう。

 襲い来る触手を避けつつ、何箇所も『剣』で突いてみた。

 当然ながら『悪神(ディアボ)』は痛痒を覚えることもなく、嬉々としてカイとの戯れに打ち興じた。相手にとってはただの戯れでも、彼我の力の差がそのまま現れればほとんど一方的なものとなる。

 必死に対抗しようとするも、触手の数に制限のない『悪神(ディアボ)』の手数はまさに青天井、しかも人外の力であるから一発一発がカイの意識を刈り取りうるほどの強打である。

 さらには、本体の止まらない前進のおかげでカイの足元も加速度的に悪化しつつある。地下空間の斜面は当然のようにあるところで垂直に至り、次いで天井へと向かって逆に収斂し始める。

 カイたちが落ちてきた穴が出口になるのかと思っていたのだが、魔術的欺瞞でも働いているのか『悪神(ディアボ)』は目もくれず、より広い頭上の空間を目指していく。当たり前のことだが、カイが足場として頼りにせざるを得ない『悪神(ディアボ)』の胴体も急速に傾斜を強めていく。

 カイは『悪神(ディアボ)』の猛攻をほとんど直感でかわしながら、咄嗟の判断で思案していたことを実行することにした。

 腰に差していたナイフを手に取り、それを逆手に『悪神(ディアボ)』の肉へと刺した。『不可視の剣』ぐらいしかまともに通じないほどに硬い『悪神(ディアボ)』の外皮も、鉄より硬くなることはない。

 そうして刺したナイフに片手でぶら下がるようになりつつも、おのれの手の中で練り上げた霊力を一瞬にして『ある魔法』に費やして……そのまま『悪神(ディアボ)』へと殴るように柄尻に叩き込んだ。


 (これならどうだ!)


 『悪神(ディアボ)』は、どうやってその軟体な組織を動かしているのか。この世界由来のものを取り込んで初めて受肉できる『悪神(ディアボ)』は、本来ならばたぶん肉体など持たない。燃やした肉の切断面が、『たんぱく質』のような反応を示したのはさっき見ている。

 断片的な知見から、謎肉の身体の運用方法は、ある程度この世界のそれを模倣しているのではないかと思う。

 打ち込んだのは超高電圧。

 行使するなり短い稲妻がナイフの柄尻へと吸い込まれ、バツンッと、鍋底を引っ叩いたような音と衝撃がカイをして目をつむらせる。

 打ち込んだ瞬間に、『悪神(ディアボ)』の身体が震えるように跳ねた。どれほどの電気ショックを与えられたのか、やった本人にすら見当もつかないことであったのだけれども、乾電池のような小さな電源ですら人間ひとりを行動不能に陥らせることができる。それを『加護持ち』の霊力で行ったのだ、もしかしたらその数倍、数十倍の威力を持っていてもおかしくはなかった。


 (…効いた……か。はは)


 結果はオーライ。

 見渡す限りに続いている『悪神(ディアボ)』の四半分、カイを中心にした半径20ユルほどの部分が完全に活動を停止していた。

 突如身体の一部が沈黙して、『悪神(ディアボ)』も戸惑ったのだろう……ナメクジのようにうねうねと縁をめくれ上がらせて活動部位もその前進を止めた。麻痺したことでこの世界に抗っていた神力が衰えたのか、止まった部分を焼いていた青い熾き火が一斉に勢いを増した。その高温と異臭にカイはたたらを踏みつつ、『視る』ことに集中した。

 この『悪神(ディアボ)』の体内のどこかに、『神石』がある。その辺は普通の『加護持ち』たちと同じで、力の出どこでもあるそこは一段霊気が強くなっているはずであった。

 そうして見つけた一点に崖を上るように近寄ったカイは、ひときわ強く顕現した『不可視の剣』でひといきに貫いた。突き入れてさらに念を入れて、魔法に込めた力が消えてなくなるまでこじり続けた。

 確実に仕留めたのだろう、地鳴りのように『悪神(ディアボ)』の悲鳴が轟いた。その一点を目指して存在感の薄くなった謎肉が渦を巻いて吸い込まれていく。まるで『排水口』に流れ込む汚水のようだった。

 カイは手掛かりにしていた物体がぐずぐずと崩れ出したのに気付いて、慌ててまだ健在な『悪神(ディアボ)』の触手のひとつに飛びつくようにしがみついた。

 瞬く間に一点に吸い込まれていった『悪神(ディアボ)』の身体の一部が、限界に達するや弾けるように大量の汚物を撒き散らした。身体が裏返しになって、取り込んだ現世物質を吐き出したのだ。

 びちゃびちゃと大量の虫の死骸をばら撒いた『悪神(ディアボ)』は、その巨体の四半を一瞬にして失って、身体がふたつに分裂するぎりぎりとなった。


 (…よーし、やれるか)


 カイは汗をぬぐいつつ唇をなめた。

 しょっぱい味がして、それがもしかしたら『悪神(ディアボ)』の『原材料』なのかもしれないという想像に至った。なんだかおかしくなってカイは笑った。

 『悪神(ディアボ)』の千切れかかった両端が、カイを完全な敵とみなしたように、登坂を止めて襲い掛かってきた。ほとんどその巨体を自ら落下させるように捲れ上がってきた『悪神(ディアボ)』の片割れに、カイは無意識に腰のあたりを探って……ナイフを失くしてしまったばかりであるのに気付いた。


 (殺せッ)


 対処法が確立したいま、この『悪神(ディアボ)』はもう恐れるほどのものではない。興奮する谷の神様に苦笑しつつも、カイは触手の根本に足をかけてまたがるように乗った。麻痺した箇所に近かったのか触手の動きは鈍い。

 ナイフがないのなら、直に手を突っ込めばいい。

 迫り来る『悪神(ディアボ)』の巨体を目測しながら、カイはそちらに飛び移るようにして構えていた貫手(ぬきて)を放った。小さく『不可視の剣』を顕現させていたその手は、容赦なく『悪神(ディアボ)』の体皮を貫いてその中身に到達した。

 えもいわれぬぬらりとした感触に怖気を奮いつつも、カイは間髪をいれずに『電気』を発生された。漠然と『電気』を想像すると本当にただの電気になってしまうので、霊力に圧縮をかけることで『高電圧』であるという意識を高めるのがコツのようだ。

 ボスッ、とくぐもった音がした。

 目前まで迫っていた『悪神(ディアボ)』の身体が、標的であるカイがすぐそばにいるというのに何もすることなくただそのまま落ちていった。左面に張り付いていた残りの胴体も、捲れていく半身に引きずられるように擂り鉢の底へと落ちていく。

 こうなればあとは作業である。残りの一体も処理して、落ちていったやつとあわせて順に処理してやればいい。

 カイは手についた得体の知れないぬめりを払いながら、ゆっくりと半麻痺で動きの鈍い最後の一体を見た。

 ゆっくりと呼吸して、気持ちを落ち着けたカイは貫手を構えた。

 そしてそれを振り下ろそうとしたとき。


 「てめー何してやがんだッ!」


 突然殴り飛ばされて、カイは一瞬頭が真っ白になった。

 意識を刈り取られて、カイはまたがっていた触手の根本から落ちた。頭から斜面に落ちて、何度となく転がった。その滑落が止まったのは、擂り鉢の斜面が中ほど以下で傾斜を緩やかにしていたからに過ぎない。勢いがついていたら底まで落ちていたことだろう。

 『加護持ち』のタフネスさですぐに意識を取り戻したカイが見上げたそこには、羽根を動かしている白い虫人が怒りを露にこぶしを握り固めていたのだった。

 邪魔すればぶっ殺すぞ。

 まさに殺しにきた格好だ。

 顔に生温さを覚えて手でぬぐうと、べっとりと血がついた。谷の神様の加護を以ってしてもあいつの一撃はカイの体皮に傷をつけえたということだ。

 カイはふつふつと湧き上がってくる腹立たしさに、ふてくされたように斜面に胡坐をかくように片膝を立てた。


 「…言ったろ。ぶっ殺すぞ」

 「…黙って殺されろってか。頭茹だってんじゃねえのか」

 「………」

 「………」


 相手が同じ守護者だからなんだっていうんだ。

 互いのわがままがぶつかり合えば、後はもう力比べで決めるしかない。

 それがいかにも、『加護持ち』らしいと、カイはつばを吐き捨てたのだった。


コミカライズ11話公開されています(^^)

http://comicpash.jp/teogonia/11/

白姫様がかわいらしゅうてたまりません。


感想お待ちしています!

誤字脱字報告大変ありがたいです。後ろを振り向くと失速する作者ですので、よほどでないとそのままにしています。メモはしておりますので、ごあんしんくださいませ。


ようやく出口が見えてきた安心。

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