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神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
冬の宴
105/187

105






 祭祀。

 ネヴィンはそう言った。

 そしてそれは、この世界に外側の神々(・・・・・)を呼び込むための儀式、その理外の力を得るために人族が練り上げてきた手管に他ならなかった。

 遥かかなたに遊弋していた形の定かでない光る存在は、辺土領主たちの祈りに吸い寄せられたのと同様に、ネヴィンが捧げた霊気に反応し、不定形の身体を激しくうねらせて天空から駆け下って来た。

 それらは肉体的な実体を伴っていないというのに実際にこの世界の大気を裂いて、目には映らぬ風という大波を立てた。その突風に弾き飛ばされそうになったカイはかろうじて引っかかった胸壁にしがみつくことで耐えた。

 その一方で、それら外側の神々を引き込んだ祭祀者であるネヴィンもまた、余裕綽々というわけでもなく危ういタイミングでその衝撃波から逃げ出して……屋根上の積もった雪の上を弾むように転がって、結局そのまま縁から落ちていった。

 あっと思ったときにはヤツが空を飛べる生き物であることを思い出した。


 (…神々が……塔に吸い込まれた)


 もしかしたらそれもまた魔術的な装置の働きであったのかもしれない。

 建物全体が激しく振動して、天空から引き受けた途方もない力を州城が受け止めたことを実感する。その力の奔流は尖塔を貫いておそらくは最下部の霊廟にまで至ったに違いない。

 舞い散った雪を嫌がるように首を振りながら浮かび上がったネヴィンが、


 「自爆すっとこだったなー」


 などといたって暢気につぶやくのを、カイは聞き咎めた。

 あれだけの力が叩きつけられたのだ、霊廟にいた人々がただで済むとはとても思われなかった。鋭い眼差しを向けられて、ネヴィンは少しきょとんとした後、「そういう仕組みなんだから心配するな」と言った。

 その言いようを素直に聞き入れるつもりのないカイは、すぐさま来た道を戻るべく垂直の竪穴へと飛び込んだ。

 嫌な予感に汗が噴き出してくる。いまだに立ち上ってくる霊気のぬくもりを感じながら急斜面を駆け下り、再び大天井の開口部まで引き返したカイであったが……そこから見下ろす大空間の底で、相も変わらず飲んだくれてざわついている辺土領主たちが大勢いることに瞬きしてしまう。建物があれだけ揺らいだのに気付きもしないとは大物過ぎるだろう。

 カイはさらに這い降りて、鉄のシャンデリアへと飛び移る。揺れる足場を気にしながら宴の中心、辺土伯様とご当主様が並んで坐る人の輪を見、いままさにその辺土伯様が立ち上がって何かを叫んでいるのが見えた。

 人々のざわめきが充満しているものの、それまで背景の音調として続いていた僧侶たちの唱和が途切れていた。『バアルリトリガ』の大立像に祈りを捧げていた権僧都らが身構えるようにして立ち上がり、従僧らが慌しくその周りに集まってきている。

 カイの目はそのまま導かれるようにして『バアルリトリガ』の神像を見ていた。像があまりにも力感に溢れて、光り輝いて見えていたのだからそれは仕方のないことだった。降りた神々はその神像の中に……いや、その足元にある『バアルリトリガ』の墓石に封入されているのだと分かった。

 そして何かよく分からぬことを叫んでいる辺土伯様もまた、その身から膨大な霊気を放ち始めた。そのまま燃え上がってしまうのではないかと思えるほどの強い輝きにカイは目を細めた。


 (…あれは)


 カイは辺土伯様を包んでいる青い光に見覚えがあった。

 そしてなにゆえに辺土伯様がわめき続けながら、火事で火にまかれた者のように必死に石床に身体をこすり付けているのかを理解した。

 あれは叫んでいるのではない。おのれの体皮を焦がさんとするあまりの熱苦に悲鳴を上げているだけなのだ。


 「…『悪神(ディアボ)』」

 「…なんだ、知ってんのかー」


 知らぬ間にネヴィンもまた外から入り込んできていた。おのれの庭のようなものなのだろう、平然と羽を広げて羽ばたいているのだが、どうやら自身の姿は魔法で隠しているらしい。

 転げまわる辺土伯様はまだ光っているだけで、あの呪わしい青い炎で肌が焼け(ただ)れる感じにまではなっていない。そもそもその光自体も、まわりの『加護持ち』たちにはいまだ見えていないようである。あの存在さえも忌避されたかのような皮膚を焼き続ける熾き火は、具象化に至ってはいないのだ。

 倒れ苦悶する辺土伯様は、側仕えたちの介抱の手を払いのけて何事かを叫び続けている。それが『(うたげ)』の続きを行うようにとの指示であったことにはカイも驚いた。辺土伯様もネヴィンの言う『祭祀』に命を賭しているのだ。

 側仕えが走り出し、それを血相を変えた坊さんたちに妨害される。辺土伯様の叱咤で幾人かが坊さんの制止を振り切った。


 「…昔なら、この頃合いに奉納試合を始めたんだけども、人族はほんとうに物知らずになったなー。…まあ今回は、その代わりがあっからいいけどさー」

 「…なんだよ、代わりって」

 「…まあ見てろって。外の神様はこの世界由来(・・・・・・)のものにはほんと目がねーんだ」


 理解が追いつかないカイをよそに。

 事態が何も見えていないに違いない得々とした様子の第6子、公子アーシェナが取り決めた合図を受け取って控えの間から姿を現した。

 その先導で、晴れ着の姫ふたりが静々と入ってくる。

 ヴァルマ侯の息女フローリスと、カイもよく知る色の白いモロク家の息女。


 「人族では古来から『未通女』なんだとさ」


 経験学的な言い分であるのか、男であることが多いこの世界の『加護持ち』たちの、身勝手な世迷言であるのかは知らない。

 おそらく人族でないネヴィンはその『言い分』に何の疑問も抱いていないのだろう。実際にそうした人族の蛮習、人身御供(・・・・)の実例も見てきたに違いない。

 あっけに取られているカイの様子などお構いなしに、何の疑問も抱かずに台上へ……『バアルリトリガ』の祭壇へと導かれていくふたりの姫を期待のこもった眼差しで見つめている。

 なにゆえに辺土伯様は、白姫様を嫁にとると譲らなかったのか。

 魂を齧られたときの人身御供の反応が面白いんだとネヴィンがつぶやいたのにカイの身が総毛立った。

 そのときにはもう後先考えず、カイはシャンデリアから身を躍らせていた。


 「とまれぇぇ!」


 カイは精一杯の大声を放った。

 喉が張り裂けんばかりの大声であったというのに、霊廟内の人々のざわめきにそのほとんどが飲み込まれてしまった。着地の勢いを殺すために別のシャンデリアを吊っている鎖に手をかけて、綱渡りの曲芸師のように運動エネルギーを前方へと振り替える。


 「白姫様ッ」


 距離が詰まったことでようやく声が届いた。

 祭壇の上に立った白姫様が、カイの声に気付いて視線を上げた。滑空する鳥のようにかなりの速さで宙を舞ったカイであったが、何も手掛かりがないためにそれ以上の加速もできない。集中が高まるほどにゆっくりとなっていく時の流れのなかで、カイは幾人かの頭上を越えて、その眼差しがおのれに引き寄せられてくるのを感じた。

 ご当主様が、多くの中央貴族たちが、おのれの視野に差し掛かったカイという異物に目を見開いた。

 青く光る辺土伯様がうつろな目で見送ってきた。赤髪の隆々たる上背の女丈夫が目を瞠って、手近の燭台を掴み取ろうとしているのも見た。

 ちらりとあの坊さん、権僧都とか言うえらい坊さんが見上げてきたのにも気づいた。その何人も集まった禿頭の上も通過した。

 いま少し、あと少しのところだった。

 飛び込んでくるカイの身体を受け止めようと前に出た白姫様が、不意にカイの視界から消えた。赤い晴れ着を着た中央の姫君もろともに驚きに目を見開いた様子で足元へと吸い込まれていった(・・・・・・・・・)

 祭壇の上にはきょとんとしたままのアーシェナだけが残っていた。儀式の決まりであるとか言われて定められた立ち位置にいたのだろう。これからおのれのものになるのだろうふたりの美しい姫を、突然その視界から見失ったアーシェナは、棒立ちのまま子どものような悲鳴を上げた。そうして次の瞬間に、姿が消えた。愚かにも姫の消えた方へと足を踏み出してしまったのだ。

 そしてそこへとカイもまた至った。

 見えたのは祭壇に現れた丸い『闇』だった。それが『落とし穴』のような役割を果たしたことに疑問の余地などなかった。なぜならその丸い暗がりの中に、石造りの立派な『縦穴』がうっすらと見えたからだ。

 物理的なものではない、『魔法』によって作動する落とし穴。

 その『魔法』が、カイの目の前で閉ざされようとしていた。かっとなったカイは、ほとんど反射的に右手に『不可視の剣』を作り出して、それを振るっていた。穴がふさがり、ただの石組みの構造物となっても、カイの『不可視の剣』はそれを空気のように切り裂いた。

 石組みの一枚下は、やはりというか最前に見た縦穴そのものだった。

 穴に飛び込むと霊廟内のざわめきが急激に遠ざかっていく。ときおり落下速度を調整するために石壁を蹴った。『加護持ち』の鋼のごとき硬さが、つま先にも発揮されて『削岩機』のように石を削った。


 「白姫様!」


 穴はとてつもなく深く感じた。

 普通に落ちたらとてもではないが無事ではすまない深さがあった。

 ややして石壁を蹴らなくても落下速度が緩んで、なぜだかふわりと体重が軽くなったような感覚があった。

 そして、カイは地の底で想像もしていなかった大空間と出会った。辺土伯家の霊廟も大きかったが、そこも途方もなく大きかった。

 空間の奥底に、うっすらと丸い何かがあった。場所の広さが感覚を狂わせたものか、それが巨大ななにかの『頭骨』であるのがややして分かった。

 足が地に着いた。たどり着くなり後ろから抱きつかれた。名を呼ぶ声といい匂いでそれが白姫様だとわかった。


 「カイ…」

 「姫様…」


 美しい姫から名を呼ばれ、すがられる心地よさから気持ちを離した。

 カイのまわりには、先に穴へと落ちた者たちが無事な様子で立っていた。

 そしてカイ自身も踏みしめる地の底には、森で枯れ枝を踏むように散乱した人骨があった。その地面は奥に向って擂り鉢状に傾斜していて、そのままさらなる地の底へと落ち込んでいっている。その低く轟く得体の知れない空気の唸りに、その先に行ってはならないと生存本能が叫んでいてた。


 「…こんな、聞いてない」


 ガチガチと身体を震わせているアーシェナが、最後にやってきたカイをおのれの家の使用人か何かと勘違いしたように、なんとかしろ早く助けよと駄々を捏ね出した。


 「あれは、なんなの」


 それとはまた別の女性の声がした。

 あの中央貴族の姫君のものだと気付いたが、カイは振り向かなかった。

 何を見つけたことで発された言葉なのかを、示唆されるまでもなくもう理解していたのだ。

 闇の奥底にあると分かる巨大な何者かの『骨』。

 『頭骨』の一部しか見えていないのだがその大きさが桁外れのものであることは明らかだった。

 そしてその暗い擂り鉢の底から、何か(・・)が這い出してこようとしていた。


なろうらしい展開でなくてほんと申し訳ないです。


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[一言] 陶都物語から来ました。 オモロイ
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