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神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
冬の宴
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 白姫様を伴ったカイが療養所……ご当主様が身体を休める一ノ宮の一角を訪れたのはそれからしばらく後のことだった。

 先に来ていたオルハ様に面会し、ご当主様の意識がまだ戻ってはいないことを知らされたカイは、あのひとがそんなやわなわけがないと疑念を医官に向けた。その眼差しを受けてため息をついた初老の医官は、指示してもなかなか安静にしてくれない患者に強い薬を処方したこと、おそらくは明日の朝方まで目を覚ますことはないだろうということを告げたのだった。

 言葉通りならばそれはまっとうな医療行為であったろう。

 が、オルハ様はそれが辺土伯様の内密な指示で行われたのではないかと疑っており、カイもその疑義に頷かざるを得なかった。それに、酒にもあまり酔うことのない解毒能力の高い『加護持ち』が、一昼夜気を失うほどの薬なんてあるのかとも疑った。

 医官らの目を盗んでご当主様の身体を検分したカイは、その体表から横溢する素の霊力が、胸のあたりでやや翳るように弱まっていることを見て取っている。自らもその手管(・・・・)を弄することができるゆえに、何者かがご当主様の『神石』に術を施したのだろうと察した。

 そのときふと脳裡に浮かんだ白い小さな守護者の顔に、処置したのはあいつではないのかと避けがたく連想する。


 (オレならたぶん、回復させられる)


 そう思いはするものの、この施術がヤツの手管だったとして、それをおのれが治療してしまう行為はヤツの言う『邪魔』ととられかねないという可能性に思い至らざるを得ない。

 あの警告がただの脅しでないとしたならば……ご当主様を宴当日まで帰したくないと言うのがヤツの狙いであるのなら、ここでの『治療』は下手をしたらあの守護者の怒りを買いかねない。ヤツと殺しあう覚悟が果たしておのれにあるのか、確実に生き残れる自信はあるのかと自らに問うて、小さくため息のように息を吐いたカイは、握り締めていた拳を解いたのだった。


 (…なんだよ、早く帰れって、オレだけに言ってたのかよ)


 あのネヴィンという守護者は、カイが谷の神様の加護を得て『守護者』と呼ばれる存在になっていることを知っていたからこそ、彼をモロク家の郎党(・・・・・・・)とは見做さなかったのかもしれない。たしかにカイ自身は、おのれの生存をモロク家の力に依存しているわけではなかったから、『別』と選り分けられても不思議ではなかったりする。


 (あいつも辺土伯様も、ご当主様を捕まえて帰すつもりがない。姫様との縁組を絶対に取り結ぶつもりなんだ……でも、その理由はなんなんだ(・・・・・・・・・・))


 あまたの辺土領主たちをその力で束ね、北辺に並ぶ者もない大神の加護を得ている辺土伯様が、境界地帯のいち領主に過ぎないモロク家の取り込みに執着する理由とはなんなのだろう。

 灰猿人(マカク)たちの軍勢を跳ね返した戦功を過大に評価しているのだとしても、《四齢(クワート)》を筆頭とする3柱の土地神と100人程度しかいない兵士を戦力化できるだけである。それ以上の、なんらかの特恵(メリット)があるのだろうか。

 そうしてモロク家の家人たちに囲まれて、その成り行きに心を砕いているおのれを自覚したときに、ああそうか、モロク家にはオレが付いてくるのか、と他人事のように結論を得たのだった。白姫様と辺土伯の第6子との縁談は、おそらくは谷の守護者たるおのれを繋ぎとめるための鎖であるのだ。

 それはとどのつまり、カイの正体を辺土伯(・・・)が知っているという可能性にも繋がるということだ。あのネヴィンとかいうのが耳元で囁けば、疑うこともせずそれを信じることだろう。


 (あいつと辺土伯家は、どういう繋がりがあるんだ…?)


 何かだいそれた変化が起こり、辺土に危機的な状況がやってくる。その布石のひとつとして、谷の守護者とのつながりを持つモロク家をしっかりと掌握しておく必要が生まれた。そういうことなのだろう。

 いまはまだそんなことぐらいしか分からない。たまたまご当主様の計らいで『宴』に連れてこられただけのカイにとって、ここ州都での情勢など知る必要も無いことだったのだ。

 逃げ出せないのならば、モロク家の家人たちを守るために腹をくくらねばならない。邪魔するなと言いつつ逃げ出せなくしたのはヤツであり、その結果何かの邪魔をしてしまったからとて責められるいわれはないと思った。

 殺し合いになってもまあ仕方がない。そう覚悟を決めた瞬間に、心がすうっと静まった。


 「…部屋がそのようなことになったのならば、今夜はここで父上のそばにいたほうがよいな」


 三ノ宮の居室で起こった不祥事を聞いて、オルハ様は眉間の皺を指で揉みながら医官長に掛け合い、モロク家は療養所内に仮の居場所を手に入れることとなった。

 医官用の仮宿舎の一室が当てられ、そこに一夜を過ごすこととなった3人であったが、全員が『加護持ち』であっただけに、部屋の外で始まった厳重な『警護』が、外部の悪意ある者に対してではなく、中にいる3人を逃がさないためのものであることをすぐに察したのだった。

 狭く息苦しい仮宿舎であったが、白姫様だけはなぜかひどく安心したようで、横になってすぐに寝息を立て始めた。オルハ様は妹姫の寝込みを襲おうとした第1公子の不貞の現場を聞きたがり、しばらくカイを放さなかった。

 そうしてふたりがやっと寝静まったあとは、部屋の入口脇に陣取ったカイひとりが、不寝番を担った。闇のなかで何度か視線を感じたが、カイがその都度反応すると、気配は立ち去って行った。

 冬の長い夜は、染み込むような底冷えとともに深まり、数刻ほど経たまだ日も昇らぬ早い時間に、無遠慮に戸を叩かれるまで続いたのだった。


 「モロク家の皆様、お時間でございます」


 わずかに開いた扉の隙間から顔を出した役人は、起き出すオルハ様たちを見届けて会釈しつつ去って行った。

 まだ明け方でさえない夜と変わらぬ時間の空気は、刺すように冷え込んでいた。そんな時間帯であるというのに、廊下の外も療養所内も歩き回る人の気配が途絶えない。

 不思議な喧騒(けんそう)が州城を包んでいる。

 祭祀である『冬至の宴』が、日の出を前にしてすでに始まっているのだった。



 ***



 『冬至の宴』


 その大祭事の当日がついにやってきた。

 祭りは日の出の前の、まだ暗いうちから開始されるものであるらしい。逗留中の各領主家の部屋に声がけの役人が一斉に走り、すべての者を叩き起こす。それがだいたい日の出の一刻ほど前のことである。

 身だしなみを整えた客らは、まだ夜とは思えない騒がしさの中、宴の催される一ノ宮へと向かう。夜中の間に降り積もったのだろう雪は城の者たち総出で支障ないようきれいに踏み固められている。州城の築かれた丘陵の斜面を、灯火をかざした人々が登っていくさまは、まるで葬送の列が伸びるようだった。

 冬季の雪模様は朝方近くになっても変わってはおらず、夜空を灰色の小雪で覆っている。一ノ宮に迎え入れられた者たちは、まずはおのれの服に付いた大量の雪を払い落とさねばならなかった。

 そうして一ノ宮の少し入ったところにある鉄の大扉が開かれ、そのなかにある巨大な空間にすべての来客たちが飲み込まれていく。中央から呼ばれた僧侶たちの唱和する聖歌と打楽器が鳴り響くそこは、バルター辺土伯家の本尊たる『バアルリトリガ』の安置される墓所に他ならなかった。

 各領主家が、その規模の差こそあれ力の根源たる本尊の墓所を建物で覆い、これを領主の居館とするふうはこの辺土伯家も変わらない。この州城のある丘陵の最高所にある一ノ宮は、この『バアルリトリガ』の墓所があったからこそこの場所に築かれたのだ。

 鉄の大扉を潜った先には、巨大な大柱とアーチによって支えられた幅50ユル、奥行きにいたっては100ユルはあろう巨大な広間となっている。その中心に敷かれた緋色の絨毯を踏みながら、来客たちはまっすぐに広間の奥にある巨大な神像の前へと導かれる。恐れ多いほどに巨大なその神像は、辺土伯家が自家の繁栄を願って築き上げた『バアルリトリガ』の立像であるのだろう。

 その脇侍には辺土伯家を支える与力神たちの像が、広間を照らす燭台の火に揺らめくように浮かび上がっている。その神像ひとつひとつに丁寧に台座が設けられ、とりどりの供物が捧げられている。

 そして最たる『バアルリトリガ』像の足元にはまさにこの世のありとあらゆる食材が集められたに違いないたくさんの料理が並び、その供物に向かい合うように高僧とその従僧らが坐を組んで、おごそかげな聖歌を唱和し、丸笛を吹き、黄金色の金属板を打ち鳴らす鐃鈸(にょうはち)で広間の空気を震わせる。

 その僧侶たちの背中を見る形で石組みの台座が設けられ、くべられた香木の煙を盛んに吐き出し続けている。その『拝所』までやってきた来客たちは、思い思いに聖句を唱え、バルター辺土伯家への変わらぬ忠誠と、辺土を拓くうえで人柱となった祖霊への感謝、国を守る防人としての宣誓を行った後、香木の小片を燃える炭火の中に放った。

 そして宴の元来の名である『献月』に倣い、儀典官から差し出された酒盃を天にかざし、小量を設置された大瓶の中にこぼした後、ひといきにそれを呷る。

 それらをもって、来客は祭祀の儀礼を終える。


 (…ほんとうに霊力が捧げられている)


 呷った酒が喉を焼いていくのを感じながら、カイはそそり立つ『バアルリトリガ』の神像を見、さらに上に覆いかぶさる広間の天井を仰ぎ見た。

 カイの目には、祈りを捧げる『加護持ち』たちからかすかな霊力が立ち上り、頭上へと舞い上がっていく様が見えていた。それらは広間の天井近くで凝って雲のように濃さを増し、まるで煙が出口を探すように隠された小窓にゆっくりと流れていく。まさに言葉通りに、神あるいは祖霊に向けて、祈りの形を取った霊力が捧げられているのだ。


 「…行くぞ、カイ」


 宴が始まったとたんに嘘のようにきれいに意識を取り戻したご当主様が、モロク家の郎党を導いている。オルハ様、白姫様、そしてカイがご当主様の後に続く。

 儀礼を終えた客たちは、広間のいたるところに自然形成されている酒宴の輪の中に三々五々混じっていく。おそらくは辺土にいくつかあるのだろう領主同士のつながり、血縁の成す閨閥(けいばつ)であったり、個人的友誼であったりが連帯を促したのだろうそれらの小集団の規模が、個々の領主家の安全に対する備えとして機能するのだろう。

 ご当主様に対して手を振って呼ぶ集団があった。おそらくはそこが本来のモロク家の定位置であるのだろう。が、ご当主様は手を振って応じたのみで、そちらへは行かなかった。

 その向った先は『バアルリトリガ』の神像に最も近い、ひときわ大きな酒宴の輪であった。


 「ようやくきおったな、鉄牛(トール)


 軽く手を上げて呼ばわったのは、バルター辺土伯その人だった。


作者の中にあった宴のイメージがようやく吐き出せました。

なんというか、夜中に始まる法事というか、初詣に浮き足立つ夜中の雰囲気というか、そんな感じのものです。描写ばかりでつまらないという方には……その、すいません。


コミカライズ第9話が公開されています。

http://comicpash.jp/teogonia/09/

よろしくお願いいたします(^^)

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