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神統記(テオゴニア) 作者:るうるう

ラグ村の少年

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感想読んでます。
勢いのあるうちは続けますが、たぶん落ちるときはいつか来るので、そのときはどうかご容赦ださいませ。





 その日起こったバーニャ村の土地を巡る争いは、凄惨を極めた。
 人と豚人(オーグ)、両種族の憎悪が互いの族人たちを見境なく殺し合わせ、次々に物言わぬ血肉に変えていった。まさに生命へのリスペクトのない精肉場のような有様だった。
 なかでも一種果敢な奮戦を見せたのはバーニャ村の兵士たちで、家族恋人の仇を討たんと我先に剣戟の林に躍り出て、そして少なくない豚人族を道連れにあがき続け……最後には遂にひとりとして戻ることなく全員がすりつぶされ戦場の露と消えた。
 大量の血肉が地にばらまかれ、バーニャ村の女たちが「村はもう終わりだ」と叫んだ。血と油で汚染された麦畑を回復させるには多くの男手が必要とされたのに、村の働き手はほとんどが生き残らなかったのだ。
 身体能力で劣る人族は数の有利を生かして多対一で敵に当たり、土の柔らかい麦畑に相手を追い込んで倒すやり方が須臾(しゅゆ)の戦いの間に流行した。豚人族の重量が耕された土にはまり込むと面白いように相手が身動き取れなくなったのだ。
 逆に追い込みに失敗して包囲を千切られると、途端に優劣はひっくり返った。一撃で木々を切り倒してしまう手斧の攻撃を自由にさせてしまうと、足並みの乱れた人族兵など防御していても簡単に身体ごと持っていかれてしまう。
 唯一戦いが一方的になるのは『加護持ち』の暴れているスポットだけであり、人族領主らは理不尽な暴風となって敵を打倒し続ける。むろんそれは豚人族側でも同じであり、両種族とも『加護持ち』が場に割り込んでくると、ほとんど鎧袖一触に兵士は命からがら逃げ散った。
 そうして永遠とも思われる半刻を殺し合い続け、もともと数が少なかった豚人側の『加護持ち』がひとり、局所で多対一となって倒されたのをきっかけに、帰趨がはっきりと傾いた。

 「豚野郎どもが逃げ出したぞ!」

 誰かが叫んだ。
 そしてその声が人族の間で繰り返され、いつしか大きなざわめきとなって脹れ上がると、戦いの終わりが見えた人族兵士たちの目つきが変わった。
 どこかで人族領主が叫び、鬨の声が沸き起こる。誰が命じたわけでもなく、そこにいたすべての人族が同様の声を上げだした。生物種としての本能に根差した反応であったのかもしれない。
 地を震わす騒鳴に、戦場で棒立ちになった豚人族が、一人、二人と逃げはじめる。その背中を反射的に追い始める人族たち。
 ついに豚人族の軍勢が戦場から離脱を始めて、満を持したように温存されていたバルター辺土伯とその軍勢がバーニャ村の石壁の内側からあふれ出した。もはやそこで勝敗の帰趨は決しただった。
 豚人族の軍勢が森へと撤収し、ようやく静けさの戻った付近一帯にほとんどの兵士たちが肩で息をしうずくまる中、バルター辺土伯の勝利宣言が高らかに響いた。

 「われらが勝った! 我が国の勝利だ!」

 沸き起こる生き残り兵たちの歓声。
 バルター伯の軍から放たれていく斥候班。
 逃走が欺瞞であることを恐れてのものであったが、亜人族はたいてい敗勢が濃厚になると、その優れた身体能力で相当の距離を一気に撤退してしまうことがほとんどだった。分かっている兵士たちは、自分たちがようやく勝利したのだと理解して、手にした鉛のように重くなった血まみれの武器を放り出したのだった。



 勝利の歓声が繰り返し起こる中、兵士たちの『仲間さがし』も同時に始まっている。
 名前を叫びながら戦場となった土地を兵士たちが歩き回る。何十、何百と叫ばれる人の名の中に、『カイ』という名もあった。辺土では単純な響きの名前はとてもありふれていたので、もしかしたらただの同名の人間のものであったのかもしれない。
 むろんラグ村の兵士たちも、このとき点呼に声を挙げなかった行方知れずの仲間を探して歩いていた。何人かの重軽症者を見つけ、その何倍もの死者の亡骸を回収した。
 そうしてしばらくの後に改めて数を勘定し、ラグ村の今回の戦いでの損害が確定したのだった。
 50いた派遣兵のなかで行方の知れなかった18人のうち12人の死体が回収された。そして加えるに10人近くの歩くこともままならない半生の怪我人が見つかった。それだけの死体と怪我人を抱えて50ユルドの道行を歩いて帰るというだけでもかなりの負担であった。
 最後まで戦場を駆け回っていたらしいオルハは、行方不明者の捜索に少々付き合った後、バルター伯の呼び出しでさっさと村内の本陣へと向かっていった。参加小領主たちも集められているらしく、どうやら戦後の仕置についての話し合いがもたれるようだった。
 バーニャ村はすでに壊滅状態である。参加領主たちに十分な礼物など供出できるはずもないので、そのあたりのことも含めての話し合いであるのだろう。
 村の崩れかけた集落からは、残された者たちの慟哭が響き続けている。村の老人たちは「もうこの村は終わりだ」と繰言のように叫んでいるし、女たちは荒れ果ててしまった村の畑を見て、ぐすぐすと声を押し殺しながら泣いている。
 ここまで多くの血肉がばらまかれ、無数の足跡で踏み荒らされた麦畑を復旧するとなると、途方もない労力が必要になるだろうことは明らかである。
 しかしバーニャ村は頼るべき労働の担い手、男手を絶望的なまでに失ってしまっている。
 普通に考えて、村の立て直しはほぼ不可能だろうと思われた。兵士もみな同じような境遇にあるからこそ、バーニャ村の前途の厳しさは理解していた。
 後継である一人娘の『加護継承』を守りすることになっている隣村の兵たち以外は、みな一刻も早くこの希望も残されていない汚れた地から去りたいと思っていただろう。
 帰還は回収した僚友の亡骸を荷車で運ばねばならないので、整備されていない辺土の街道は大渋滞を起こすことも予想されていた。

 「…賄いの女に色目使われたぐらいでおたついてんじゃねえよ」
 「いくら日照っててもよ、ここの女に引っかかるのだけはねーわ。男手欲しさ見え見え過ぎんだろ」
 「…だよなー」

 村の一角で集まっているラグ村の兵たちも、待つ間村の生き残りたちによって供された薄い麦粥を掻き込んでいたが、いろいろと微妙な視線にさらされて落ち着かなげにしていた。

 「オルハ様、おせえな…」
 「なんかうまいものでも出されてるんじゃねえか? 辺土伯様のとこにいるんだし」
 「…森じゃ、ずっと辺土伯様の陣地に張り付いてたそうじゃないか、うちの大将は」
 「………」

 ラグ村の被害が大きくなった原因は、大将であるオルハが軽率に集団から離れて兵たちをほっぼり出したのがそもそもの始まりで、兵士の間でオルハに対する評価はかなり下がっている。中には「もともと他人を低く見る奴だった」と陰でこき下ろす者もいて、空気もよくなかった。

 「辺土伯様のご機嫌取るまえに、領民を守ってくれねえとよ」
 「…まだお若くて経験が足りていなさらないんだ。批判めいたことは言うな。分かったな」

 副長格のセッタが不満の熾火(おきび)に砂をまくように、淡々と言葉をかぶせた。
 ご当主様が長子を今回の会盟に参加させたのは、後継ぎとしてのオルハの地歩を固めさせるためであり、ラグ村の領主家、モロク家の次代をにらんでのものであることは誰もがわきまえていた。
 若いうちは経験が足りずに失敗することがたしかに多いものだ。そう分かってはいるものの、その経験のためにあまりに多くの命が失われる現実を受け入れられるかといえばなかなかに難しいものだった。
 そんな重苦しい雰囲気の中で、誰かが唐突に声を上げた。

 「…おい」

 促す声に、つられて何人かの顔が上がる。
 きょろきょろと見回す視線が、最初の男のそれとぶつかり、その一方を向いた視線を追うように多くの目がそちらへと注がれた。

 「…あっ!」

 上がったのは、マンソの驚きの声だった。
 その声につられるように、同じ班の男たちが次々に声を上げ始める。

 「あいつ、生きてやがった…」
 「帰ってきやがったよ」

 ひとりが指差して、小さく笑い声がはじけた。
 そうして悪いことだらけのなかに、わずかばかりの『よい話』が生まれたことで、他の者たちも流れに乗っかるように一斉に沸き返った。

 「何いまごろのこのこと!」
 「しぶてぇやつだな! 死神に追い返されたか!」

 仲間たちが笑顔を見せているのを見て、こちらへと近づいてくる小柄な少年が手を振った。戦いのさなかに森の中ではぐれ、行方不明という実質死亡扱いであった少年が無事に帰還を果たしたのだ。
 ラグ村の兵士たちの騒ぎを見て、他村の兵たちもざわざわとし出す。
 生き残りが帰ったのだと知れると、手を叩いて祝福する者もあった。

 「カイッ」
 「カイよ!」
 「カイ! よく戻った!」

 少年はどこかで拾ったのだろう豚人(オーグ)族の手斧を肩に抱えていた。
 それを軽々と片手で捧げ上げて見せてから、景気よくぐるぐると振り回した。
 浮かべたのはまぶしいぐらい屈託のない笑顔だった。

 「帰ったぞぉ!」

 行方不明となって1日後、カイは無事仲間のもとに帰還した。
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