死地への飛行
年末は大忙し。
飛行船は静かに空を進む。
船内もまた1人を除き静かだった。
乗り込む時に数人の帝国兵を見たがそれきりだ。この部屋に来てから俺は大佐と2人きりだった。
「幸せは〜歩いてこないーだーから歩いてゆくんだね〜いちにちいっぽーみぃかでさんぽ〜」
大佐は俺のことは気にならないようで気ままに歌を口ずさみながら船内を散策したり本を読んだりしている。
たまに話しかけてくるが俺は黙っていた。
いや、俺に話しかけていたのか?彼女の独り言かもしれない。俺が黙っていても勝手に喋って満足しているのだから。
……彼女は何者なのだろうか。
俺と同じ世界の人間。旧ドイツ軍の装備。ただの女の子?俺と同じfpsゲーマーなのか?
俺にはわからない。
ただ、窓の外を見つめ鼻歌を歌う彼女は普通の人と変わらなく見えた。
「まだしばらくかかる。例のモノは帝都では製造していないんだ。危険だからね。まともに試験すらしていない確立されていない技術さ。」
彼女はこちらに目線を移した。
例のモノ……思い当たるのはあの兵器だ。
「あれは……原子爆弾……なのか?」
俺は船内に入って初めて口を開いた。
大佐はにやりと笑うと俺の質問に答えた。
「なんだ知っているのか?実験でも見たか。サプライズにしようと思っていたのに。」
無邪気に笑う彼女は本当にただの女の子に見えた。その話の内容は別にすれば。
俺の背筋には冷たい感触が伝わる。
「そうさ。君が見たものは私たちの世界で言うところの原子爆弾さ。」
「な、何故そんなものがこの異世界に?明らかにオーバーテクノロジーだ。お前の『兵装』なのか?」
「いや…私のものではなかった。だけど1から作るのと作れるとわかっていて作るのとでは違う。ましてお手本があるならば模倣するのは不可能じゃない。」
大佐はいつもの…気味の悪い笑みを浮かべて俺の前で演説を繰り広げた。
模倣……あの原子爆弾はここで作られたと言うのか…?
「さぁ、着いた!なに準備はできている。王都へ行こう。こいつと一緒にな。」
俺は目を見開いた。窓から身を乗り出してそれを見た。
ゆっくりと飛ぶ飛行船の下に広がる街。巨大な工場のような施設と長い滑走路。それは異世界にあまりに相応しくない。
そして、なにより目を奪われたのは満面の笑みを浮かべる大佐の後ろを飛ぶ巨大な飛行物体。長大な銀翼にプロペラが並ぶ。圧倒的威容。その姿は空中の要塞の名に相応しいものだった。
「重爆撃機……!!こんなモノまで!?」
「流石に無理さ。今のこの世界の技術力ではまだ作れない。余程の時間と金をつぎ込まないとね。全てあの兵器に費やしてしまった。」
にやりと口を歪ませる大佐。
あの兵器……原子爆弾は確実にあの重爆撃機に積み込まれている……
そして王都に行く?それはつまり次の標的は王都であるということなのか?
「お前……一体なんでそんなことができる?なんで何も思わない?」
「いや違う。何も思っていないわけではないさ。お前はお人好しだな。NPCにも気を使うんだね。」
「NPC?」
「そうさ。自分以外に感情があるかなんてわかりようがない。長い付き合いでもない奴らなんてNPCさ。いや、、感情の様なものがあるから楽しいのかもしれないな。」
大佐が笑う。
俺はもう何も思わなかった。
ただ不思議と心は平穏だった。
「なぁ、俺はお前のことをよく知らない。だから、教えてくれよ。お前のことをさ。」
不意に口から出たで言葉だった。
大佐の顔はよく見えなかった。
刹那、部屋に飛び込んで来た影が返答も何もかも搔き消した。
砕け散乱するガラス片。部屋の扉が砕けて宙を舞う。
「返してもらうぞ!雅敏を!!」
俺が声のする方を向くとそこにはリミエラがいた。剣先を大佐に向け腰を落とす。
大佐は素早く腰のホルスターからピストルを抜く。
対峙する2人。
緊張。
沈黙。
ただ風の音が場を支配するのみだった。
パスワードを忘れることが多い気がする。




