同床異夢
王都に侵入したマサトシ、柊、リミエラの三人。
慣れない状況に戸惑いつつも機転を利かせ危機を乗り越えていく。
三人はひとまず作戦を立てるため宿屋に向かうが…。
見渡す限りの灰色。立ち上る煙と時折聞こえる銃声がここが帝都であることを再認識させる。
「あ、あれ宿屋じゃない?あの赤い屋根の立派な建物」
リミエラが指差す方向を見ると確かにそれっぽい建物がある。俺たちは看板を確かめ、中に入る。宿泊料は高かったが偵察のためだ。仕方ない。
「いらっしゃい。おや?兵士さんとは珍しい。」
受付には小太りの男性が一人。俺たちを見て驚いている様子だ。
「兵士には宿舎があるはずなんだけど…いったいどうしてここへ?」
しまった…。いきなりやらかしたか…?軍の兵士ならまだしも、一般市民に見破られるわけにはいかない。俺は必死に言い訳する。
「いや、前回の任務が辛くてさ。宿舎じゃ疲れがとれそうにないんだ。給料も出たし、たまには高級宿に泊まろうと思ってね。」
小太りの男性は俺たちをまじまじと眺めた後首を横に振る。
「あんたたち、よそ者だね…?」
バレた…嘘だろ…?俺たちは動揺を悟られないよう平静を装う。
「俺はこの宿屋だけじゃなく兵舎の管理人もやってるから兵士達のことはよく知ってる。あの3人はなんというか…そんな感じじゃない。喋り方も全然違う。それに…宿舎はこの宿屋より立派だよ。」
緊張感の張り詰める空気の中、俺は必死に次の一手を考える。どうする…この男が兵士を呼べば俺たちは終わりだ。そうなる前に…。
「まぁ、そんな難しい顔をするな。俺はあんた達みたいな人を待ってたんだから。」
予想外の言葉に耳を疑う俺たちをよそに男は話を続ける。
「最近の帝国はおかしい方向に進んでる。軍事費の増加、そのための増税。俺たち一般市民はもううんざりだ。だからよ、お前達みたいなよそ者が帝国を潰してくれることを望んでる。」
苦々しい顔をしてそう呟いた後、男は頭をさげる。
「……。」
俺たちは警戒を解き、男の話を聞く。どうやら事情は違えど、今の帝国に不満を持つ同志のようだ。
「あんた達は…そうか、探し人がいるのか。」
色々と聞きたいことはあったが長々と話している余裕はない。俺はフリッツの居場所を聞く。あいつを捕まえれば帝国の内情、士官のこと、軍備施設のことも聞き出せる。それに、連れ帰れば王国の戦力強化にもつながる。
何より俺は聞きたかった。なぜあいつは王国から出て行ってしまったのか…。
「フリッツ…っていうのは聞いたことねぇが少し前から金髪の剣士があの塔に幽閉されてるのは知ってる。」
男は地図を取り出し、塔の場所と外の景色を交互に指差す。その方向には高くそびえる巨塔。
「あそこにフリッツが…。」
歩き始めたところを男に止められる。
「待て。入り口には兵士がいる。これを…。」
男は一枚の紙切れを差し出す。
「士官からの命令書だ。模造品だが、すぐにはバレないだろう。」
俺たちは男に礼を言い、再び塔へと歩き始めた。
「……あれで良かったか?」
3人の姿が見えなくなった頃、宿屋の男は独り言のように呟く。
少しして物陰から一人の兵士が現れる。
「ご苦労。予定通りだ。」
* * *
俺たちは塔の階段を一段ずつ上がっていく。
入り口の兵士は命令書を見せたらすんなり通してくれた。
「すまない。皆、フリッツを探すのに手を貸してくれ。」
階段を登る途中、俺は二人に話しかける。
正直、フリッツのことは私事でもある。特にリミエラはギリルの事も調べたいだろう。
「いや、いいよ。フリッツさん…?を見つけることが情報を得ることに繋がるんでしょ?下手に動くより全然良いと思う。」
「私は元から、どう動くかは二人に任せるつもりだったし。」
リミエラと柊が順に答える。
「ただ、どうにもうまくいきすぎているような…気を抜かずに行こうね。」
確かに…リミエラの言う通りだ。俺たちは頷き、周囲を警戒しながら進んでいく…。
「あそこじゃない?」
しばらく登った後、俺たちは大きな扉のある部屋にたどり着いた。ここだけ明らかに雰囲気が違う。
「開けるぞ…。」
深呼吸をした後、扉に手をかける。しかし押さずとも扉は開いた。いや、内側にいた誰かが開けたのだろう。
「……え?」
信じがたい光景だった。部屋にいたのは鎧をまとった屈強な兵士と俺と同い年ぐらいに見える女性。見覚えがあった。
「セレネ…さん…?」
柊が震える声でそう尋ねる。やはりそうか。彼女は先日の王都襲撃の際に敵対した帝国の士官。セレネ中佐…!
「侵入者はやはりお前達だったか。…まぁ、そう睨まないでくれ。今日は剣を交えるつもりはない。」
中佐は着席するよう促す。机の上には3人分の紅茶と茶菓子。戦う様子はないようだが…。
「敵意はないみたいだ。ここは大人しく従おう…。」
リミエラが後ろを指差しながら囁く。
振り返ると階段にも兵士が一人。塔の中でこいつらを倒しても領土から出るまで無事でいられるだろうか…。
俺は考えた末、黙って席に座る。あとの二人もそれに続く。
俺と柊は震えていた。王都襲撃の記憶がよみがえる。
リミエラはただまっすぐに中佐の方を見つめていた。
「単刀直入に言おう。帝国を救うため…お前たち異世界人の力を貸して欲しい」
それが中佐の第一声だった。
その剣、敵か味方か…。




