雨声と涙声
今年も気づけばあと3ヵ月です。
にらみ合いが実際どの程度続いていたのかは分からない。
一分だったかもしれないし一時間だったかもしれない。
楽しいことほど短く感じ、苦しいことほど長く感じる。
俺達にとってギリルと呼ばれた老人と向き合うことはとても苦痛だった。
瞬きすら許されない。尋常じゃない緊張感。
少しずつ雨の音が、死の匂いが近づいてくる。
空は徐々に暗くなっていき、今にも降り出しそうだ。
そうなれば全員無事じゃすまない。
「…この様子では時間をかけるわけにもいかなさそうだ。」
一瞬の出来事だった。離れた場所にいたはずのギリルが目の前にいる。
意識ははっきりしているのに体が動かない。俺が遅くなったわけじゃない。奴が早すぎるんだ。
明確な死の予感。だが、奴が剣を抜こうとする直前、リグガルスの爺さんが追いつき、切り付ける。
しかし腕を切られてもなお、奴は剣を抜こうとする。そして瞬時に振り返ると、手に持った長刀でリグガルスの爺さんを切り付けた。
互いに体から血を流しながら対峙する二人。だが爺さんのほうが流血量は多い。
ここにきてやっと体が反応するようになり、ギリルを止めようと俺は剣を振るう。
しかし、剣は空をかすめ奴の体には届かない。俺達と奴は再び距離を取る。
一瞬の隙を見て、リミエラが爺さんの所へ向かう。俺は剣を構え、ギリルの動き出しに備える。
ギリルは俺たちを交互に見た後、その場から去っていった。その直後、黒い雨が降り始めた。
「屋内に行こう…。この雨は当たるとマズい…。」
爺さんを二人で抱え、俺たちは急いで廃屋の並ぶ街に戻る。
平静を装うが、俺は正直震えていた。ギリルとリグガルス…二人の戦いは俺の及ばないレベルの戦いだった。今まで見た誰よりも…自分との差を感じた。おそらく王都襲撃の時に見た帝国の士官よりも…。
ボロボロの小屋に入り、俺たちは雨を凌ぐ。鍛錬後の出来事で心身ともに疲れ切っていたが、爺さんを死なせないように俺たちは必死で傷の手当てをした。リミエラは俺に、構わず休んでいてほしいといったがそういう訳にはいかない。彼女に比べれば爺さんとは短い付き合いだが、俺たちを助けてくれた爺さんを…絶対に死なせたくなかった。
俺達は今できることをした後、爺さんが目覚めるのを待った。その間も雨は際限なく降り続けた。
雨の音に交じって、時折隣からリミエラのすすり泣く声が聞こえる。不安で潰されそうだった。
この雨が早く止んでほしい。心の底からそう思った。
* * *
「新型兵器の威力…大したものだ…。」
帝国の飛行船の中でギリルは静かに呟く。彼らは自らの兵器により焦土と化した大地を空から見ていた。
「皆があなたみたいなら楽なんですけどね…今回の兵器はさすがにやりすぎだと抗議の声がちらほら聞こえてきてるんですよね。帝国内からも。」
同じく士官であるエルクが苦笑いしながら答える。
「おそらくセレネ中佐だろう…私から注意しておく。慈悲を捨てられぬようでは今後の戦いに響くからな。」
ギリルはそう言った後立ち上がり、部屋を出ようとする。
「頼みましたよ。あなたの言葉でしたら中佐も納得して下さるでしょう。」
「…ああ。そういえばエルク少佐、ここに来るまでの間気になることがあった。」
ギリルは背を向けたまま、リグガルスとの戦闘について簡単に説明する。彼らの中に王国のものと思わしき人物がいたことも。
「やれやれ…やはり彼は一筋縄ではいきませんね…。すぐに追手を向かわせます。」
ギリルが去ったあと、エルクもまた次の作戦指示のため部屋を出た。
ただ一人、残された少女だけが窓から外の景色を見て、ため息をついた。
指揮官は仲が良い組み合わせとそうでない組み合わせがあります。
大佐ちゃんと中佐ちゃんは死ぬほど仲悪いです。




