雨に嗤えば
……気のせいじゃな。
地を呑み込む業火と立ち上る巨大な黒い雲。
稲妻が雲間に走り、立ち上った雲は夜空にぶつかり傘を広げ、星を呑み込む。
俺たちは赤く染まった空を見つめていた。
雲と業火は遥か遠くに見えるのみだが只事ではないと感じた。
そして、この景色を俺は知っている。
「な、なにあれ?何が起きたの?」
リミエラは恐怖に震えていた。
それも尋常じゃない。
「気がなくなっていく……何もない……」
雲が俺たちの頭の上まで届き、闇が深くなった。あの距離での雲がこんなとこにまで届くのか。
空が雲に覆われてから少しして雨が降り始めた。雨は俺の肩に数粒落ちる。肩を見ると黒い筋が見えた。やはりこれは……
「雨にはできるだけ触れるな!リグガルスさんのところに戻ろう!」
俺は走り出した。
彼に伝えた方がいい。
この雨は、あの炎は、この世界のものじゃないと。
そして教えてもらわなければ。対抗できる術を。先に進む道を。
俺は必死に走った。
リグガルスさんのいる家があと少しで見えてくるという時だった。
「止まって!」
俺はリミエラの声で足を止めた。
彼女の声だけじゃない。俺も気づいていた。
家の前に誰かいる。
薄暗がりに佇む二つの影。
1人はリグガルス。もう1人は見たこのない壮年の男。スラリとしたシルエットの男だ。白い口髭と険しい目つき。リグガルスが武人だとしたら彼は老紳士といったところか。
しかし、何より目を引いたのはもはや見慣れた服装……
「帝国軍!!それも士官クラス……!」
2人は話もせずただ見つめ合っていた。
張り詰めた空気。少しでも隙を見せた方がやられる……そんな空気だ。
「久しぶりだな……リグガルス」
男は口を開いた。思っていたより柔らかな口調だった。
「いつぶりだろう。あの異変以来かな?」
「何をしに来た、ギリル」
リグガルスの声は威圧のある聞いたことのない声だった。
俺は鳥肌がたった。見たことない……こんなリグガルスさんは見たことがなかった。
「フフ……そんな喧嘩腰にならなくてもいいじゃないか。我々は旧知の仲だろ?」
「よく言えたな。魂まで悪魔に売った貴様など最早人とも思えぬ」
老紳士…ギリルは軽い口調だが警戒していないわけではない。細い目の奥に冷たい光が見える。
「理解してもらう必要はない。生き方はそれぞれ……魂だとか悪魔だとか、君が思っているそんなものもまた人間だよ」
俺はその時、ギリルから大きな殺気を感じた。氷水の中に落とされたかのような殺気だ。
それはリグガルスさんも同じだっただろう。
「それに今日は話があって来たのだよ」
「……話すことなどもうない」
「いや、話し合いじゃない。私が話すだけさ」
ギリルはそう言うと腰の細身の剣を地面に置いた。先程の殺気もその気配すら感じさせていない。
俺たちは物陰からじっと成り行きを見ていた。
「我ら帝国軍は世界をもう一度破壊できる力を手に入れた。見てたか?いや、わかるはずだ。先のがその大破壊兵器だ。この力がある限りこの世界の国は一つとして帝国に逆らうことはできない」
ギリルは口元に薄い冷酷な笑みを浮かべた。
「そこでだ……兵器のデモンストレーションの前に言っておきたかった。
リグガルス、帝国に協力しないか?」
それを聞いた瞬間だった。
リグガルスさんは剣をギリルの喉元に突きつけた。その刃は血管を傷つけないギリギリのところで止まっていた。
「断る」
リグガルスさんは刃をピクリとも動かさない。
ギリルもまた怯むことも引くこともしない。
「既に帝国の士官たちが中立の国々に出向き同盟もしくは制圧を行なっている。私は無用な殺生は避けたいと思っている。その為には交渉が必要だ。だが人手が足りない。君のような人が帝国にも必要なんだ」
ギリルはリグガルスさんに向けて微笑む。そして、視線を俺たちに向けた。
背筋に冷たいものが走った。
「また失いたくはないだろ?そこの子たちを、あの日のように」
旅行先バレる…




