決意の朝に
かなり久々の投稿です。申し訳ないです。まだまだ続きます。
その夜、私はベッドの上でずっと考えていた。
記憶を失った状態でどう生きていけばいいのか…。
その答えを出すために一晩という時間は短すぎた。
「ナレガ…。」
私に何があったのかは分からない。だけど、あの獣人、ナレガが私のことを大切にしてくれているのは何となく伝わってきた。私が彼のことを忘れているにもかかわらず…。
「考え事か?」
すぐそばから声が聞こえる。私は突然のことに振り返る。
「あぁ、スマン。邪魔するつもりはなかったんだがな…。」
そこには全身包帯だらけで微笑むナレガの姿。私よりずっと痛々しい…。
「その様子じゃまだ無理はできないだろう。ほら、朝ごはんだ。」
考え事をしていて気が付かなかったが、もう外は明るくなり始めていた。
私は結局一睡もできていない。
「ナレガ…。」
私はそれに続く言葉が出てこなかった。伝えたいことが多すぎて頭が混乱していた。
私、昔からこんな風だったのかな。記憶を失う前はもっと何も考えずに生きていた気がした。
「ナレガ…ごめん。ごめんなさい。」
私は無意識のうちに謝っていた。自分でも何に対する謝罪なのかは分からなかった。
彼は他人を守るために傷だらけになって…。そのうえまだ他人のことを心配している。
私には記憶がない。だったら私に都合のいい記憶を植え付けることだってできたはずだ。
私を置いて街から逃げ出すことだってできたはずだ。だけど…彼はそうしなかった。
「…柊。謝るな。」
ナレガがいつになく真剣な、それでいて優しい口調で私に話しかける。
私はいつの間にか泣いていた。自分でも訳が分からなかった。思い出そうにも記憶がない。
ただ、私は安心していた。こんな世界で、人が簡単に死んでしまうような世界でも私を大切にしてくれる人がいる。涙が収まるまで…彼はずっとそばにいてくれた。
「あのさ、ナレガ。お願いがあるの…。」
私はベッドから降り、ナレガを見据える。
「おい、まだ肩が治りきってないだろう…!無理するな!」
肩の痛みはもう大分引いていた。ほぼ完治したといってよい。傷跡は残るかもしれないと言われたが…。
でもそんなことは気にならなかった。今の私にあるのは心の痛み。これまでのことに対する罪悪感。
「私を連れていってください!雑用でも何でもします…!だから…!」
私は頭を下げる。必死だった。祈りながらただ返事を待った。
「…お前は俺と初めて会った時もそうやって俺に頼んだんだが…覚えてるか…?」
私は顔を上げ、ナレガを見つめる。彼は笑っていた。
「というかお前、一週間ぐらい前にも俺にそうやって頼み込んでたぞ、同行していいかって。」
そうだったか…。私の頭の中はごちゃごちゃで、一週間前の記憶もあいまいだった。
私にとってこの世界のことは…目の前で起きたことはあまりにも衝撃的だった。
「ま、いいけどさ…。柊、よく聞けよ。」
「旅は道連れ…。」
私は無意識に言葉を発していた。ナレガが驚いたような顔をする。
「旅は道連れ…世は情け…。」
連れていってもらう立場なのになんとも図々しい。私は自らを戒める。
だけど言葉は止まらない。なぜかこれがとても大切な…意味のある言葉のような気がして…。
「さぁ乗った…!」
私は言葉の一つ一つに縋る様に、必死になって思い出そうとする。
頭の中をぐるぐると駆け巡る記憶。断片的だけど、一つ一つが徐々に形になって…。
ナレガは私を抱き寄せる。結局その日は旅立つこともできず、私は一日中病院にいた。
* * *
「何か思い出せたか?」
私の横で果物の皮を剥きながらナレガが尋ねる。
「んー微妙!でもなんとなく…ナレガがどういう人なのかは分かった。」
結局私は何も思い出せずにいた。断片的な記憶ははっきりとした形にならず、再び消えた。
でも、今は妙に頭がすっきりしている。モヤモヤが晴れた感じ。
「ありがとう。ナレガ。」
私が一番伝えたかった言葉。多分これだったんだ。
「…おう。」
ナレガは照れたような、困ったような顔をしている。私はそんな彼の姿を見て笑った。
「明日には旅立つ予定だが…もう肩は動かせそうか?」
「うん。まかせて。行商の仕事とか、ポッコの世話とか…何でもするから!」
「それは頼もしいな。」
私はもらった果物を頬張りながら、未来を思う。
私はこれからのことも…これまでのことも分からない。
でも、今この人の隣で生きている自分に幸せを感じている。
だったらそれが私の生きていく理由で、これから先の私を作ってくれる道しるべになる。
私はその日、ナレガと共にこの世界に抗う…戦うという選択肢を選んだ。
心機一転頑張ります。




