7 〈戦乱の終末〉
結末というのは思っていたより呆気ないものだと、知っているものはこの世界にどれだけいただろう。
決戦の地となったのは有翼人たちが崇める神の神殿だった。いくつもの蝋燭と質素な祭壇が置かれただけのだだっ広い空間。メイスンが言うには、ここには有翼人一族全てが入ったというほどだから相当なものだ。
しかし今は私と王の、たった二人だけ。そしてどちらかは死ぬ定めだった。
「地の神より造られし風の一族の王! 有翼人の頭を司りしもの! その首、貰い受ける!!」
メイスンに教わった口上を告げる。目の前に立つ有翼人の王は三対の翼を持つ偉丈夫だった。翼が起こした風は蝋燭の炎を吹き消し薙ぎ倒す。明かりが消え、光はくり貫かれた高い天井から入るだけのものになった。
薄暗くなった室内で追い詰められているのにもかかわらず王はニヤリと自信げに笑って、口上を返す。
「天の神より落とされし風切りの巫女よ。出来るものならこの首、取ってみせい!!」
きっと私が娘の姿だから馬鹿にされているのだろう。もしくは挑発に乗らせて隙を突こうというのかもしれなかった。けれど私はなんとも思わなかった。すでに王に興味もなかった。ただ、私は。もう終わらせたかった。──この戦いの全てを。
そのために有翼人の王の首がいる。だから狩る。その程度の気持ちしかなかった。王がどんな人物で、どんな強さを持っていようがもはやどうでもいい。私は、殺す、だけだから。
剣が混じり合う。羽根から繰り出される風に勢いを付けて向けらた切っ先を、風を奪うことでよろめかせ抉るように私は剣を突き立てる。
しかし鍛えられた体幹は致命傷を避けなおも私に攻撃を加えようと動く。
鋭い一線が私の頬を裂く。ピッと血が跳ねた。
その程度の痛みに気取られるほど私も甘くない。もっと深い傷を負ったこともある。恐るべきスピードで治ってしまったけれど。
剣を払ったせいでガードの空いた懐に飛び込む。それを見計らった王は上に飛び上がるもすぐに失速する。私の前で羽根を使った回避は愚策だった。それは彼らの体の一部。染みついた習慣が勝手にそうさせたのは仕方がないとはいえ。
支えを失ったその四肢は空中を掻き、落ちる。
素早く背後に回るとその翼を捥ぐように薙ぎ払った。鮮血と純白が辺りに散らばる。
──そして。膝から落ちた体に、無慈悲な一撃を。
誰よりも多い翼を持ち、誰よりも屈強な肉体を持ち、誰よりも冷静な思考を持ち、誰よりも雄々しい王は、しかし神の加護を持っていない王は、私の剣の前に倒れ伏す。
“次代の王”ではない、王は、私の敵にはなりえなかった。
これで、終い。
転がる首は、どこか笑みを湛えているようにも見えた。私を嘲笑っているのか、もしかしたら哀れんでいたのかもしれない。
「ユーリさま、ご無事ですか!」
クリスの声が背中からする。このくらいなら大丈夫だろうと、残党を任せていた彼らは無事に生き残ったようだ。
ああ、私は守りきった。この声の人を。これでようやくこの人をあるべきところへ返してあげられる。なんて感慨深く思う。
嬉しいのに、どうしてだろう、……こんなに苦しい。
「帰りましょう」
見せる顔もなく、かといってクリスを見ることもできなかった私は、息絶えた王であったものの首をじっと見ていた。あれは私の罪の形だ。忘れてしまわないように刻み込む。
隣に沿うようにやってきたクリスに返す言葉も返せる言葉もなくて私は首を振った。
「ユーリさま……」
悲しげな音に呼ばれた自分の名。クリスだけが呼ぶ、その名前を、もう聞くこともない。
なんどもこの瞬間を思い描いて、なんどもシュミレーションした言葉を並べる。私は女優、なんて馬鹿なことを思い浮かべながら。
「私のことは、忘れて。人族の英雄は死んだ。風切りの巫女は、もう、いない」
そう言った私の顔はどんな表情をしていたのだろう。ちらりと見たクリスは腕を取られた時よりもずっと深い痛みの顔をしていた。
……ああ、そんな顔をしないで。
幾度血に染まっても、私なんかのために腕を失っても、その変わらない清廉さがずっと心の支えだったよ。
私のことも戦争のことも、全て忘れて、幸せになって。それだけが、私の救いだから。
傲慢だと、自己満足だとわかりきったことを口にすることなんて出来なくて、何もかもを振り切って歩き始めた。どこへともなく。
一瞬、クリスがついてくるかもしれないと思ったけれど、彼がついてくることはなかった。
それは私を思ってのことなのか、それともクリスのあの顔も何もかもが私の幻想で何とも思ってなかったからなのかは、わかるはずもなかった。
それでいい。そうでなくてはいけない。頭ではわかっていても、どうしても傷つく心に気がついていた。
でも私は歩みを止めることなく歩く。もともと、この手の中には、何もない。これまでも、これからも。