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5 〈失ったもの〉

 膠着状態だった戦況は、一変する。風切りの巫女によって空という特性を奪われた有翼人アーラたちは次々と地に墜ちていく。早々に戦況は傾いた。

 いくつの翼を折ったことだろう。いくつの味方の命を取りこぼし、いくつの敵の命を奪ったか。私はもう数えることもままならなくなっていた。あまりにも多すぎて。

 気がつけばこの世界に来て半年ほどが経っている。唯一数え続けているそれも、正しい数かは定かではないけれど。

 この日の勝ち鬨を上げる声を背中に聞きながら、沈む夕日を見ていた。その赤は今日死んでいったものの血だ。私が殺したものたちの血の色。


 ──終わりを迎えて、私は油断していた。背後に迫る影に気がつかなかった。

「ユーリさま!!」

 クリスの声がして、それから肉が裂ける音、血飛沫が跳ねる音、そして、無。

 頭が判断するよりも体が勝手に動いた。


「死ね!」


 すでに死したものにそう罵声を投げて私は、翼を失った半身の有翼人アーラを蹴飛ばしクリスに駆け寄った。

「大丈夫か、クリス!」

 荒くれた戦さ場で私はすっかり男言葉に馴染んでいた。

 クリスは肩から夥しい血を流して呻いている。あったはずの左手は、けれどそこになかった。私は巫女用の戦装束の裾を引き千切り、見様見真似の応急手当をする。血が止まらない。このままでは死んでしまう。

 ここにやってきてからこの男はずっと私のそばにいた。私の背に付き従い、剣を交わし、寝食を共にした。血を浴びせ合いながら必死に生きていた。

 ……死なせるわけにはいかない。


 その強い思いのまま私は白い光をクリスの失われた腕に放った。





「一命は取り留めたようです」

 神官は医官を兼任しているものがほとんどでその一人であるメイスンはやってくるなりそう告げた。思わず安堵のため息が漏れる。よかった。

 あの時、私は初めて味方であるクリスに力を使った。血の噴き出す断面に風切りの力を使いその部分を真空にした。そうすればそれ以上血が溢れることがないと思ったのだ。上手くいくかは、わからなかったけれど。

 結果的には上手くいったようでクリスは助かった。

「彼はどうなる?」

 普通、負傷した兵は街に戻される。特に四肢を失ったものは大抵そうだ。内臓の病なんかもそうなる。ただのかすり傷程度では、また戦場に戻るだけだけれど。

「王都に戻ることになりますね」

「……だろうな」

 これで私もひとりぼっちだ。これまでも、そんなようなものだったけど。

 戦場で目立つ女の出で立ちの、しかも最も狙われる私のそばにいて今まで無事だったことがおかしかったのだ。いくら私が無敵だろうと。

「…………ですが、彼は帰還を拒否されました」

「なんだって?」

 その言葉にずっと窓の外を見ていた私はようやく振り返った。

「巫女さまのお傍にいたいそうですよ」

「………………」

「健気なことですね。いつの間に彼を手懐けたのです?」

 どことなく嘲りの目で揶揄うように笑うメイスン。高貴な神官らしくない下世話な目だ。

「……手懐けてなどいない。彼は、王の忠犬だ。私なんかのものじゃない。私の護衛は、“王命”だから」

「まともに戦えなくなった男が、それでも戦場に残るのに、ただの忠誠だと? ……本気ですか」

 馬鹿にしたような顔で言う。美麗な顔はそれでも崩れずそこにある。私にはちっとも響かない美貌はいつ見ても変わらない。

「好きに言え。私は関係ない」

 メイスンは色素の薄い目を意味有りげに光らせてこちらを見た。私もそれをじっとりと見つめ返す。

 何も言わない私に、メイスンは息を一つ吐き諦めたように「……失礼いたしますね」と出ていった。

 メイスンが言わんとしたことの意味を私は考えてはならない。気づいてはならない。気づかせて(・・・・・)は、ならないのだ。



 何度目の夜のことだっただろう。私は死せるものたちの怨嗟の声で眠ることが出来ずにいた。いつもならもう帰れない世界の夢を無理やり思い描いて目を閉じていたのに、その日はその夢を描くことすら出来なかった。

「……眠れないのですか」

 敷居を設けた向こう側にいるクリスが話しかけてくる。そんなことは初めてだった。

「ちょっとね」

 ──このころの私はまだ、争いの空気に馴染む前で。

「何か話でもしますか」

「疲れてるでしょう? 先に寝てて。私が気になるなら外に出るよ」

「いえ、私も少し目が冴えていて……。少し、付き合っていただけますか」

 クリスのこういう心遣いが、殺伐としたこの場所での唯一の安らぎだった。

「うん。…………ありがとう」

「……いいえ。では、何からお話しましょうか」

「じゃあ、クリスのこと教えてくれる? どんな家に生まれて、どんな場所で育ったか。どんな生活をして、どんな夢を持ってたか。教えられる範囲でいいから」

 ──過去の私は愚かにもこのずっと傍にいる男に、常に私の安否を気遣い心を配り案じてくれる男に、戦いの場には到底ふさわしくない、あまやかで、甘ったれた思いを抱き始めていた。

 終始そばにいてお互いを守りながら戦っていると、情が湧くのだ。浅はかにも。

 それゆえに、知りたいと思ってしまった。男の全てを。そして私は知るべきではないことを知る。……いや、知らなければならなかったことを知ったという方が、正しいかもしれない。

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