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4 〈火蓋は切って落とされる〉

 大陸を半分にして、その中心である場所が二種族の戦乱の地であった。昔は局所的な戦いもあったらしいが、今ではここで戦うことが比重を占めているそうだ。

 私に任されたのはその前線を押し上げる役目。付け焼き刃の知識と神に与えられた風切りの力だけでそんなことが出来るのか、私はその場に降り立ってなお疑問で仕方なかった。

 私はこれまで武術の修行も軍略の勉強もしたことのないただの一般人。格闘訓練もしたことなんてない。運動もどちらかといえば苦手な方だった。確かにトリップチートみたいな力があるのはわかったけれど実戦となればまた違うはず。

 それでもここにいる。剣戟の音と狂乱の空気がまだ離れた基地陣営にいる私にも届いている。戦争はどこか遠い世界の話ではなく、私の見える範囲の場所で行なわれている。恐ろしいと立ちすくむ余裕すら与えられていなかった。

「ユーリさま、時間です」

 クリスの平静な声が私を呼ぶ。本来ならこのような前線ではなく王宮を護衛しているはずの彼は私の護衛なんていう貧乏クジを引いたばかりにここにいた。

「あなたは平気なの?」

 主語のない質問になんの意味があるのだろう。私自身何を聞きたいのか、何を聞いたら満足するのか、わからないまま聞いていた。

「……、私は命を賭してユーリさまをお守りするだけです」

 バカな人だと思った。いくら私が最終兵器だからって。死んだら意味がないのに。

 私の呆れた瞳に気づいたのかクリスはこう続けた。

「それが、大切なものを守ることになりますから」

 呆れるのは私の方だ。クリスが守りたいのは私なんかではない。出会って数日の私と、この世界でクリスが築いたものがイコールなわけないのに。


「──じゃあ、行こっか」


 誰のためでもない、私の戦争が始まる。





 王より賜ったこの世界で一番尊く硬い金属を使ったという剣は、青白い光を放ちながら赤い鮮血を撒き散らす。有翼人アーラ一人に対して人族は十数人がかりでその羽根を狙うのに、私は一人で二、三人の有翼人を切り捨てる。

 布団やクッションを切り裂いたみたいに周りには純白の羽根が飛び回った。あまりに美しく、あまりに(むご)い光景。嘘みたいな世界。

 浴びる血に私はだんだんと自我を失いながら必死に剣を振るう。体に染み込んだ神の力が命じるままに。疲労もしない、怪我は軽度のものならあっという間に塞がっていく。まるで化け物になったよう。

 ──それでも私は風を切り続けた。


 夜が来ると、その日の戦いは終わった。紫の月はその日以降、赤黒く私の目に写るようになった。

 始まるまでに抱いていた不安など杞憂に過ぎなかった。

「初陣で有翼人アーラを二十三も斬ったのですね。流石です巫女さま」

 私を補佐するために前線基地までついてきたメイスンが頬を赤らめながら言った。その様は蠱惑めいたものがあったけれど、それ以上の狂気が揺らめいている。

 体も神経も過敏になりすぎた私にその言葉は残酷に響いた。肉を切った間隔が生々しく私を苛む。心の疲弊は神の手も届かない。

 何も答えたくなくて私はメイスンから目を逸らした。

「落ち込んで、おられるのですか?」

 気遣うような、咎めるような、声がする。

「時に。巫女さまは、生存競争という言葉はご存知ですか。生き物が生きるために行うものです」

「…………これが、そうだと?」

「ええ。何も違いません。我々が生き残るにはやつらは抹殺しなければならないのです。生きることは罪ですか? 生き残りたいと思うのは悪ですか? …………あなただってそうでしょう?」


 生き残りたいから、斬ったのでしょう?


 返す言葉もなかった。その通りだったから。所詮私も、彼らと同じ。戦場に立てば、そこは生か死しか存在しない。殺さなければ死ぬだけ。私に傷をつけられるものがいなかったとしても。……深手を追えば流石に死ぬはずだけど。


「新米の兵士の中には巫女さまのように気鬱になるものも少なくないそうです。しかし巫女さまは一般兵とは違うのです。神より与えられしその宿命、しかとお果たしくださいませ」

 メイスンの鋭い言葉が胸をズタズタにする。

「……私じゃなくてもよかったんじゃないの?」

 つい、思っていたけれど、言葉にするには残酷な現実を漏らした。高ぶった感情を逆なでされて我慢出来なかった。

 はじめに王は『役に立たない巫女はいらない』と言っていた。けれど“巫女”はこの戦争に勝利するには不可欠な存在だとも言う。この矛盾した二つの言葉が意味するのは、ひとつ。

 ──巫女には代わりがいる。……これまではいなかったかもしれないけど、これからのことはわからない。

 私が例えば、役立たずであったり出奔しようとしたり、戦いのさなかに死んだとしても。

 神は代わりを遣わすということ。タイムラグがあってその分リスキーになるけれど、でも絶対に私でなければならなかったわけじゃないんだ。

「それは、違います」

 薄紫の瞳は冷たく、真冬の水のように凍える温度で私を見つめる。まるで瞳で罰されているみたい。

「神は時を間違えない。遣わすべき人間も」

「でも王様は言ってたよ。使えない巫女はいらないって」

「王は熱心な信者ではありませんからね。神のことを私より知らないのです。長きに渡る戦いの末、心が疲弊し、信じる力を奪われておられる。それゆえに焦り、必死なのです」

「……じゃあもし仮に。私が、役立たずの巫女だったら……どうした?」

 守ってくれるというのか。王の凶刃から。

「──もし、に意味などありはしません。貴女は今日立派にその力を誇示された。そうでしょう? それがすべてです」

 淡い幻想などたやすく壊される。メイスンの目は道具を見るのと同じ、風切りの巫女という道具としてしか私を見ていない。私自身を守ってくれるものなんて、この世界には何もないのだと知らしめられた。

 誰も助けてくれない。救いはない。風切りの(ころす)力だけが私の存在理由であり、絶対の守護者だった。

「どうして私なの……」

「それは私にもわかりません。神の御意志としか」

「あなたがやればいいじゃない」

「……人には向き不向きがあります。私は剣を持って殺すよりも、剣を持つものに加護を与えることの方が向いているのです」

 詭弁だと思った。巫女とはいえ小娘の私でさえ殺そうと思えばあんなに簡単に切り刻めたというのに。そう睨みを利かせてメイスンを見つめれば彼は目をついと逸らし、

「……私とて、そう出来るならばそうしていました。一か八かで殺せるかわからない者より確実に一殺せるものを生かす方が効率的ではありませんか」

 メイスンはひどく口惜しそうに言い捨てる。目の中に揺らぐ炎の、火の粉が熱く弾けている様が、私の知らざる理由(わけ)があるのだと雄弁に語っていて、きっと彼には彼なりの思いと過去があるのだろうとわかったけれど。

 だけど私にはそんなこと言われたって、やっぱり詭弁にしか思えなかった。

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