3 〈つるぎに触れて〉
「ユーリさまはこれをお使いください」
剣技を私に教えることになったのは当然といえば当然だが、護衛のクリスだった。
クリスは細身の片手剣を差し出している。持ち手を掴み受け取ろうとしたが、
「重っ」
予想以上の重さに私は手を取られた。
「大丈夫ですか?」剣は再びクリスの手元に戻る。
「ごめん、思っていたより重くて……」
「これは演習用に刃が潰してあるので大事には至りませんでしたが、本物は肉を切り裂く鋭さです。油断してはなりません」
「うん、わかってる」
剣の使い方、構え、体の運び。ただの一般人の女である私が、プロのクリスに教わったところですぐにものになるはずがない。
──私もクリスさえもそう思っていたはずだ。
ガキン!!
大きな金属音をさせ、剣が弾き飛ぶ。……私のではない。クリスの剣だ。反射した光が煌めいて辺りに散った。
「これは……、」
クリスは弾かれた手を反対の手で握る。その手は反動からか、わなわなと小刻みに震えていた。
私は自分の剣を握ったままの手を見てあまりのことに声を失う。
手に、よく馴染むのだ。初めの重みが嘘みたいに。体が勝手に最善の動きをするのだ。相手の狙いがわかる。ゆえに先手を打つことも造作もない。目も体も、まるでそれが当然のように自然に動く。相手を殺そうと。
巫女の力だけではなかった。神が私に落とし込んだものは。
殺す力を、そのものを、私は与えられた。
「なんで……私、私は…………」
聞けばクリスは騎士の中でも優秀なものだけが入れる近衛隊の副隊長だという。そんな彼から一本を取った私。普通なら絶対にありえないことだ。
「今日は、ここまでにしましょう」
動揺する私を見て飛ばされた剣を拾ったクリスは言った。その顔にはなんの感情も浮かんでいない。ここ数日見てきた普段のまま。いつもの彼なんて、短い付き合いでしかない私にわかりっこないのだけれど。
彼の表情の裏にどんな思いが隠されているのか知る由もなく、私は単純に楽観視することも出来ない。
尋常ならざる力を持っている。それだけは確かだった。
「巫女さま? いかがなさいましたか」
業務的といえばこのメイドさん……アーニャだってそうだ。まだほんの短い間の付き合いだけど必要以上の会話をしたことがない。話す気もなさそうでこちらかた話しかけるにも尻込みしてしまう。
「ううん、なんでもないよ。ありがとう」
汗をかいたから湯浴みをしたいと言ったら広い浴室に案内された。フローラルな匂いのするバスタブに浸かったまま髪を洗われている。
その手つきは慣れたものでとても気持ちがいい。けれど心までは解れはしなかった。
私は彼らにとって最終兵器みたいなものなのだ。こうしてご機嫌を伺うのは機械のメンテナンスと同じ。人の形をしているから、人と同じように扱っているにすぎない。撃とうとして弾づまりするピストルなんてなんの意味もないのだから。
ここが現実なのはわかっているのに、覚めない夢を見ているようだ。見慣れない服装や建物、似ているようで似ていない食事、習慣、遠巻きに私を見る王城の人々。
あまりにも私の知っている世界とは掛け離れた世界に置いてけぼりにされている。でも時間は止まることなく流れて。このまま流されてしまえば、それでいいのか。
でも他の選択肢なんて選ぶ余地が私にはない。この世界のことなどまだほとんど知らないのだ。今の私にあるのは、なぜか通じる言葉と覇権争いをしている種族を殺す力だけ。
──この力を使えば自由になれる?
私は浮かんだ自分の考えに首を振る。今人に刃を向けたところでどこにも行くあてなんてない。見てくれが人の私が、有翼人のもとにも行けるはずがない。敵が二倍になるだけだ。
ひっそりと逃げてしまえばどうだろう。誰もいない場所へ。だけど、そんな場所はいったいどこにある? この世界の詳しい地理も知らないのに。
それを知るだけの猶予はあるだろうか。あったとして、私は逃げおおせることが出来るだろうか。
翌日、私はまた王と接見することになった。一度目と同じ接見の間にいる王は前の時よりも顔色が悪い気がする。それによっていかめしさにおどろおどろしさが加わり余計に迫力を感じた。
人族はそうも追い詰められているのかと思う。
「巫女よ、無事に力を得られたようだな。さっそく働いてもらおうか」
前置きもなく王は言った。……猶予なんて、これっぽっちもないじゃんか。
今の私にはその言葉に抗う術がなかった。ここにいるしかない私は、この身に宿った力を使うしかないのだと言われているようだった。