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15 〈決壊〉

 その朝、目覚めた時予感がした。黒雲が一点の光を伴ってやってくる。これは終わりの始まりの予感。


「来たね」

「うん」


 いつの間にか傍らにいたアインが肩を寄せてくる。私もアインも同じ方向を見つめた。



 その点は近づいてみれば鎧を着た集団の光だった。太陽の光を反射して輝いている。その先頭にはメイスンともう二度と会うこともないと思っていたクリスがいた。

 メイスンは相変わらずの美貌だったが、少し疲れているように見える。クリスは無表情で何を考えているのかわからないが、痩せたというかやつれたような印象を受けた。


「お久しぶりです、巫女さま」


 やはりその慇懃さも変わらぬメイスンは笑っているのかそうじゃないのかよくわからない表情で優雅に頭を垂れた。

 私を敬う気持ちなんて本当は全然無いくせに、どうしてこんなところまでやってきて私に挨拶をしているのか。王の、いや、神の命令だろうか。


「久しぶり。アイン、あの人たちは私とともに戦った仲間……だった人たちだよ」

「そうみたいだね。離れてるのに殺気を感じる」

「ああ……あまり気にしないで、私が手出しをさせないから」

「うん、大丈夫だよ、わかってる」


 アインの手は少し震えてる。でも普段通り微笑んだ。慣れない殺気に当てられて動揺するのも仕方がない。彼はひとりで生きて来た。誰かに強い感情を向けられたことがほとんどなかったのだろう。

 私はアインの手を握ってメイスンに向き直る。


「それで? 何か用?」

「……ユーリさまッ!」

「クリス、控えてください」


 飛び出しかけるクリスをメイスンが嗜める。クリスは若干血走った目で拳を握った。何をそんなに苛立っているのか。彼は戦場でも常に冷静だった。判断力に優れ、諦めることをしなかった。それは大事な利き腕を失ってからも変わらなかったのに。


「お話の前に、そちらの方が誰かお聞きしても?」

「わかってるんだろ」

「…………」

「フン、じゃあ教えてやる。お前たちの標的、滅ぼすもの、……“次代の王”だよ」


 ざわっと後ろの戦士たちが波立つ。


「たった、ひとりきりのな」


 私が皮肉気に笑うと、今度は戸惑ったように揺らいだ。私がこうしてアインと共に立っていることが彼らには理解し難いのかもしれない。彼らにとってアインの存在は生きるために屠殺する牛と大差ないのだから。


「なるほど……、では何故その方が生きているのですか?」


 いやらしい言い方をするものだ。メイスンは私に使命を問うている。忘れたのかと。お前がここに生きている意味を無視するのかと。そんなものはお前たちが勝手に押し付けたものだというのに。そんなものなくたって私はこれまで普通に生きて暮らしていたのに。こんな風にしたのはお前たちと言っても過言ではないのに。


「私が殺してないからだ。見たらわかるだろ? この子は次代の王かもしれないが、彼に仕える民はもうひとりもない。そんなのは王とは言えない。何故殺す必要が?」

「ははは、詭弁ですね。彼は有翼人アーラの王。覚醒すればたったひとりだろうと我々を滅ぼす可能性があるのです」

「それならその時はそれまでのこと。弱い自分を恨め。私は言われた通りに有翼人アーラを殺し、お前たちを救った。使命は果たした」

「いいえ、果たされてはいません。託宣がありました。最後の生き残りを殺せと」

「……ああ、そうか。そうなのか」


 神は許さないのか。私たちのあり方を。


「ユーリさま、こちらにお戻りください」


 クリスが私を見つめて懇願している。瞳に涙を潤ませて、哀れっぽく。……彼はこんな人だっただろうか。私に縋ったりなどしなかった。私が、彼を置いて去った時も、静かに見送っただけだった。


「私は、あの時のことを後悔しております。そうすることが最善だと思い、あなたをただ見送ってしまったこと。あの時にこうしていれば良かったと」

「クリス……」

「ユーリさま……」


 ああ、クリス。

 君のそんな顔は、見たくなかったよ。


「残念ながら、全て過ぎたことだ。貴方の選択は今更変えられないし、きっと何度同じことがあっても貴方に私を止めることは出来ない」

「そんな……!」

「私の敬愛していたクリスは貴方のような人ではなかった。私に媚びを売るような人ではな」

「……!」

「メイスン。私たちを殺さなければ誰が死ぬ?」

「もちろん。我々、全員です」

「……そうか。ではここでお別れのようだ」


 私の言葉にメイスンは目を見開く。まさかその選択を選ぶとは、というように瞬きを繰り返している。しかし私が目を逸らさずにいると、ゆっくりと答えを受け入れたようだった。


「そうですか。残念です。私は巫女さまの潔く、脆いところが好きでしたよ」

「はっ、戯言を」

「嘘ではありませんのに」


 そうだろうな。神官は嘘をつかないというから。


「一晩、時間をくれ。明朝にはお前たちの望むとおりにしよう」

「……畏まりました、巫女さま」


 メイスンは深深と頭を下げ、私は振り返り家へと戻る。視界の端に見えたクリスはなにか言いたげではあったが、私がそれを聞くことはなかった。


 この世界で私たち二人が、ともに生きていくことは許されない。

 ならば、こんな世界――――



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