13 〈余地のない選択〉
「さあ、好きなほうを選べ」
傲慢な私は傲慢に宣った。アインが選ぶ答えは一つしかない。私は立てかけていた剣をつま先で蹴り、アインの足元にやった。
「違う剣なら気兼ねなくやれるというのならば使うといい。どうせもう私には必要のない武器だ」
アインは腰に守り刀をしまうと、私の放った剣を拾う。……そう、それでいい。私がすべきことはもう終わっている。この世界に存在する必要はない。
私は断罪を待つ罪人として膝をつき首を下げた。
この姿はまるであの時と真逆だった。
私がアインたちの王を殺したあの時と。それも皮肉でいいじゃないか。私に似合いの最後だ。
いつかメイスンに聞かれたことを思い出す。
『──生きることは罪ですか? 生き残りたいと思うのは悪ですか?』
今なら迷わず答えられる。生き残ることは罰だ、と。
生きることも生き残りたいと思うのも生物の本能だ。悪か善かの領域にある問題ではない。けれどここまでして生き残ったのは、私の罪だ。
あのまま私が流されずに有翼人を殺さなければ、きっと人は絶滅していただろう。今、有翼人たちが消え失せたように。
生存競争というメイスンの言葉は正しかった。これは言ってしまえばただ単に負けた種族が滅んだだけのことと言えるのだろう。
しかし果たしてそれが許されることだったのかと聞かれれば、少なくとも私は私を許すことが出来ない。死んでいったものたちを生存競争なんて簡単な言葉で済ましてしまうことなんて出来ない。
いっそ、私は逃げ出して、人も滅んでしまった方が良かったなんて思わないこともなかった。それを口に出すなんて出来ないけれど。
だって私には守りたかった人がいた。守り抜こうと決めた人がいた。そのために剣を振るっていたのだ。
そして滅んだのは私たちじゃない。
彼らの方だから。
「迷うことはない、やれ」
──私はここで死んだら一体どこに行くのだろうか。それは元いた世界で考えられていた死後の世界と同じ場所だったらいいと思う。死んだ後でもあの世界に帰れたら。
そう覚悟を決めていた私にアインの静かな声が落ちる。
「……僕にとってはね。翼アリも、翼ナシも大した違いはないんだ。僕とおばば様以外はどうでもいい、どうなったって構わない、そんなものだった。だって僕は禁忌の子。人でも有翼人でもない死すべきものだから」
下から見上げた瞳は濁っていて、世界に呪詛を吐くようにアインは言った。
「僕らがなぜ戦っていたか知ってる?」
「覇権争いだと聞いている」
「それはちょっと違うね……覇権を争っているのは僕らじゃない。僕たちの創造主、神だよ。天と地の神は己の眷属を駒に使って争っているんだ」
「…………ああ、だから……」
「そう。僕はそんな二種族の血を引いている有翼人の王なんだ。どれほど罪深い存在か、ユーリにもわかるかな」
多様化が進んだ現代社会では人種の違う人同士が結ばれることも多く混血も昔よりは受け入れられていた。人種で差別するとは正しくないと言われる時代を生きてきた人間としてはそのことを罪深いとは思えないが。
しかしここは戦争の真っ只中にあり、しかも人知の及ばぬの因縁だとすれば、ふたつの種族が結ばれることの困難さと無謀さに目を剥くほかない。
むしろ結ばれたことはほとんど奇跡といっても差し支えないのではないだろうか。心を持つ生き物である以上、そういうことが起きてしまうのが生きているということなのかもしれないけれど。
「……でもじゃあ、なぜアインが王の印を?」
アインは首の後ろに手をやり確かめるように爪を立てる。その部分は見えてはいないけど腕に力が入ったのはわかった。
「王の印はね。魂に刻まれるんだ、けどその器を神は選べない。僕みたいな中途半端な存在でも魂が有翼人であって、既に刻まれたものは世界の決定事項になり誰にも覆せない。神でさえね。神っていうのは……ひどい矛盾にも思えるけど、自分が造った理を覆すことが出来ないんだ。神は自分で課したルールに縛られている」
だからこんなことになってしまったとでも言いたげな口ぶりだった。
「その羽根が小さいのも理由があるのか」
「うん、翼が未熟なのも人が混じっているせいだよ、たぶんね」
六対の翼は悲しそうに羽ばたいた。それは僅かな風にもならず、空気をほんの少しだけ揺らす。
「……ねえユーリ。僕はこの世界が憎いよ。この世界は人間の父と有翼人の王の娘である母を許さなかった。禁断を犯した二人は僕が生まれると同時に殺された。その時一緒に殺されるはずだった僕は、母に頼まれたおばば様に助けられて生き残った。けれど僕を必要とするものは誰もいなかった。次代の王も、必要とするものがなければただの異端児。君が現れるまで僕は風から憎まれ蔑まれ生きてきたんだ。恐ろしい声で自分の死を願う風とね」
風は彼にとって決していい庇護者ではなかったらしい。身に覚えのあるそれに、同じ痛みを覚える。アインに至っては私よりも幼い時からそうであったのだ、どれほど辛かっただろう。
「でも君が……風切りの巫女が現れてから、風は変わった。このままでは滅ぶとわかってたんだ。それでも当時の王はそれでも僕を認めなかった。今更忌子にその座を奪われたくなかったのさ。僕もそんな場所、欲しくはなかったけど」
そして、その王はなすすべもなく私に殺された。有翼人の終焉だ。傲慢ゆえだったのか、それとも禁忌への恐れだったのか。今となってはわからない。
のたりと首を傾げたアインはその目を曇天にして私を見た。
くらい、くらい目をしている。思わず体が震えるほどに。
「ねえ……これで僕はどうしてユーリを殺さなくちゃならないんだろう。僕は僕を必要とせず疎んだやつらのために君を殺すべきなの?
僕にぬくもりを与えてくれた二番目のひとを殺さなくちゃいけないの? もはやたった一人しかいないその相手を……殺すの?」
ぽたり。アインから流れ出した微かな雨粒は次第に大きく激しくなっていく。
私は決壊したダムのようにボロボロと泣きだす彼の華奢な肩を、抱きしめずにはいられなかった。
ひとりぼっちの私たちは、誰にも必要とされない私たちは、世界でたったお互いだけがお互いの拠り所になれるのだと思った。




