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11 〈想いを馳せる〉

 日が昇れば朝になり、夜になれば星が出る。地球とは違うはずの世界でも同じようなことは起きている。この世界も球体で、外には宇宙が広がっているのか知っているものはいない。というより、そもそもここに宇宙という概念があるのかどうかも私にはわからない。

「ユーリは星が好きなの?」

 ぼーっと星を眺めているとアインが不思議そうに尋ねてくる。

 宇宙の概念がどうこうはわからないが月の満ち欠けはある世界で、私は月が見えなくなる一日だけ、星を見る習慣がついていた。その時ばかりは安息が得られる気がしていたのだ。

「……ああ、たぶん。好きなんだろう」

 好きかどうかというよりも何にも考えずにいられるからただ見ていただけだったのだが。

「僕も好きだよ。月のない日は静かだから。鳥も風もみんな眠って、とても静かになる。ちょっぴり寂しくもあるけど…………」

 アインは一旦言葉を切ると私をまじまじと見つめていった。普段空色の目は夜の空を取り込んで濃紺に光る。

「今はユーリがいるしね」

 この笑顔は何度こういう孤独な夜を繰り返してきたのだろう。その度に何を思って、眠ったのだろう。細い御身を抱きしめるようにして一人きりの寒さに耐えたのだろうか。

「……そうだな」

 慮ることは出来ても慰めの言葉を見つけられなかった私はそっと静かに返した。


「さ、そろそろ寝床に戻ろう」

 ゆっくりとした時の流れに眠気を誘われ私はアインを促した。私たちは枝で繋がった別々の虚に住んでいる。私の方の虚にいたアインに自分の部屋へ戻るように言ったのだ。

「……もう少しだけ」

「悪いが私はもう眠い、付き合ってあげられん」

「あと少しでいいから」

 普段は聞き分けのいいアインが珍しく粘るので疑問に思う。

「アイン? どうした?」

「…………」

「…………寂しくでもなったか?」

 アインは無言になってしまったので、先ほどした会話が原因かと伺うと、黙ったまま首を縦に振った。

「仕方ないな……私はもう眠いから添い寝でもいいか」

 男女の共寝はどうかと思ったがアインはまだ幼いし私はもう眠くて思考が覚束ない。別に咎めてくる相手もいないのでアインがいいなら構わないと思った。

 なによりもその寂しさを紛らわすことが出来るのならそれ以上に優先することなどないと私の心が言っている。

「……うん! じゃあ毛布持ってくるね!」

 嬉しそうに飛び出していったアインの背を見送って私は一足先に床に潜ることにした。

 あっという間に戻ってきたアインは私の隣に転がると何度か体をもぞもぞとさせ落ち着くところを探しているようだった。子犬のようで可愛いけれど、そんなにもぞもぞされてはこちらも落ちつかない。

「隣で動くな」

 気になった私はアインを引き寄せて懐にいれる。すると途端に動かなくなった体に満足して、深くなる眠りに身を任せた。

「……ふふ、あったかい」

 そう言った声に私も心の中で同意して。

 夢は見なかった。






 それはある晴れた日の午後のこと。食事を済ませてのんびりくつろいでいるとどこからともなく軽やかなメロディーが流れてきた。一緒に鼻歌も聞こえてくる。

「……アイン?」

 音の元はひとつしかない。大樹の枝に腰掛けた、高所恐怖症には耐えられそうにない場所にいるアインは竪琴に似た楽器を奏でている。

 高所恐怖症ではない私はその隣に座るとアインの作り出す旋律に耳を澄ませた。

 この世界の音楽に無知な私にはこれがどういう曲なのかわからないけど、単純に素晴らしいと思った。どこか物悲しくさせる音と、それを包むようなあたたかなアインの歌にただ聞き惚れる。

 ほどなくして心地の良い余韻を残し音楽は終わった。たったひとりの奏者とたった一人の観客であったけど私は大いに拍手を送る。アインは少し恥ずかしそうにすると「ありがとう」と笑った。

「とても素敵な演奏だった」

「そう言ってもらうのはふたりめだよ。なんだか照れるね」

「……その楽器は?」

「おばば様の旦那さんが使ってたものを譲ってもらったんだ。有翼人アーラに伝わる伝統的な楽器でさ。この曲もおばば様に教えてもらった。音楽は心の慰みになるからって」

 自分の死後ひとりで生きていくアインを思っておばば様は竪琴を贈ったのだろう。曲にもその思いが伝わるようだった。心配と不安と愛情と、おそらくそんな思いが込められているのだと。

「それは他にもあるかな」

「楽器のこと? ごめん、これは一つしかないんだ」

「そうか……一緒に演奏してみたかったんだが」

 弦楽器に触ったこともないのにそんなことを思った私に「なら笛はどうかな。それならすぐに用意できるよ」とアインは別の案を提示してくれた。

 学校で教わったリコーダーくらいしか触ったことがないけれど竪琴よりは出来そうな気がする。

「じゃあ教えてあげるね、誰かに教えるなんてしたことないから上手く出来るかわからないけど」

「いいよ。上手くなくても。ゆっくり教えてくれれば」

「ん、約束ね」


 束の間の安息が、私たちに訪れた。

 願わくばこのささやかな静穏が一時でも長く続けば良いと思いながら。

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