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10 〈共同生活〉


 そんなふうにして始まったアインとの生活は思っていたよりも快適なものだった。

 かつて有翼人アーラたちの住処であった巨木にアインも間借りする形で生活していたらしく私もその部屋の一部を借りることにした。驚くべきことに彼らは木の枝に巣を作っていたのではなく木の虚を住処にしていたのだ。メイスンはそんなことは言っていなかったので多分人族の知らないことだったのだろう。

 ここは有翼人アーラの本拠地だ。しかも地上からは遠く離れている。こんなところまでやってこれる人族などきっといなかったというのも理由の一つか。


 もちろん人間の私に巨木など登れないのだが、どうやらアインも未成熟な(はね)しかないため高い場所までは飛べないらしい。だが彼は先がかぎ針になった縄を投げ風の補助で枝までかけてもらい、そこから縄梯子をかけることによって上まで登れるようにしていた。その恩恵に私も預かっている。

 アインはおばば様と死に別れてからはずっとひとりで生きてきたと言いそのせいか世間擦れしていないおっとりとした少年だった。(はね)のせいで高い木の上にある木の実など有翼人アーラの主食を集めることが難しく体はがりがりにやせている。

 よくわからないが風と話が出来て頼みごとも出来るなら食事集めも頼ってみればいいと思いそう聞いたのだが、本人曰く「風は、大事な時しか必要としてはいけないとおばば様が言っていました」ということらしく瀕死直前になるまでは極力自分で頑張ってきたようだった。

 虚の中は適度な温度と明るさ、湿度が木によって行われていてとても過ごしやすい。豪華さなんかは王城に負けるが、衆人環視のあの場所よりもこの狭いけれど暖かい虚の生活の方が心落ち着くものがあった。寝床に引く草の香りがまるで畳のいぐさのようで故郷を懐かしく思い出し安心した。


 木の実やくだものしか食べないアインに合わせ私も同じものばかり食べていたけれど、あまり数が取れなかった時や食べ飽きた時には綺麗な水の流れる川で魚を取った。

 今日もそんな日で、木の上で火をおこすことなんて出来ないので木を降りて少し開けた場所に焚き火を作る。火自体は戦支度の中にあった火打ち石で藁みたいな枯れ草を燃やしておこす。味付けに洞窟で取った岩塩に似たしょっぱい石を削って枝に刺した魚に振るう。

「それは?」

 焼き具合をぼんやり眺めていた私の背後から声がする。いつもなら木の上でくだものを食べているはずの声だ。

「びっくりした……後ろから声をかけるな」

「ごめんなさーい」

 すっかり私に慣れ敬語も抜けたアインの悪びれもしない謝罪を複雑な思いで受け取りつつ聞かれたことに答える。

「魚を焼いている」

「どうして?」

「食べるためだ。人……(はね)ナシはなんでも食べるからな。獣の肉も魚もくだものも」

「ふーん」

 興味深そうに火にかかる魚を見つめるアイン。白身の川魚は元の世界で食べたものと然程見た目に変わりはなく味に至ってはこちらの方が美味しいくらいだ。

 ここの世界に来て食べ物に困ったことはない。力のおかげであまり食べなくても困らなくはあるけれど。

「……食べてみるか?」

「え、いいの!」

「いいぞ。ただ腹を壊しても責任はとれないが……」

 見た目は似ていても生活スタイルが違う有翼人アーラに生物が消化出来るか私にはわからない。

「うーん……お腹壊したら看病してくれる?」

「……それは、まあ」

 そのくらいは私でも出来るだろう。忘れていたが有翼人アーラには類い稀な治癒力がある。腹下しくらいなら寝込むこともないか。

「じゃあ食べる!」

「ならあと少しだけ待っていろ。まだ火にかけたばかりだからな」

 わくわくと音がしそうな様子のアインを見て、私は笑いたいような、泣きたいような気持ちになった。

 未成熟の(はね)がある華奢な背中はどれくらい今の現状が異常であることを知っているのだろう。

 アインは情報の少ない場所で育ったせいか、(ひと)に対する警戒心がひどく薄い。お前の隣にいるものが何者なのか、知っていればそんなふうでいることなど出来ないだろう。

 いつ風が彼に真実を伝えるか、私は怯え始めている。

 そのことが意味する理由にも気づかないでいられたらどれほど良かっただろう。

 

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