丑三つ時
「おい!様子がおかしいぞ! すぐ見て来い!」
モニターの画像が乱れて、やっと元に戻ったと思ったら、奥の部屋で3人共倒れてしまっている。
「はい!了解です!・・けど、富樫さんも一緒にいきませんか?」
「なにビビってんだ!なんかあったら俺がすぐ救急車を呼ぶからモニターに合図しろ!
万が一お前も倒れても、すぐ呼んでやるから早く行け!」
せっかくいい絵が取れたのに、救急車でも呼ぶ事になったらお蔵入りになってしまうかもしれない。
しかし、気を失っているだけ、すぐ目覚めればギリギリOKな上に、最高の絵にもなる。
ここが勝負の分かれ目だ。
“頼むぞ・・・”
部屋にアシスタントが入り、撮影用の照明で部屋を明るくする。
最初に、グラドルが目を覚ました。
「ま、窓に顔が!!・・・」
いつの間にか、自分が奥の部屋にいる事に気付いて動揺する。
程なく、霊能者とダルマも目を覚ます。
グラドルは恐怖と安心からか、泣き始めてしまった。
霊能者は、意味不明の呪文を口走り、ダルマはやたらと手と足を動かしていた。
無線で、アシスタントに指示を出す。
「あとは繋いで何とかするから、グラドルは落ち着いたらリタイアでいいぞ。
ダルマに一人でオーブシーン撮れるか聞いといてくれ。無理なら時間置いて明方のシーンだけ撮影にすっから。」
撮れ高は十分だ。
あとは何もなくても朝のラストカットを取れればいい。
編集の構想に頭を巡らせていたその時・・・
”ドン!”という衝突音がした次の瞬間
さらに激しい衝突音と共に、強烈な衝撃が伝わって来た。
外からの大きな衝突音で、裏野ハイツの住人も何人か目が覚めたようだ。
何部屋かの電気がついて外が少し明るくなったが、その惨状に血の気が引いた。
道路には、血とガソリンが混じった黒い染みが広がっていく。
「救急車!救急車呼んで!!」
アシスタントが大声で叫ぶ。
飲酒運転で暴走した自動車が、暗い夜道をジョギングしていた女性を撥ね飛ばした。
撥ねられた女性は、そのまま撥ねた車のフロントから離れず、撥ねた車ごとロケのワゴン車に突っ込んだ。
女性は2台の車に挟まれた状態になってしまった。
ワゴン側のフロントガラスぴったりと貼り付いたまま、ピクリとも動かない。
おそらく即死だろう。
ディレクターの富樫さんは、ワゴンの中で両腕、両足を機材に挟まれ、身動きが取れなくなっていた。
『だからあの時、”一緒に行こうって”言ったのにな・・・』
ワゴンのモニターが乱れた時、ハイツの部屋ではなく、このワゴンの中に異常な霊気が集まってきているのを感じていた。
今は、その惨劇に満足したのか霊気も寒気も全くない。
うめき声をあげるディレクターの体からは、大量の血が流れだしていた。まだ生きてはいる・・・・・。
助け出そうと、ワゴンのバックドアを開き、機材を手でどかし始める。
手伝おうかと、恐る恐るバックドアから車の中を覗いたグラドルが、フロントガラスに貼り付いている車に挟まれた女性を見て悲鳴を上げ、再び気絶してしまった。
フロントガラスに叩きつけられたその女性の顏は潰れ、フロントガラス一面に血が飛び散っていた。
車内側から見ると、その顔は恨めしそうに中を見つめる、あの“でかい顏”そっくりだった・・・・。
結局、今回の企画はお蔵入りになった。
自分たちのせいではないにせよ、死人が出てしまったから仕方ない。
編集を担当するはずのディレクターも亡くなってしまった。
事故後、両手両足を切断する事となってしまい、最後まで意識を取り戻さなかったディレクターは、骨と皮だけのミイラの様な顔になって息を引き取った。
”ダルマさんがころんだ”の事と、鏡に映ったミイラの様な自分の顔の事は、通夜の席でダルマックスが話をしてくれた。
ディレクターの死に方と顔を見て、あの裏野ハイツでの、鏡に映った自分の顏と、両手両足を引き千切られた幻覚を見た事をを思い出したらしい。
それから、あの時の映像についても聞いてきた。
「撮った映像は、やっぱりお蔵入りですよね・・・。」
恐ろしかった分、いい映像になったのは間違いない。
しかし、お蔵入りになったのは、死人が出たからだけではない。
「富樫さんの遺作になると思って、何とか上を説得して編集させてもらう事になったんですが・・・。」
ダルマックスが、ゴクリとつばを飲み込んだ音がやけに大きく聞こえる。
「ちょっと、映りすぎちゃってたんですよ・・・・いろいろとね・・・・。」
うつむいたままのアシスタントの顏が、何故か微笑んでいるように見えた・・・・。
裏野ハイツ・・・テレビ業界で、タブーとされる撮影場所の一つとなった。