気配
203号室の鍵を開け、霊能者の先生とそっと入った。
ハンディカメラを構え、奥の部屋にいる二人の驚いた顔のアップが撮れるように気づかれ無いようにしていきなり部屋の引き戸を開けた。
グラドルの驚いたリアクションは撮れたが、芸人の方はリアクションがほぼない。
イマイチだったが、霊能者が話し始めた。
「少し良くない“気”が溜まってますね。ダルマックスさんには、ここの霊ではないが、通りすがりの浮遊霊が憑いてます。
部屋を暗くして心霊動画を見ていたりすると、たまに寄ってくるんですよ。」
「お祓い必要ですかね?」
「しておいた方がいいでしょう。」
「じゃ、そういう流れで。ダルマックスさん。いいですか?」
「は、はい。」
“あらら、ほんとに取り憑かれちゃってるみたいになってる。たぶん憑いてないんだけどな~。“
カメラに何も映っていないからではない。
実は、自分は結構霊感が強い方だ。
金縛りにもよく遭うし、怪しい人影や気配も良く感じる。
はっきりと見たことは無いが、取り憑かれている人の周りには、大体何かがぼんやり見えたり、何か気配は感じられる。
このハイツや、この部屋全体からは少し嫌な気配はするが、芸人の周りには何も見えないし、気配も感じない。
「では、お祓いをしましょう。胸の前で合掌してこの数珠を持ってください。心を楽にして。」
霊能者はダルマックスの背中に手を置き、何やら唱え始める。
「うぇぇぃ!ヤァッ!!」
気合の声とともに、ダルマックスの背中を強くたたいた。
“なんも憑いてないのに、近所迷惑だな~”
そう思った時、強烈な寒気が押入れの方からしてきた。
“!!”
思わず、そちらの方にカメラを向けてしまう。
後ろで見ていたグラドルもつられてそちらの方を見るが、押し入れの戸は閉まったままだ。
両開きの戸は立てつけが悪いのか、隙間が少し空いているが、中は真っ暗なので何も見えない。
“まずい、お祓いのシーンでカメラ違うとこ撮っちゃった!ディレクターに怒られる!”
慌てて、お祓いされたダルマックスのアップに戻し、声をかける。
「どうですか?気分は?」
「え、ええ、大丈夫です。気分が良くなりました。」
霊能者は、浮遊霊は祓ったが、まだ悪い“気”は溜まっているのでこれを持っているようにと、二人に数珠を渡した。
お祓いを終え、少し落ち着いた様子のダルマックスに何があったのか話を聞くと、多分気のせいだが、何かが鏡に映っていた気がしたと言った。お祓いで何か憑いていたものが取れた感じはしなかったが、気分転換はできた。芸人としてしっかりリアクション取るので、大丈夫とディレクターに伝えてほしいと言ってきた。
鏡に映っているものが見えるように、カメラ位置も変えるか富樫さんに相談の必要がありそうだ。
「じゃ、11時になったんで、カメラのメモリとバッテリー交換しますんで、30分くらい休憩です。
撮影用の照明置いときますんで、飲み物でも飲んで少し休んでください。
あ、霊能者さんは交換終わるまで一応お二人と一緒にいてもらえるでしょうか?」
「了解した。私にも飲み物を頼みます。」
「あの・・・アシスタントさん。ちょっといいですか?」
グラビアアイドルが声をかけてきた。
「さっき、押し入れの方を撮ってましたよね?・・・あの…なにか見えたんでしょうか?」
「いいえ?なにも見えませんでしたよ。なんか物音聞こえた気がして。隣の部屋かな~?」
隣の部屋に人は住んでいるが、今日は居ないはずだ。
「なんか、こっちを見られているような、誰かがいるような気配がしたんです・・・。マジ怖い・・・。」
”へ~、それがマジなら、結構視聴率撮れる映像になるかもしれませんね!”
と言ってやったら、急にやる気が出たようだ。グラビア界も楽じゃない。
ひょっとしたらこのグラドルも自分と同じように霊感を持っているのかもしれないが、少し感じやすいという程度だろう。
さっきの気配は今まで経験したことが無いくらいハンパなく寒気がした。
霊感が強ければ、視聴率なんて関係なく今すぐにでもこの部屋を出たがるに違いない。
マジでここはやばいかもしれないが、そんな話をしたら時間もかかり、今回の撮影のプラスになるとは思えない。
お祓いの映像も撮れたし、時間も11時を過ぎた。あと2時間ほど頑張ってもらえれば寝てもらって、深夜2時ごろにオーブ(ホコリ)が飛んでいるシーンを撮るだけの予定だ。
明日、撮影の帰りにでもお寺にでも行って、本物の霊能者にお祓いしてもらえば大丈夫だろう。
結構ネタはそろってきた。ディレクターの喜ぶ顔が目に浮かんだ。