声
暗い部屋の中に、グラビアアイドルのまさみと芸人のダルマックスがそれぞれ頭からタオルケットをかぶっている姿が、テレビモニターの光に照らされている。
部屋の中あるのは、動画を見るためのテレビとプレーヤー、寝るための布団2組、懐中電灯2本、コンビニで買ってきた夜食が入ったビニール袋だけだ。
エアコンは寒いくらいにかけているが、部屋の照明は外されたままにしてある。
夜の8時から、奥の狭い方の部屋で、深夜になるまで百物語の代わりに100本の心霊動画を二人で見るという指令を与えていた。
深夜0時頃に動画が終わり、1時間程度写真を撮ったり話をしたりして、1時には寝てもらう予定だ。
もちろん深夜2時頃には何かが起きる前提だ。
動画を見始めて1時間ほどたったころ、ダイニングの方で何かが倒れる音がする。
「きゃぁ!」
「うぁぁ!・・・な、なんか音したで!まさみちゃん、ちょ、ちょっと見て来てや。」
「なんで私なんですか?!」
「俺、昔から幽霊に嫌われてんねん!幽霊は女の子にはやさしいっていうやろ。な、な。
ビデオはちゃんと止めとっから!な!」
面白い。わざとらし過ぎない、いい感じのビビり方だ。
やっぱりこっちの路線かな?
「ここ開けときますからね。ダルマさん締めないで下さいよ!」
ダルマックスは、いつの間にか“ダルマ”に縮められている。
奥の部屋と、ダイニングを仕切っているのは1枚の曇りガラスの引き戸だ。
グラドルが、懐中電灯を持ってダイニングの様子を見に行く。
暗視カメラも設置しているので、ワゴンの中では部屋の隅々までよく見えている。
キッチンの窓際に置いてあった小さな花瓶が倒れていた。
仕込第一弾が、まずまずのタイミングでうまくいく。
「え?花瓶が倒れてる・・・なんで?」
まさみがそうつぶやいた瞬間、部屋を仕切っていた引き戸が勢いよく閉まる。
「きゃぁ!なんでなんで締めるんですか?!ダルマさん!
ダルマ!! コラ!! 開けろ!!」
締められたグラドルはちょっとしたパニック状態になっているが、なかなか面白い。
いい味出してる。いいタイミングで、ダルマが抑えていた引き戸から離れ、まさみに怒られる。
「いや、なんか出たと思ってな・・・。しゃーないやん!」
“サイテー”“信じらんない!”と、罵詈雑言を浴びせる美女と、ピントのずれた言い訳をするダルマ。
なかなかいい撮れ高だ。
「きゃぁ!!」
まさみが突然悲鳴を上げダイニング側を振り向き、部屋の奥に逃げた。ダルマも、モニターしていた自分たちも、急な悲鳴に驚いた。
「な、なんやねん急に!びびらせんといて~!」
「こ、子供の笑い声が聞こえた!“ふふふ”って!」
子供の笑い声? 下の階の子供か?
予想外の収穫だ。タネあかしは無しにしよう。ただし、子供にあまり騒がれても困る。
「おい、斉藤。下の階の家族に、もう一回撮影の説明して来い。」
「え~、もう9時過ぎっすよ。子供も寝てるんじゃないっすか?」
「バカ!あそこは両親の帰りが遅いって言ってただろ。子供もまだ起きてるよ。
このプレハブの建物だと下の音が結構響くんだよ。9時からドラマとかでかい音で聴かれたり、笑い声出されたりしたら台無しなんだよ。
ただし、テレビは困るが子供の声は気にしなくてOKって言ってこい。」
「はぁ・・・なんでですか?」
「今の見ただろ!さっきはマイクで拾えなかったけど、笑い声でも出してくれればうまく編集して使えるんだよ!撮影やってるからとか言って、夜更かししてくれればさらにめっけもんだ。
菓子折余ってただろ。もう一回持ってっけよ!
それから、芸人だけ呼び出して、子供の声は自分には聞こえない“テイ”でよろしく!って言っとけ。」
“さすがっすね!勉強になります!“と言って、202号室の分余っていた菓子折を持ってアシスタントがワゴンを出ていく。
霊能者様は、さっきの悲鳴と俺の指示で居眠りから目覚めたようだ。
「うむ、霊の気配は感じなかったぞ。」
「そこは、あとでコメント取りの時にいい感じでお願いします。」
「分かっているが、行き過ぎなコメントはNGで頼む。」
「もちろんです。よろしくお願いします。」
心の中で、メガホンで張り倒してから部屋のモニターに目を戻す。
ちょうど、アシスタントが鳴らした下の部屋のチャイムに二人が驚いた所だった。
“よし、これも使えるな・・・”
10分程度に編集すれば、放送時のコメントも含めて20分くらいの枠になる。
後は、山場的なシーンさえ取れれば、構成的には十分だ。
何もなくても残った仕込だけでも行けるだろう。
時間もまだまだあるから、何かハプニングも期待できる。
富樫は、企画の成功を確信していた。
しばらくして、アシスタントがワゴンに戻ってくる。
「おい!芸人に子供の声無視するように言ってねぇだろ!すぐ言ってこい!」
「い、いえ、富樫さん。それがその、下の部屋の夫婦には菓子折り渡して来たんですが、今日は撮影だから上の部屋がドタバタするかもしれないし、子供が騒いだりして邪魔しちゃいけないからって、実家に預けて来てるそうなんですよ。テレビも気を使ってボリューム下げてくれてました。」
「なに?子供居ないのか?」
思わず霊能者の方を見るが、“いや、霊の気配はしなかったが・・・もしかしたら・・・”などと、もごもごと言い訳している。
「分かった。気のせいかモノホンかはわからないが、このまま続行しよう。
11時にカメラのバッテリーとメモリ交換すっから準備しとけ。」
「はい、わかりました。」
子供の声の追加ハプニングは期待薄となったが、まだ何か起きそうだとディレクターの勘が言っている。
“これは当たりかもしれねないな・・・”
裏野ハイツの夜は、まだ始まったばかりだった。