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裏野ハイツ  作者: 十六夜 八雲
1/7

仕込

「もうちょい右、そうそう・・・ハイ!そこ!じゃぁ次、玄関側。」


今日は裏野ハイツの203号室に来ている。


都心から少し離れたとある住宅街の中にある、心霊スポットと言われている場所だ。


人が住んでいない部屋から誰かが見ていたとか、過去に殺人があったとか、霊の通り道だとかいろんな噂があるが、調べてみたところ人死にも昔墓場だったようなこともなかった。


むしろ、こんな何もないところにそんな噂が出た事の方がよっぽど不可思議現象といえるくらいの場所だった。


「富樫さん、ここって ただ古いだけのアパートでしょ?本当に出るんですかね?幽霊。」


「アパートじゃなくてハイツだ。プレハブ建てだよ。

出なくても、何か映るように努力するのが俺たちの仕事なんだよ!

プレハブなら隣や下の部屋の音も結構聞こえてくるし、照明の加減で埃がオーブにだって見える、古い建物なら軋みの音とか、いろいろ撮れるんだよ。」


「へ~、そうなんですか~。」


「とにかく今日は徹夜なんだから、さっさとセッティング終わらせて、今のうちに休んどけよ。」


今日はアシスタントの斉藤と自分、キャストの3人の5人体制でのロケとなる。

心霊スポットのロケは、ハズレやいろいろなトラブルでボツになる事も多く、予算を多くはかけられない。


“あなたの隣にある、恐怖スポット”というコーナーで、最近噂の裏野ハイツで霊能者がとスタッフが外に止めたワゴンで部屋の様子を監視する中、空き室になっている203号室に駆け出しの美人グラビアアイドルとお笑い芸人が一晩泊まって、恐怖体験をするという企画だ。


似たようなロケは何度かしてきたが、どう考えても今回はハズレだ。

住人からして明るいばあさんに、幸せそうな家族ずれ、人あたりのいいおっさん。陰気な中年に不在がちの隣人。誰に聞いても幽霊なんか見た事ないと口をそろえて言うし、そういう噂のお陰で安くすめてありがたいと来たもんだ。


「おい!それから仕込みしとけよ!録音しといたラップ音出すスピーカーと、埃を飛ばす小型扇風機な!

ちゃんとカメラに映らないとこにセットしとけよ!

それから氷とガラスでできた一輪挿しとか、芳香剤とか、空き家にも置いてありそうなもの買ってこい。」


「え?氷なんて何に使うんですか?」


「氷使って、時間がたったら自然に置いたもんが倒れるように仕込んどくんだよ。ガラス製なら結構いい音でるし、下にハンカチでもひいときゃ溶けた水も目立たないからな。」


「マジッすか?俺今までこの手のポルターガイストっぽいの結構信じてたのにな~。」


「バカか、たまにモノホンもあるらしいけどな、そんなに派手なのを毎回カメラで押さえられるわけねーだろ!さっさと準備しろ!キャストきちまうぞ!」


今までこの手の企画で、何度か本物の不思議な現象はあった。

しかし、いずれも地味でテレビ的には面白みに欠ける。


幽霊さんにもっと頑張ってほしいものだが、事前打ち合わせするわけにもいかない。

今回の現場では幽霊が出そうな気配も全く感じない。


“芸人さん頼みになるな~。いっそお笑い路線でやってみっか。”


ちょっと古いアパートなら、どこでも起きるような些細な事にビビりまくる芸人と、それにつられる美人グラビアアイドル。その路線で行こうかと考え始めていた。


「キャストさんはいりまーす!」


日が落ちかけたころ、グラビアアイドルとお笑い芸人。ロケワゴンでカメラ越しに様子を伺う霊媒師の3人が現場に到着した。


「よろしくお願いします。」


3人とも慣れたもんだ。

企画の詳細と、今回なにも起きそうにない場合は、芸人さんがビビりまくる路線という事を説明する。


「ここは何も感じませんね。ただそれっぽい安アパートという感じですね。

その路線が良いでしょう。隣の部屋にたまっている悪い霊気と、下の階の子供に誘われて子供の霊が遊びたがっているという設定が良いでしょうね。」


テンション下がるようなことを霊媒師が口走る。


“ヘイヘイ。せいぜいもっともらしい設定お願いしますね。”


「じゃ、暗くなったらハイツ周りでの撮影しま~す。その後食事してから部屋入りしますんで、よろしくお願いします!」


今日は新月で、周りには電柱の灯り以外はなく、かなり暗くなる。日中の暑さと夕立のおかげで、いい感じに蒸し暑く、湿気でモヤがかかったような感じになってきた。


日が完全に落ちれば、いい感じで生ぬるく不気味な夜になるだろう。その点だけは恵まれたようだ。




「ハイOK! いいっすね~。いい感じですよ!」


建物周りのレポートと、部屋に入る前までの撮影を終えた。


思ったより芸人がいい芝居をしてくれる。グラビアアイドルの大根ぶりも、芸人の芝居でいい味になっている。


“意外といけるかもしれね~な”


こういう何も無い所で、いい絵を取るのも腕の見せ所だ。

思った以上に気合が入って来た。


「じゃ、食事のあと、部屋入りしますんで、撮影の前に部屋の中を下見しといてください。

鍵はアシスタントが持ってますんで、準備出来たら声かけてください。」


「ディレクターさん。カメラの位置と、仕込みとかあれば教えてもらえる範囲でいいんでお願いできますか?」


“この芸人さん、芝居もうまかったが、この辺もツーカーだ。次回も使えそうだ。ピン芸人の『ダルマックス』だっけ?覚えとこう。”


「分かりました。じゃ、下見の時に。狭くてすいませんが、ワゴンの中で食事お願いします。」


ワゴンにキャストが入ったのを確認し、アシスタントの斉藤を呼ぶ。


「おい斉藤、カメラ位置は二人に教えとけ。仕込は芸人さんにだけな。」


「了解っす!」


心霊現象は期待できないが、意外とやりがいのある仕事になりそうな予感がしてきた。




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