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その次の日、小雨と瞬は、もしかしたら有実さんがまだいるかもしれない、と、かすかな期待を抱いてコンビニをおとずれました。
コンビニの入り口をあけると、いつものおばさんが、「いらっしゃい」とあいさつをしてくれました。
しかし、やっぱり、有実さんの姿はありませんでした。
ぼうぜんとしてたたずんでいる二人に、おばさんが二人に声をかけてくれました。
「いつも来てくれてありがとうね。有実さんがいなくなって、さびしくなっちゃったわね……まじめで、いい子だったんだけどね……」
おばさんも、どこかとおくを見るような目で、さびしそうにいいました。この時はじめて小雨は、このおばさんも、そんなにこわい人じゃないのかもしれない、と思いました。
それからおばさんは、有実さんのことをいろいろ話してくれました。
有実さんが旦那さんと出会ったのは、げいじゅつだいがく、という大学だったそうです。そこで絵のべんきょうをしていた有実さんは、彫刻の勉強をしていた旦那さんと出会い、大恋愛のすえに結婚して、旦那さんの地元である東北でいっしょにくらすことになったのです。
有実さんは、旦那さんが大好きで、こどもも大好きだったので、ぜひ二人で子供をつくりたい、と思っていました。
いっぽう、旦那さんは、有実さんのことが大好きで、ずっと二人きりでくらしていきたい、と考えていました。
このように、いけんのちがう二人でしたが、ふかく愛しあっていたので、けっこんして間もないころは、それほど気にしていなかったのです。ところが、有実さんはやっぱりこどもがほしくなって、二人の間には少しずつ、いさかいが起こりはじめました。
それからだんだんに二人は、ちょっとしたことで言いあらそうようになって、ついには、口もきけないほどに仲が悪くなってしまったのだそうです。
「わたしは有実ちゃんの旦那さんも知っているんだけどね、とってもやさしくて、いい人なのよ。有実ちゃんも、とってもすなおでいい子なのに、ほんの少しかちかんが合わなかっただけで、あんなに愛しあっていた二人が別れてしまうなんてね……よのなか、上手くいかないわね」
おばさんはそういうと、ひとつ大きなため息をつきました。小雨には、『かちかん』という言葉のいみが、まだわかりません。小雨はおばさんにたずねました。
「おばさん、『かちかん』ってなあに?」
「そうね、かちかんっていうのは……」
おばさんは、うーんとうなって、しばらく考えていました。
「うーん……、そう、そうね、かちかんっていうのは、とーってもすっぱい、みかんのなかまよ」
それから何年かがすぎた、ある日の冬。
小雨と瞬は、小学校最後のお正月を過ごしていました。
二人とも、だいぶ背が大きくなりました。まだ小雨のほうが大きいのですが、年をへるごとに少しずつ、瞬も追いついてきています。
年越しそばを食べて、おもちを食べて、それから、みかんもたくさん食べました。そして、ついにはみかんがなくなってしまいました。二人は、いつものようにつれだって、いつものコンビニにみかんを買いにでかけました。
「あら、いらっしゃい」
いつものように、おばさんが声をかけてくれます。
「こんにちは」
小雨も、明るくあいさつを返しました。このごろみょうに無口になった瞬は、軽くえしゃくをするだけでした。
「肉まんをふたつ……それと、みかんを」
「はいはい、いつものね」
まわりの町のふうけいは少しずつ変わってきていましたが、このコンビニだけはずっと何も変わりません。お店はところどころよごれが目立ち、おばさんのあたまにはちらほらとしらがが見えるようになりました。でも、変わったのはそれだけで、おばさんの、早口でまくしたてるような口調はそのままです。
「そうだそうだ、あなたたち、有実ちゃんのこと覚えてる?」
おばさんが言いました。小雨にとって、有実さんは忘れようのない人でした。有実さんの描いてくれた絵は、いまでもずっと小雨のへやにかざってあるのです。
「はい、もちろん……有実さんからもらった絵は、今でもだいじにとってあります」
「有実ちゃんからね、年賀状がとどいたのよ。ほら、見てみて」
おばさんはそう言って、小雨に一枚の年賀はがきを手わたしました。
そのはがきには、みかん畑を背景に、白い上着を着て、頭にみかんをのせて立っている、しあわせそうな笑顔の有実さんが写っていました。有実さんのとなりには、やさしそうな男の人が、よりそうように立っていて、なによりも目をひいたのは、有実さんのおなかが大きくふくらんでいることでした。
「有実ちゃんね、地元でいい縁があって、再婚したんだそうよ。それで、もうすぐ子供が生まれるんだって」
有実さんの大きなおなかと、まん丸いお顔と、頭にのせたみかんが、まるでかがみもちのように見えました。
写真の中の有実さんは、最後に二人をなぐさめてくれたときの、天女さまのようにやさしい笑顔で、幸せそうにほほえんでいるのでした。