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はじめて有実さんとおはなししてから、小雨と瞬は、二、三日にいちど、あのコンビニにかようようになりました。
コンビニはあいかわらず、いつ行ってもお客さんがいないので、二人は有実さんとたくさんお話しすることができました。
二人がコンビニにあそびに行くようになって、なんどめかの事でした。店に入ると、有実さんがみかんの箱やふくろを見ながら、う~ん、とうなっている姿が見えました。
「有実さん、こんにちは」
小雨が声をかけると、有実さんはまたにっこりと笑って、
「あ、小雨ちゃんと瞬くん。いらっしゃい」
「有実さん、なにしてるの?」
「ああ、これね、しょうみきげんがすぎた……悪くなりそうなみかんを、すてなきゃいけないのよ」
そう話す有実さんのかおは、どこかかなしそうでした。
「ええ、すてちゃうの? もったいない……」
「そうだよねえ、みかん農家の人たちが、いっしょうけんめい育てたみかんだものね……あ、そうだ! ちょっと待っててね」
そう言いのこして有実さんは、すてるみかんを持って店のおくへ走っていきました。
しばらくして戻ってきた有実さんは、オレンジ色のえきたいが入ったお皿と、紙と、ふでを持っていました。
「二人とも、あぶり出しってやったことある?」
「あぶり出し?」
どこかできいたことがあることばでしたが、小雨には、それがどういうものなのかはわかりませんでした。
「瞬、知ってる?」
瞬にもたずねてみましたが、首をよこにふりました。
「ふふ、じゃあ、ちょっと見ててね」
そう言うと有実さんは、ふでにオレンジ色のえきたいをつけて、紙になにかを書きはじめました。二人は、ふでが紙の上をすらすらと走っていくさまを、じっと見つめていました。
「はい、できあがり。じゃあこれが乾くまで……」
ふでをおいた有実さんは、丸くむかれたみかんの皮を取りだしました。
「これで、ろうそくを作ってみようか。二人とも、したことない?」
二人はまた、ゆるゆると首をよこにふります。
「みかんで、ろうそく……?」
「こうやってね、みかんの真ん中あたりにまっすぐ切れ目を入れて、皮をやぶかないように上手にむいて、へたのうらがわにある芯をのこしておくの」
有実さんがもっているみかんの皮は、まるで中身がくりぬかれたようにきれいにむかれていて、小さなうつわのようになっています。その真ん中に、みかんの芯がすっと立っていました。
「そして、このみかんの皮の中に、少し……」
そこで有実さんは、苦笑いしながら、うりもののオリーブオイルをもって来ました。
「このオリーブオイルを入れるの。あ……あのね、かってにうりものをもって来るのはいけないことだから、二人はまねしないでね」
みかんの皮のうつわにオリーブオイルをそそぐと、有実さんはポケットからマッチ箱をとりだし、マッチをすって火をつけて、みかんの皮の芯にその炎をうつしました。
すると、ふしぎなことに、燃えはじめたみかんの芯は、マッチの炎がはなされても、そのままろうそくのように燃えつづけているのです。二人は、そのふしぎなみかんのろうそくを、じっとながめていました。瞬はとりわけ熱心で、小雨は、こんなにむちゅうになっている瞬を見たことがありません。
「さて、そろそろいいかな……」
二人といっしょに、みかんのろうそくをながめていた有実さんは、ふとたちあがり、先ほどなにかを描いていた紙をもって来ました。
「この紙にね、さっき、みかんの汁で描いたんだよ。これを火にかざすとね……」
紙は真っ白で、何も描かれているようには見えませんでしたが、有実さんはその紙を、みかんのろうそくの炎に近づけました。すると、またしてもふしぎなことに、その紙の上に絵が浮かび上がってきたのです。その炎は、ふつうのろうそくとくらべると小さい炎だったので、じかんはかかりましたが、それでも少しずつ、茶色い線があらわれてきました。
「うわぁ……」
「ふしぎ……どうして絵が出てきたの?」
おどろく二人のかおを見て、有実さんはまんぞくそうに笑ってうなずきました。
「みかんの汁で描いた絵はね、そのままだと色がうすくて見えないんだけど、こうやって火に近づけると、茶色くなって、見えるようになるの。おもしろいでしょ?」
やがて、ぜんたいが熱せられると、紙の上に、小雨と瞬、二人の似顔絵が浮かび上がりました。それは、二人のとくちょうをよくつかんでいて、とても上手だな、と小雨はおもいました。
「ふふふ、似てるでしょ? 私ね、大学で絵のべんきょうをしてたの。だから、絵はとくいなのよ」
この日から有実さんは、二人がコンビニに遊びに行くたびに、一枚ずつ、あぶり出しで二人の絵を描いてプレゼントしてくれるようになりました。有実さんがかく絵は、どれもやさしい感じがして、小雨も瞬も、とてもたのしそうなかおをしています。
そして、小雨のへやには、日をおうごとに、有実さんが描いてくれた二人の絵がふえていくのでした。