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とある家系シリーズ

『傾国の美少女』と『金色の王子様』

作者: おやぶん

ある青年と少女が駆け落ちするまでのお話。

「なぜ貴女は私に惚れられないのですか」


時は夜。

豪華絢爛という熟語がぴったり当てはまる宮殿の広間の一角で、それはそれは美しい容貌の青年は言い放った。言葉の矛先は、彼の目の前に佇む少女である。


目の前の少女に対しあからさまな敵意を表す表情の青年とは対照的な、彼を意にも介さないような無表情の少女。

彼女の青年への対応の素っ気なさは、一見すると、青年は本当に少女と話しているのかと、遠巻きに彼らの様子を窺う人々に混乱を与えるほどである。


両者の間には淡々と重々しい沈黙が流れる。

次第に青年の周りに群がっていた女達が、痺れが切れたといわんばかりに騒ぎ始めた。女達が口にする内容は、少女に向かっての罵倒や蔑みの言葉が大半のようだ。不躾にも少女に指を差している者までいる。

……と言っても、少女当人は女達に目もくれず、全くもって興味が示す素振りが無い。



長すぎるぐらいにたっぷりと間をおいてから、少女は桃色が微かに蔓延(はびこ)る金色の瞳を1回瞬かせた後、静かに小ぶりな唇を動かした。


「……惚れる?なぜ、私があなたに?」


その声はただ純粋に青年の発言に対しての疑問の色を含んでいた。意味が分からないと首をかしげている彼女の顔が更に雄弁にその様子を物語っている。

それを見た青年は、ぐっと喉を詰まらせた。言い詰まってしまった青年の顔には屈辱や羞恥が滲み出ている。


そのまま二人は黙って向かい合っていたが、やがて青年の方から踵を返して少女から離れていった。それに続くしかない金魚のフン達も、慌てて青年に付いていく。

一人残された彼女は、いつまでも無表情のまま、彼と彼の取り巻き達の後ろ姿を見つめていた。





∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮





少女の名は、クリスティアーノ。別名を『傾国の美少女』。

仔猫を連想させる二重瞼の丸々としたアーモンドアイ、思わず触れたくなる小ぶりな桜色の唇、緩く巻かれた胸まであるモカブラウンの髪、透明感のある白い肌、華奢な体つき。

神様は全ての美を少女に与えてしまったかと嘆息するほど、彼女は節々まで整っていた。彼女は()()()、不気味なほど欠陥が無かった。


それだけではなく、クリスティアーノはその身分も保証されていた。彼女は歴とした皇族なのである。


詳しく言えば、現皇帝の弟の長女だ。

彼女に皇位継承権は無いが、皇帝家との連携を確実なものにしたい貴族からすれば、これ以上の獲物はいないであろう。加えて、彼女は今年16歳を迎えたばかり。丁度結婚適齢期であることも、彼女の人気を更に加速させていた。


だが、彼女は決して表面上には映らない欠陥を1つだけ持っていた。当然それは完璧と表現してもよい外見ではなく、彼女の中身ーーというよりは、本性といった方が適しているかもしれないーーに。

要すると、彼女の本当の性格は、そこらへんの同じ年頃の女の子とは少々異なるようなのだ。良く言えば穏やか、悪く言えば年を取ったおばあちゃん。兎に角どんなことにも関心を示さず、一日中ボケッとしているのは日常茶飯事。極めつけは、自分の特異的な美貌や立場を根本では一切自覚していないとくる。


簡単にまとめると、『傾国の美少女』クリスティアーノは、黙っていれば天使のようだが、口を開けばちゃらんぽらんなのだ、悲しいことに。天は必ず人に何かしらの二物を与えるようである。


だが、その本性をカバーするように彼女のポテンシャルは極めて高く、何でもそつなくこなす器用な(たち)なので、今のところそんな彼女の負の面は貴族社会に晒されていない。

彼女と人生の大半の時間を共有する両親と兄は、いわば完璧超人である彼女の本性が暴露しないかといつも心中で危惧していた。



現在、内に爆弾を秘めている彼女は、皇帝家主催のダンスパーティーの招待客としてこの宮殿に来ている。

超有料物件である彼女は、兄が傍に居ないと周りに人の渦を作ってしまうのが常である。先程も、頼りの兄が友人に連れられてしまい、一人不安に感じていた刹那、やたら女性達を引き連れていることでお馴染みの青年に話し掛けられたのを巧くーー彼女なりにではあるがーー撒いたところである。


男性に見つかれば声を掛けられ、女性に見つかれば理由もなしに鋭い目線を浴びせられる。いつの間にか、彼女は独り広間の端のカーテンに隠れるように立っていた。



クリスティアーノがカーテンに身を隠して兄の帰りを待っている頃、時を同じくして、ある青年はこの場から逃げたしたいという衝動に激しく駆られていた。


青年の名は、アルフレッド・アンソニー。別名を『黄金の王子様』。

とても単調な別名だが、彼を形容するにはこの言葉が一番当てはまる。

その名の通り、サラサラとした金色の髪、深く吸い込まれそうな碧眼、シャープでかつ柔和な印象を与える顎のライン、やや高めな身長に見合う程良い筋肉のついた均衡のある体格。

初めて彼を見た者達は、決まって絵本の中の王子様が現実に飛び出てきたのかという錯覚に襲われ、彼に出逢った女性達は、彼に見つめられただけで頬を必ず赤く染めるのだ。


彼はこの国の四大公爵家の一頭、アルフレッド家の次期当主である。17歳という歳柄、婚約者を求めて数ある夜会を渡り歩いている。彼は自身の容姿が人より優れている事を自覚し、その上で、ひっそりと"自分に一目惚れしない"女性を妻にしようと心に誓っていた。


しかし、中々理想の女性に出逢えない。やはり無理だったかと失念して諦めかけていた……。そんな時に出逢ったのが完璧な美貌の主で噂の現皇帝の姪、クリスティアーノだった。


ところが、彼の初対面の彼女に対する印象は、最悪そのものであった。

それは約一年前の当時ーーアンソニー16歳、クリスティアーノ15歳ーー、現皇帝の40歳生誕パーティーの際、皇族の方々に爵位の高い家から挨拶をする時にまで遡る。

アンソニーを含むアルフレッド公爵家も、順当に皇帝の姪のクリスティアーノに挨拶をしたときのことだった。


アンソニーは型通りの挨拶を行いつつも、果たして『傾国の美少女』も自分の容姿に堕ちるのかなどと妙な期待をしながら、自信満々の笑顔で壇上の彼女と眼を合わせると、彼女は彼一番の笑顔をしっかりと認識したにも関わらず、まるで自分に毛ほどの関心もないように、適当に小さく微笑んだのみであった。


その瞬間、彼の身体には歓喜が舞い起こると同時に、彼女への嫉妬が現れた。やっと理想の女性が現れた喜びと、自分の容姿を以てしても堕ちない女がいた事実が彼を支配し、それらが彼を次へと行動させた。


それから、約1年。

彼は彼なりに、彼女にアプローチをしていた。

彼女を見かけるごとに接触し、暇さえあれば彼女に手紙を送った。その度に彼女は巧く彼をあしらい、手紙に至っては返事など1通も送られてこない。きっと、彼女は俺の名前すら覚えてくれていないのだろう。そう思っては、苛つきと焦りを覚えていた。




沢山の女性を引き連れて、人で埋まる広間を掻い潜りながら縦断する青年こと、アンソニーは様々な葛藤と戦った結果、今日はもう帰るという決断を下した。ひっそり妻にしようと1人目論(もくろ)んでいたクリスティアーノに毎度のことながら無自覚に恥をかかせられ、その為か自然と歩く速度が速まってしまう。

頼まれもしないのに毎回毎回俺についてくる女達が(うるさ)いが、この後は帰るだけなので無視しよう。

そして出入口の扉のに手を掛けながら、いつもと同じ様に頭の中で誓うのだ。


今度こそ、クリスティアーノ、お前を絶対にオトしてやる、と。




∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮




「……ん?」


さて、場面は戻って、あれからカーテンに身を隠したままクリスティアーノは目線の先に何かが落ちているのを見付けた。その何かはシャンデリアの灯りに反射してキラキラと輝いているので、金属の小物であるようだ。

辺りに人がいないことを確認して、彼女はそれを素早く拾った。


「これは……指輪、だ」


不味いものを拾ってしまった、と彼女は咄嗟に思った。指輪なんてものを持っているところを誰かに見られたら、とんでもなくめんどくさい勘違いをされること請け合いである。クリスティアーノはひとしきり悩んでから、でもやはり持っていようと思い直した。

右小指にでも付けておけば、変な勘繰りをされることもないし、私が嵌めていることによって落とし主も見つかるかもしれない。


彼女はそっと指輪を右小指に嵌めた。少し緩かったが、無理矢理指に押し込む。そして、シャンデリアに手を(かざ)してまじまじと指輪を眺めた。


「この宝石、綺麗……」


この指輪が商品だったならば、結構な値段が付くはずだ。素人目から見ても高度な装飾が施されており、真ん中には薄い桃色の宝石が花弁を型どって散りばめられている。

落とし主はこれを相当大事にしていたのかなぁ、何処でどういう風に誰から貰ったんだろう、私だったらこんな感じがいいなぁ、等と想像してみる。理由(わけ)もなく、自然と笑みが溢れた。


誤解しないでほしいが、と彼女は独りごちる。

私は別に全ての万物に対して関心が無い訳じゃない。物事は一応考えているが、そこからが面倒くさくて何もしないだけなのだ。それが周囲には関心がないと写るのだろう。なんとも勝手な話である。どうせ私なんて陰で無能な女と呼ばれているに違いない。だが、それを否定する労力が惜しまれるので、特に私は突っ込まないのだ。


それより、今はこの指輪に見とれていても良いだろう。


結局、酒を飲み顔を赤くした兄が帰ってくるまで、私は端から見れば完全に広間の片隅でじっと自分の右手を仰視する変人と化していた。




∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮




それは、唐突だった。


「クリスティアーノ様」


ある日の昼下がり、クリスティアーノは邸内の庭園を一人でふらふらと散歩していた。後ろから掛けられたその声に振り向くと、穏やかな微笑を浮かべた金髪の青年が佇んでいた。どこかで見覚えがある既視感を感じたが、一体何処なのかはっきりと思い出せなかった。


そんな彼女を余所目(よそめ)に青年は話を続ける。


「クリスティアーノ様。私は、アルフレッド家の次期当主、アルフレッド・アンソニーと申します。…実は、御挨拶は初めてではないのですが、覚えていらっしゃいますか?」

「………………あ」


たっぷりの沈黙の後に、ようやく彼女は記憶と相手の名前の合致に成功したようだ。思い出したように、口を小さく開いた。


「ええと、私の叔父様の誕生パーティーの時が、初対面でしたね。……それから、パーティーお見掛けする度に話し掛けて下さって…、」

「……」

「……? どうかなさいましたか」


クリスティアーノは、驚愕した表情で固まっているアンソニーに気付き、整った眉を潜めた。


当のアンソニーは、内心でかなり動揺していた。

彼女がここまで自分を覚えているとは、夢にも思わなかったからである。彼は皇帝家の私邸に用があり、用を終えて帰路に就いた途中で偶々(たまたま)彼女を見かけたので、ついでにと軽い気持ちで話し掛けたのだ。


思いの外彼女に自分が認知されていて、嬉しさよりも驚きの方が強かった。


「…、い、いえ。すみません。そうでしたか。私のことを、お見知り置き下さったのですね」

「…ええ。貴方のお顔は、とても美しいので」


クリスティアーノは、そう言ってアンソニーに笑いかけた。

彼はやっと我に返ったと思ったら、彼女の衝撃発言により、再び固まってしまった。しかも顔が少し赤い。

片手で口元を覆っているが耳もうっすら赤いのであまり意味が無くなっている。


「…アンソニー様?如何なさいまし……、あら、お顔にお熱が」


急に口元に手をやったアンソニーを見て、気分が悪いのかと勘違いしたクリスティアーノは戸惑いながら彼に駆け寄った。至近距離になって彼の顔に少し赤みが出ていたことを、今度は突発性の発熱と勘違いしたようだ。


彼女の細く白い手が、彼の腕に触れた__その時。


「…うぇっ?」


クリスティアーノは突然の出来事に頭が付いていけなかった。


アンソニーが彼女の腕を引っ張って、自らの胸に引き入れたのだ。

クリスティアーノは男の人に触れられたことなど、父と兄と主治医以外1度もない。ましてや、抱き着かれたことなど有りもしないのだ。

他人に見られたら大変と焦る反面、どこかで客観的な自分が、男の人の体つきはやはり女とは違うんだな…なんてどうでもいいことを考えていて、更に頭が混乱した。


「……あ、アンソニー様?」

「……」


混乱しつつも、可能な限り首を捻って彼の方を向く。彼の顔は私の肩にかかる髪に顔を(うず)めていて、よく見えなかった。


首筋に当たる吐息に困惑する。ゆっくりと顔をあげた彼は、妙に熱っぽい瞳でクリスティアーノを凝視していて、離さない。

無意識に、彼女の本能は危険信号を発した。しかし、彼女は動かなかった…と言うより動けなかった。彼女はこういう時の対処法を知らない。僅かに見開いた目で、彼を見つめ返すことしかできない。


「……アンと呼んでくださいませんか?」

「え?」

「アンとお呼びください」

「…………アン、様」


名前を呼ぶと、細くて綺麗な指でクイと上を向けさせられる。

彼の端正な顔が落ちてきた。彼の容姿のお陰か、はたまたそうではないのか、不思議と嫌悪感は感じられない。自然と、瞼が閉じる。あぁ、もうこのままでいいやと脳裏で思う。


自分の唇に柔らかいものが当たった気がして、驚きでぱちっと瞳を開く。

目の前には深い碧が広がっていた。

その碧が少し細められると、後頭部に手が回されて固定された。

その間も、私は何も出来ずに、自分は抵抗したいのか、それとも受け入れたいのか判断つかなくなった。

けれども脳は醒めてきて、漸く自分はキスされたのだと悟る。

だからと言って、もう抵抗する気力は無かった。

静かに瞼を閉じれば、さっきよりも熱く、長いキスをされた。

息が続かなくて口を少し開けると、口に舌が入れられる。

それすらも抵抗することが面倒という理由で受け入れる私は、恐らく頭が壊れているらしい。


「ん……っ、」


遠慮なく口内を蹂躙され、自分の声とは思えない厭らしい声が出る。

彼はそれに煽られるように、激しくなっていった。

遂に、私は足に力が入らなくなって腰からふらついた。


「……あぁ、」


目を瞑ってぶつかる衝撃に構えたが、その必要は無かった。

彼が、私の腰を支えてくれていた。

私は肩で呼吸をしている。顔は真っ赤だろう。

彼は私よりは断然楽そうだっが、少し乱れた息遣いをしていた。


「……あの、クリスティアーノ様」

「ごめんなさい、」


そこで私は今更自分の失態に気付き、何か言いかけたアンソニーの言葉を遮ると、彼の体を手で押し離す。

彼女は呆然とする彼に背を向けて駆け足で去っていった。




∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮




自室へと駆け込んだクリスティアーノは、とてつもなく大きいベットにダイブした。


「(…何をしたんだ、私は?)」


未だに普通の呼吸に戻らない事が、彼女の過ちを無言で批難しているようだ。

一時の気の迷いだという言い訳で取り繕っても、嫁入り前の娘が恋人でもない男と口付けをするという、あってはならない禁忌の行為をしてしまったことは否めない。

相手方のアンソニーにも迷惑をかけることだろう。

彼は確か自分は公爵家の次期当主だと話していた。あの容姿だと、女性に困ることなど早々無いだろう。

それが救いだった。

金輪際、彼に近づかなければいいのだ。

そのうち彼も私のことなど忘れてゆく。

最終的に、自分は政略結婚で隣国にでも嫁がされる身だ。

ここは、割りきるのだ。


「私は、皇帝の姪。…しっかりしないと。」



∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮




おかしい。

あの日から彼女はあからさまに俺を避けるようになった。

彼女を夜会で見かけても目があった途端、目を逸らして俺とは正反対へ速足で駆けていく。

すると、彼女を狙う輩が慌てて付いていく。

そんな具合が続いている。

彼女の兄は今日も彼女から離れることはないらしく、彼女の取り巻きの男共を柔らかく笑いながら監視している。

しかし、よく視ると、その美しい瞳だけは笑っておらず、さりげに彼女に話し掛ける男を強く睨み付けている所が怖い。

そんな彼の雰因気に呑まれてか、危険を冒してまで彼女と話す者は少ないようだ。

彼女は兄に隠れるようにして立っているので、俺の目線からでは右半身しか見ることができない。

それに加え、顔を扇で隠し、より周りを遮断している。

それほど俺が嫌だったのか。

確かに紳士としては最低のことをしただろうが、あんな顔をしている彼女が悪いのだ。

女性に拒絶されたことがないので、こちらとしてもどう対応して良いか判り兼ねる。


一人難しい顔をしてチラチラと彼女を盗み見ていると、傍で女の一人の高い声が響いた。


「アンソニー様。今宵はどうかこの私と踊っていただけませんか?」

「すまない、今日は乗り気でなくて。またの機会に。」


眉尻を下げて小さく笑う、所謂(いわゆる)困り顔をしてやれば、途端に女は真っ赤でかつ少し残念そうな顔をして、ごめんなさいという捨て台詞を残し、何処かへ駆けていった。

今日は乗り気でないのは嘘ではない。

何となく、踊れる気分ではないのだ。


折角、先日俺の求める大きな駒を一歩進めたところだ。

絶対に諦めない。

一度狙ったものは、何をしても手に入れてみせる。




∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮




「お兄様…帰りたい。」

「ダメだって、我慢しろ。」

「お願い、お兄様。」

「無理。」


広間の人混みの中心にたつ兄妹は、人に気付かれないように小声で兄妹喧嘩らしきものをしていた。

妹__クリスティアーノには、早く帰りたい理由があった。

今日も居るのだ、自分のファーストキスを奪った男が。

相変わらず女を群がらせて、それでなお暗陰な表情をしている。

良い御身分な、と私は秘かに嘲笑した。


彼にはもう近づかないと心に決めたばかりだ。

問題の原因因子には関わらないのが一番有効な作戦である。

日が経つにつれて、あの日の行為は非難されて当然な事だと思うようになった。

あの時に本当に人が居なくて良かった。

もし居たらと想像すると…………ゾッとする。

今更遅いが、あの日から私は軽々しい行動は控えようと意識している。


「どうして?」

「どうしてって…、今日は君の婚約者の発表の日じゃないか」

「……あぁ、そういえばそうね」

「…はぁ、お前ときたら。こんな時までまるで他人事だな」

「ほっといて」


呆れて溜め息をつく兄を尻目に、今日は自分の人生の岐路の日であることを改めて思い出した。

私は今日、誰かと婚約させられるのだ。

だから今回の夜会はいつもより多くの人でごった返しているのかと一人納得する。

この皇国の代々の伝統として、婚約する相手は当日まで知らされない。

無情だがそこら辺の権利は叔父である皇帝の一身に委ねられるのだ。

時として、"伝統"は、不透明さを(かも)す。

よくよく考えると結構酷い事かもしれないとそれこそ他人事の様に脳内でぼやいていると、俄に広間の中央の方が鎮まりだした。

叔父が広間に到着したようだ。

ああ、とうとう私は誰かの物になってしまうのか。

私の虚しい想いと同時に、訳もなく無駄に顔の良い無礼な彼の姿が脳裏を横切った。


「…はっ?」


おかしい。

なぜだ。

彼は関係ないのに。


隣で兄が怪訝そうな目で私を視ているのを感じた。

どうせ『また変なこと考えてるのか』とでも言いたいのだろう。

それなら心配要らない、私は正常である。

この状況で彼を思い出すあたり、頭のネジが何本か緩んでいる可能性はあるけれども。



その日、私は大方の想定通り隣国の第一王子と婚約をした。

私の婚約者は、20代後半位の人の良さそうな人。

皆が私達の婚約を賛辞していた。

そんな空気の中で、私は上部の笑顔を終始携えていた。

悲しいとは思わなかったけど、その代わり嬉しいとも思わなかった。

ただ胸の奥深くが疼いて、(もや)が架かったようだった。

誰の物か分からない、私の指に嵌まる指輪を無意識に握り締めていた。




∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮




人生の糧を失ってしまったかのようだった。


『私の姪のクリスティアーノと我が国の同盟国のザーミリヤ王国の第二王子、エドウィン殿の婚約を表明する。』


皇帝の言葉に会場は一気に沸き立った。

あまりの祝福ぶりに、俺は突っ立っていることしかできなかった。

広間の所々に点在する、悔しげな表情を押し殺して無理矢理笑う男達。

あわよくば彼女を、と日々アプローチしてきたのだろう。

俺と同じように。


皇族と、貴族。

無いようで在る、透明で巨大な壁。

身分差という物を、これ程まで恨めしく感じたことは無い。

今までも十分遠かった彼女が、もっと遠くなってしまった。

兄に連れられ、遥か向こうの壇上を上る彼女は微笑んでいた。

誰か見ても一目瞭然である典型的な政略結婚は、彼女にとっては軽い引っ越しと化してしまう。

自身にさえ無関心な彼女の瞳は、母国さえ執着が無い。


「俺は、何の為に…、」


つい口を出てゆく本音の呟きは、周囲の喧騒によってすぐにかき消される。


だが、その一言に尽きる。

何の為に俺は彼女と接触してきたのか。あんなに簡単に婚約してしまうなら、俺の努力は水の泡だ。俺ははっきりしない頭のままフラリと広間を後にした。




∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮




「…す様、クリス様ッ!」

「っ!」


使用人の声で、我に返った。

長いこと顔を会わせる馴染みの女官の不安げな姿が視界に映る。

またやってしまった。

婚約が決まった日から、私はぼうっとする事が多くなった。ぼうっとしながら考えるのは、なぜか彼のことばかり。これを恋とでも言うなれば、本当に私の頭はイカれている。他の人との婚約が決まってから、その恋心を自覚するくらいには。


「ごめんなさい。…それで、何か用?」

「…エドウィン様がお目どおりなされたいと」

「…今日は体調が優れないから、丁重にお断りしていただいて」

「承知しました」


私の体調が悪いなんて、嘘だ。

それを察してか、女官は複雑な顔をしながらも部屋を出ていった。

例の婚約者は、婚約をお披露目した日から毎日私の部屋にやってくる。私の部屋に来て何をするのかと言えば、たわいもない会話を一刻ほどしていくのみだ。

窓を覗くと、婚約者が寂しそうに帰っていく様子が見えた。


彼は、いい人だと思う。私には勿体ないくらいに、いい人だ。

だけど、それだけ。


そこに恋愛感情が芽生えてくる気配はない。だけど、政略結婚なんてそんなものだろう。皇族という見えない鎖は、確実に私を動けなくする。お高い身分は私の性分に合わないことを、こういうところでまざまざと実感させされる。皆少なからず自分の境遇を割り切って生きていることなんて、百も承知だ。


ーーしかし、それでも、……わたしは。



随分と暗いことを考えてしまった。

気分転換にでもなればと、誰も側に付けずに庭に出てみた。久しぶりに味わう、完全に一人の空間は人を何をしても許されるような気分にさせる。


「だれか、私をここから連れ去って……ーー」


快い開放感からか、思わず出てしまった心の叫び。誰もいないのに、背徳心から反射で手で口を覆う。


突然、近くの茂みがガサッと鳴った。


「え、」


恐怖心が、私の顔から血の気を失わせた。

広大な私邸の庭である。油断をしていたのだ。

大分屋敷から離れてしまったので、森に近いこの辺りは熊も出ると聞く。逃げたいのに、足がすくんでしまって動けない。

唯一動かせるのは、顔のみ。本能で、目を閉じた。


「私でよければ、連れ去りますよ」


真っ暗な視界に、人間の声が聴こえた。それも、よく知っている人の声が。

そうっと目を開けると、やはり彼が…アンソニーが立っていた。どうしてここにいるのとか、もう関係なかった。


何の意味を持つかも定かでない涙が、ツウと私の頬を流れる。私を、見えない鎖から解放してほしい。

その一心で、私の口は勝手に開いていた。


「私を…、拐って、ほしい」

「喜んで」


彼は端正な顔を少し崩して微笑みながら、私をグッと自分の方へと引き寄せた。




∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮




ある深い森のなかに、ポツンと建てられた一軒の家がありました。

そこには、素晴らしく美しい夫婦が仲睦まじく暮らしておりました。

二人は、その森に愛され、そして守られていたので、獰猛な動物達が二人を襲うことは決してありません。

生活は質素なものでしたが、二人の間に笑顔は絶えませんでした。

森で迷子になった猟師や死にかけ、落ちぶれた人を見掛けては、家に連れてきて甲斐甲斐しく世話をし、森の外まで案内します。


ある時、そんな彼らに子供が出来ました。

父親と母親の面影を十分に残した可愛らしい女の子でした。

夫婦から親子になった彼らは、仲のよい動物達と共に幸せに暮らしましたとさ。


おしまい。



短編、ということでかいてみました!

やっぱ難しいですね(><)

訳分かんないぶんになっちゃいました笑

こんな駄文、読んでいただきありがとうございます!


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