俺は亜神である。名前は……
「ここはどこだよ」
創造神の部屋から一変してどことも分からない林の中に俺はいた。
辺りから得たいの知れない鳥や虫の鳴き声が響き、足元には見知らぬ草花。
この状況、どうすればいいんだよ。
心細さに自分の体を抱える。
あっ、俺ちゃんと服着てるじゃん。
神の部屋ではパン1だったが今は茶色い麻のシャツとズボンを身につけて革のブーツも履いている。腰には古ぼけた剣を吊るしていた。
いくらなんでもパン1で放り出しはしなかったか。
ズボンのポケットを探ってみる、しかし糸屑一つ入ってない。
金はくれないんだ。
これからどうするべ?西も東も分からない。ここが世界のどこで、どこに何があるのかも分からない。
神様、せめて地図を下さいよ。
GPS付きのやつ。
一歩踏み出す前に途方にくれてしまった。
「はぁー、もう地球に帰りたい!日本に帰りたいよ!」
ちくしょう、創造神とかいって偉そうな割には手抜かりばかりじゃねえか!
「神様のバカ野郎ー!!」
天に向かって叫んだ。
~~ヒュ
あん?上空から何か聞こえる。
ヒューー
何だ?黒い影が、
ビュー!
こっちに来てる?……あぶねえっ!
俺は正体不明の落下物からとっさに身をかわす。
ズザンッ!
「何だよ!空襲か?」
恐る恐る音を立てて地面に突き刺さったモノを見るとそれは。
本?
神の部屋で最後に投げつけられた分厚い本だった。
ただの本と侮るなかれ、おそらく革で装丁された厚さ10センチは有ろうかという本は角から地面に突き刺さっているのだ。
直撃したら死んでいただろう。
最初の一歩もなく悪魔の願いを使うとこだった。
これはヤツの仕業か?
「何だか触るの怖いんだけど」
指先でつついてみるが熱くはない、触れた部分がかぶれる様子もない。
思いきってつまみ上げてみた。
「異常は無さそうだな、タイトルは……読めない」
表紙に何か書かれてるけど見たこともない字だ。
「この世界の文字か?ヤバいよ、どーすんの?言葉がわかんないじゃん!」
第一村人に会ったところで会話が出来ない!
「生前の記憶なんてないけど第一外国語の英語だって全然喋れなかったと思いますよ!神様、本当に無理です。アフターサービスをお願いします!」
天まで届けと叫んでみた。
さっきの悪口も聞こえてたっぽいしね。
……
返事はない、ただの独り言だったようだ。
悪魔への3つめの願いは異世界語にしとくのが正解だったのか?
そんな馬鹿な、転生時点でバッドエンドルート決定!
「かーみーさーまーー!」
五体倒地でも三顧の礼でも三回まわってワンでもするから助けて。
『うるさーい!』
突然頭の中で響く怒声。
でも、電波が入った!
「神様、俺に異世界語は無理です。あとすでに迷子なので数日で死にます」
チュートリアル無しの無理ゲーですから。
有○課長もビックリだよ。
『無駄に長寿になったんだから自力で何とかしろ』
「絶対に無理」
見捨てられるの?ヤバい泣きそうだ。
『泣くなバカたれ!……その本にはこの星の森羅万象が記載されている。それをやるから二度と私の仕事の邪魔はするな』
怒ってらっしゃいますか?
でも文字が読めないの。
『……眼鏡は好きか?』
唐突になんですか?
……眼鏡は嫌いじゃない、というか顔の一部だったような?
そんなことを考えていたら手にしていた本がグニャリと形を失った。
ビビる俺の手の上でうごめく本を捨てることも出来ずにいたら、だんだんと眼鏡の形をとり始めた。
「神様、これは一体?」
『眼鏡だ』
はい、眼鏡です。どう見ても銀縁の眼鏡。
『掛けてみなさい』
大丈夫かな、掛けると電気が流れるとか……それは無いか。
「眼鏡、掛けます……デュワッ!」
って七番目の宇宙ヒーローの真似なんだけど神様分かるかな?
『?』
分からないよね。
ん、ネタが古いか。俺って結構な年まで生きてたんじゃないかな?
思い出せない。
『その辺の草を見てみろ』
はーい、何か白くてトゲだらけの草があります。
《除虫菊・乾燥させてから燃やすと虫除けの煙をだす。一部地域で利用されている。学名・デュボアパルナ……》
「なにこれ!視線入力で検索出来るの?すげぇー、頭に直接入ってくる。説明文が長くて全部読み取れないけど情報カット出来るんだ。俺仕様の最小限の情報でカスタマイズしてくれるよね!」
今度はあのバッタみたいの。
《……バッタ・この地域に広く分布する草食の昆虫。》
短い!そのまんまじゃん。
次はあの木を。
『機能停止』
……
「すみません、はしゃぎ過ぎました」
気の短い神様だな。
『私は短気じゃない。次は現在地を調べてみろ』
心を読むのはマナー違反だと思う。
『その眼鏡、要らないのか』
「現在地を検索!」
『声は出さんでいい』
現在地を検索。
おお、頭の中に地球儀のような惑星のイメージが。矢印が現在地か?
『世界規模で調べてどうする。もっと拡大しろ』
「この星で生きていくからには、これはこれで大事な情報なんですよ。……はい、そうゆうのは後で一人で調べます。ズームイン」
リアルタイムの映像なのか、宇宙からの視点から降下していき雲を抜けてだんだん地表に近づいていく。
イメージの右上に見慣れたコンパスマークがついてるのは親切設計なんだろう。
映像にグリッドが重なる、赤道より北に位置する中規模の大陸の南西部に刺さった矢印が俺か。
ストップ!
俺の姿はまだ視認出来ないが矢印のある森林の近くに幾つか村や町があるのが分かった。
「この眼鏡スゴいですね」
これがあれば絶対に迷子にならないよ。カーナビなんか目じゃないね!
『この星のあらゆる言語を自動翻訳してくれる術式を組み込んである。もはや神器だな』
とんでもない超貴重品だよ。なくしたらどうしよう!
「万が一の為に遺失盗難防止の機能も付けてください!」
眼鏡だもん、24時間365日掛けっぱなしなんていかないよ!
『私とてこれが世間に出されては困るからな、お前さんから2メートル離れたら自動的に手元に戻るようにしといてやろう』
至れり尽くせりですね。
あざーッス!
『話は変わるが。……ずっと見ていたがお前さんのキャラ、ブレているな。口調も定まらんし』
ああ、言われてみれば。
「なんかフワフワして地に足がつかないような感じなんですよね。どうしたんだろ俺」
異世界で高揚してるとかじゃなくて、芯が定まらないといえばいいのか。
『輪廻の輪に入る直前までいってたのが原因か、魂から個が消えかけているのに理性も知識もあるからビミョーな存在なのだろう』
亜神に転生してるのに存在がビミョーとか言われたよ。
このやり場の無い気持ち、夕陽に叫んじゃうよ!
『名前を与えて個を定めるのが一番手っ取り早そうだな』
おっ、やっと名前を名乗れるようになるのか。
「派手すぎず落ち着いた感じの響きが良くてカッコいいやつお願いします」
『名付けは難しいんだぞ。私の子供の時は決めかねて妻に考えてもらった。……やはり面倒だな、自分で考えろ。私は帰って書類仕事の続きをやる事にする』
待ってください曾祖父よ!
『義理の曾孫にこれ以上時間を割きたくない。名前は漢字でも英語でも翻訳されて伝わるから好きに決めるといい。さらばだ』
さらばだ、と同時に電波も切れた。
淡白な神様だ。
さて、名前はどうすっかな?
……
……
「ゆっくり考えよう、あわてる必要もないし」
ボッチだから。
「えーと、一番近い人里は……こっち、北北西に進路をとろう」
こうして俺は最初の一歩を踏み出したのだった。
名前はまだ無いが……