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    対、ヒト

「タンポポの仕事は端役と戦うこと。そして、何も敵は化物だけとは限らないのが世の常さ」

 車が施錠されているかを確認しながら、輪廻さんはさらさらと語りはじめる。

「かけ離れた存在と戦うために高度な武器が発明されたとき、私たちが最も警戒すべきものは何だか分かるかな?」

 キラーパスに、私は唸る。「逆襲、でしょうか」

「隣人だよ」

 輪廻さんの答えはひどく簡潔で、それでいてわかりやすかった。私も、思わずなるほどと同ずる。

「映画みたいなフィクションなら、私たちの敵は法律で決まっているかのように化物や怪獣だ。それは異形が人類全ての敵と認知され、かつそれを倒すという共同の目的を有しているからだ」

 輪廻さんはスタイリッシュに鍵を上着のポケットに滑り込ませ、ため息。

「しかし端役の存在なんて厳選に厳選を重ねた人間しか知らないし、仮面を持っている人間ですら端役がいるという事実を知らない輩だっている。私たちの敵は、端役でもありその仮面を悪用する犯罪者たちだ」

 人通りを器用にかいくぐりながら、輪廻さんは苦もなく話す。私は彼女についていくことで必死になって、対応が疎かになってしまう。

 人ごみを抜けた途端に、輪廻さんの足が止まった。私は輪廻さんの背中に軽くぶつかってしまいながらも、なんとか減速する。

「どうしました」

「標的だ」

 背中越しに前を見れば、男が歩いている。イヤホンで何かしらの音楽を聴いているらしく連れ合いは誰もいない。一人だ。髪は黒く、中肉中背である。

「普通の男性に見えますけど」

「犯罪者というのは得てして、実際事件を起こしたら『まさかあんな人が』と驚かれるような人が多いものだよ」

 よくわかる例を提示してくれた輪廻さんに内心お礼を述べつつ、私は輪廻さんに習って男を尾行する。気分はさながら探偵だ。

 人の足も遠のくようなビル群へ潜り込む男を、私たち二人はしぶとく追跡する。人通りが乏しくなった瞬間を見計らって、輪廻さんが動いた。

「始めようか」

 呟くのと同時に、彼女の右手には仮面が握られている。目元だけを隠すような形をしており、羽の装飾が綺麗だ。そしてその仮面を、おもむろに着ける。

「転送」

 一声。その瞬間に、世界が変わった。

 別に景色が大きく変わったわけではない。ただ、路地裏を取り残して忘れ去ってしまうのではないかというくらいにやかましかった表通りの喧騒が一瞬にして死に絶えたのだ。耳鳴りにも似た寂寥感が耳を襲う。急にあった何かが消えるというのは、モノに限った話ではなく音も同じく不気味だ。

「そこの君」

 よく通るハスキーボイスが路地裏に残響する。男の足が止まった。

「今君の行動を悔い改めるなら見逃してあげよう。しかし反省の色が見えないのなら私も容赦しないぞ」

 男が訝しむような顔で振り向き、表情を変える。さぞかし輪廻さんの仮面を見たのだろう。驚きつつも、喜んでいるような顔をしている。

「持て余した力を強盗や空き巣なんかのつまらないことに使うのはやめたほうがいい。君のためにもならないよ」

 輪廻さんの説得するような言葉がカンに障ったようだ。青筋を立てる男は、一歩詰め寄る。その足取りはしっかりとしていて、威圧感に満ちていた。

「俺に指図するんじゃねえよ」

 牙を隠そうともしない獣に、輪廻さんはわざとらしく肩をすくめた。その動作だけで、説得は諦めたのだと私でもわかる。

「暴力は苦手なんだけどね」

 苦手なんだけど、時と場合によっては仕方ないよね。

 そう言い訳しているふうにも聞いて取れる語調で輪廻さんは漏らし、両手をズボンのポケットに差し込む。「おいで。立ち直れないくらいに叩きのめしてあげよう」

 男も、虚空から仮面を生成する。岩を削ったように無骨なデザインだ。

「女だからって容赦はしねえぞ」

「しなくていいよ。私もするつもりなんてないからね」

「減らず口を……」

 男が膝を曲げて、腰を沈ませる。「叩くな!」

 男の脚力が爆発し、一気に輪廻さんへ肉薄する。

「そうだ、デモンストレーションも兼ねるとしよう」

 今思いつきましたとでも言わんばかりの閃きに、私は注意を払うことができなかった。そんなのんびりできないくらいに、男が迫っていたからだ。

 男が拳を、輪廻さんに向かって射出させる。本来ならその鉄拳に当てられた輪廻さんが吹き飛び、一撃で失神してしまう未来を考えていた。が、違う。

 男の上体が大きくよろめいた。何が起きたのかわからない私は、目を丸くして黙る。私と同じくらい男も動揺したのだろう。仮面越しでも、男の動揺はひしひしと伝わってきた。私も男も、何が起きたのかよくわかっていない。不用意に生じた沈黙が、痛々しい。

 拍子抜けしてしまった空間を縫うように、殴りつけるような音が響く。それと同時に、男がもう一度よろめく。

「どうした。殴りかかってきてもいいんだよ」

 余裕を見せる輪廻さんに、男の雰囲気が一気に締まった。反らしていた上半身を一気に引き戻し、その勢いも重ねた拳を振るう。しかし、先の二発を再現するようにまた音がしたかと思うと男はよろめく。タネも仕掛けもわかっていない私と男は、目を白黒させることしかできない。依然として、輪廻さんは余裕の構えを解こうとはしない。

「能力だって使ってもいいよ。君みたいな小悪党の使う能力なんて、程度が知れているけどね」

 いちいち煽るような物言いに、男が観念したかのように顔を伏せた。

「人間相手にこの能力を使ったことねえから、どうなっても知らねえからな」

 もたれるように建物の一つに手をつける。直後、男の手を基点として無数のヒビが建造物に走る。嫌な予感が、私の背中をうねって走る――より早く、輪廻さんが動いた。男が何かをする隙間も与えず、接近。駆けた勢いを利用した蹴りで男を吹き飛ばす。転がる男を情け無用に蹴り飛ばした。

「タフだな」

 輪廻さんは呟く。立ち上がった男が輪廻さんに掴みかかろうと走るが、ビデオ再生でもしているかのように男の上体が反れる。なにゆえそんなことが起こりうるのか、私には全く理解できない。怯んだ男の腹を、輪廻さんの肘が捉える。男は地面を滑る。

「このままじゃ埒があかないし、ちょっと強引な手法で懲らしめようかな」

 これも今考えました。そう言わんばかりに適当な物言いをしながら輪廻さんは跳ねる。建物の壁を蹴って三角飛びを繰り返しながら、どの建物よりも高みに上り詰める。大まかに見積もって、二十メートルくらいだろうか。

 一体何をするのかと思えば、そのまま落ちた。重力に一切逆らうことなく、男めがけて落下する。私は、意図せずに目を隠す。

 爆発音がしたのかと思った。地面のかけらが私の肌に当たり、出血や擦り傷はないにしてもわずかに痛む。恐る恐る、私は視界を開く。

 男は倒れ伏し、輪廻さんはそれを見下ろしていた。腕を組んで、余裕の佇まいだ。頭をかばうようにして震えている男に輪廻さんは数秒ほど耳打ちをして、くるりと体を反転させる。

「帰ろうか、慧ちゃん」

 輪廻さんが仮面を外すと同時に、世界が喧騒でもみくちゃにされる。唐突な状況変化についていけずきょろきょろとしている私の肩を叩き、輪廻さんはもと来た道を戻り始めた。


明日は大学です。みなさんはいかがでしょうか。明日も休みだって社会人の人は、日頃の疲れをゆっくり癒してください。だが明日も休みな大学生、てめーはダメだ(迫真)

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