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    @車内

「お楽しみのところ悪かったね」

「いえ、そんなに急ぎのことでもありませんでしたし」

 私はそれとなくへりくだって、輪廻さんの気遣いをありがたく頂戴する。輪廻さんはキーを人差し指で軽快に回しながら、車のドアを開ける。黒塗りの、軽自動車だ。「助手席でもいいかな?」

 どうやら私も乗る流れらしい。助手席でも構わない私は、歯向かうことなく素直に助手席へ。運転席に乗った輪廻さんが、鍵を回す。車内が微動して、車がゆっくりと滑り始めた。慣れた手つきでスピーカーを再生させ、洒脱な洋楽をかける。たったこれだけでドライブのテンションが何倍にも増すのだから、音楽の力は偉大だ。

 数分ほど雰囲気作りをCDのプレスされた外人に任せていた輪廻さんが、おもむろに口を開く。

「いろいろ、困ったような顔をしているね」

「顔に出ていますか?」

 中学時代、同級生に「朝倉さんって何考えてるのかわかんないよね」と言われたことのある身としては、輪廻さんの一言は印象的だった。自分の頬を触って筋肉が凝固しているのか確かめようとした私に、輪廻さんはこともなさげに喋る。

「私が慧ちゃんの立場なら、間違いなく困ったような顔をすると思うからね」

 私は苦笑する。顔に出ていたわけではないのか。

 曲が切り替わったらしくしっとりとしたバラードが流れるなか、輪廻さんの言葉に耳を傾ける。

「タンポポから聞いたけど、端役を見たんだって?」

「見たというより、襲われました」

「じゃあ、タンポポのアレも見たんだね」

 アレとは何を意味するのか。私は、一応訊いてみる。「アレとは……」

「仮面だよ」

 単刀直入。前置きも建前をすっ飛ばして、いきなり告白された気分だ。しかし残念ながら、私は告白なんてされたことがない。

 押し黙った私を見て、輪廻さんは笑う。

「別に取って食おうってわけじゃないんだ。ただ、事実確認がしたかっただけだよ」

 バラードから一転。急激にテンポを上げた音楽が車内の空気を引っ掻き回す。「どこから話そうかな」と数秒だけ悩んだ輪廻さんが、思いついたように指を鳴らす。

「時に、慧ちゃんは超能力を信じるかい?」

「昨日同じこと言われましたが」

「そうか、もうタンポポに訊かれていたのか」

 残念そうに呟いた輪廻さんは、説明をつなげる。

「まあ実際タンポポの仮面も見られているから、勿体ぶる必要もないんだけれどね」

 車が右に曲がる。

「さっくり言うと、舞踏荘に住んでいる人間はみんなタンポポの同類と思ってもいい。つまり、昨日慧ちゃんが見たような不思議なことができる。私も例外じゃないよ」

 私は、昨日のことを思い起こしてみる。確かにタンポポは変な仮面をつけて、端役と呼ばれる化物と戦っていたような気もする。

 ハンドルを切りながら、説明は続く。

「実物を見たならもう疑うことすらできないと思うけど、私たち舞踏荘の人間は仮面によって苦悩を抱える人間たちが住む施設だ。仮面のせいで自分の居場所がない人たちが、互いに支え合って暮らしていくことを旨にした場所だね」

 ちょっと待っていただきたい。その流れだと私もその一人ということになってしまうではないか。

「そうだね。君も、自覚がないだけでその兆候は十二分にある」

 まだ私は何も言っていませんよ。と言いたいところをぐっとこらえ、輪廻さんの言葉を待ち受ける。

「仮面を扱う人間には普通の人間とは少し違う身体上の特徴が発生する。百華の場合は西洋人みたいな目を髪の毛だし、私は腹部に妙な刺青みたいなアザがある。慧ちゃんの場合は、その隈だね」

「それだけの理由で決まっていいものなんでしょうか」

「理由はまだあるよ」

 今度は角を左へ。曲が入れ替わり、空気が跳ねる。

「ある種の勘に近いものだけれど、仮面を扱う人間にはその人間が仮面を持っているのかどうかを判別できる能力が、個人差はあれ備わっている」

 その言葉に倣い、試しに私は輪廻さんを凝視してみる。

 美人。それ以外の情報はない。

「私には分かりませんけど」

 経験がないからね。

 肩をすくめる輪廻さん。自身の目を指差し、私にアドバイスをよこす。

「舞踏荘に住んでしばらくすれば、特別な訓練をしなくとも目が慣れてくる。ということは、慧ちゃんの身近には仮面を持っている人がいなかったとも言えるね」

 そもそも私の周りには人がいませんでしたから。

「ほかに仮面を持つ人の特徴か……」

 右手で顎をなぞりながら、輪廻さんは探り探り言葉を引く。

「あとは、その仮面によって出てきた能力が自分の体に染み込んでしまうってパターンも、ないではないかな。現に百華は、仮面をつけていなくてもその人に降りかかる死の未来が匂いとなってわかるからね。精度は低いらしいけど」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 すっかり話が発展してしまったせいで訊くチャンスを逃していたが、私はあえて会話の流れを叩き切る。

「どうしたんだい」

 不思議がる輪廻さんに、私は一言。「そもそも、仮面ってなんですか」

「そういえばそこを話していなかったか」

 しまったな。

 そう言いたげな顔をしながらも、輪廻さんは口を開く。

「仮面とは」

 何か重大な発表をする教授のように改まった口調で、輪廻さんは切り出す。

「いわば心が結晶になったようなものだと思えばいい。自分の願いや望みが、仮面という形になってこの世界に顕現するんだ。その仮面をつけると、仮面の元ネタとなった願いに準じた超能力みたいなものが使えるようになる。それを私たちは、仮面と呼んでいるんだ」

「そんな話……」

 信じられるわけないじゃないですか。と言ってやりたい気持ちは山々だったが、しかし私は現実に端役も見たし、その端役を仮面の力で倒したシーンも残念ながら目の当たりにしている。

「つまり、私にもその仮面? が、あるって言うんですか」

「あるね」

 断言された。あまりにも自信が溢れた語調だったせいか、私はわずかに鼻白む。

「多分その気になれば仮面も出るんじゃないかな。私の建てた仮説によれば、仮面はそれぞれ引き合ったり影響し合ったりする性質がある。だから、慧ちゃんの周りで複数人が一斉に仮面を出したりすれば、きっと完全に顕現させることはできなくともその片鱗をのぞかせるくらいは出来ると思うよ」

 そこで、私は根本的な問題に気付いた。

「だいたい、なんで仮面を持っている人同士で集まる必要があるんですか? 別に仮面は生活上なくてもいいものなら触れずにそっとしておくだけでいいのに、わざわざ出したがる理由がわかりません」

「いい指摘だね。答えがいがあって楽しいよ」

 輪廻さんは嬉しそうだ。いつの間にかCDトラックはすべて再生し終わったらしく、次なるディスクを差し込んで音楽を再生する。今度は、日本人歌手によるものだ。

「確かに仮面はない方がいいのかもしれないけど、時と場合によっては仮面による面倒を回避できないという時もある。タンポポはそれが顕著で、怒ってタガが振り切れると本人の意思に沿わずに仮面が出てきて暴れまわる。これはタンポポだけに限った話ではないが、仮面を持っている人間全員に当てはまる可能性といってもいいかな」

 人差し指でハンドルをこんこんと叩きながら、言葉を慎重に選んでいる。

「じゃあ逆に訊こう。君がもし車に乗ったとして、細心の注意を払いながら運転しているからといって保険に入らないなんてことはないだろう」

「たしかにそうですけど」

 合っているようで合っていないように思える理屈に、輪廻さんは説明を乗せる。

「それに、同じような境遇やシチュエーションに身をおいている人間同士が同じ場所に会しているというのは心強い。なおかつ情報や近い状態の人どうしでやりとりできるというのは生きていく上で非常に大きな強みになる。万が一暴走しても、同じくらいに強い人間が何人もいれば止めてあげられるしね」

 でも、

 輪廻さんは逆説を繋げる。

「私も学者みたいに本格的な調査をしているわけでもないから仮面に関するデータは全部仮説の域を出ない憶測だから、あくまで参考資料みたいなものだね。ほかに、なにか訊きたいことは?」

「他に……ですか」

 仮面のことと関係ないのであれば、いくらでもある。

「今日布団に百華が潜っていたんですが、あれはなんでですか?」

「通過儀礼みたいなものかな。新入りがくると、先に住んでいる人間が新顔の布団へ潜り込むのが伝統とかしているからね。それによって、ちょっとだけ距離が近くなる」

「待ってください」

 私は慌てて止める。「もし男の人が新しく入ってきたならどうするんですか。百華は小さくても女の子ですよ」

 こんなことを言いたくはないが、百華くらいの幼女がストライクゾーンだと言い張る人間も、ゼロとは言えない。百者百様の性癖がある昨今、百華みたいな幼女が好きな男が来たらどうするつもりなのだろう。

 私の焦りに輪廻さんは構わず、さらっと返す。

「男の場合はタンポポを布団に送り込むさ。過去に二度、タンポポは男の布団に潜り込んでいる」

「それなら安心……していいんですかね」

「さあね。ただ、しばらくの間タンポポはホモ扱いされていたとだけ言っておこうかな」

 私も百華みたいな女の子が布団にいたからあまりびっくりしなかったものの、輪廻さんみたいな年齢の人が布団に入っていたとなったら驚くに決まっている。そして、しばらくは同性愛者なのかと疑ってしまうのも致し方ない。

「あいつの名誉のために言っておくけど」

 輪廻さんは補助する。「タンポポはホモじゃないよ」

 それを聞いて安心した。私はほっと胸をなでおろす。そのタイミングで曲が切り替わり、昨今脂あぶらがふんだんに載っている女性シンガーが愛しくて大激震している。そのさまを右耳から左耳に通過させて、私はいくつか残っている疑問を切り崩す。

「皆さん仕事は何かしてらっしゃるんですか?」

「私は週に三日か四日くらいバーテンをしている」

「その服はバーテンの制服なんですか?」

「いや、これは個人的な気付きつけだね。気合を入れたいときに着る服さ」

 勝負服といったところだろうか。

「他の人は……」

「タンポポは何でも屋に近いことをしているよ。何でもやっている。それと仮面に理解を示す少数の警察官から端役の情報をもらい、金銭と引き換えに倒す仕事かな」

「警察の人と知り合うんですか」

「向こうとしても面倒な仕事を増やしたくないからね。お金で解決できるなら、そっちの方がいいに決まっている」

 二人の仕事はわかったし、百華はあの年齢だから仕事は無理だろう。

 残るはあと一人。

「龍馬は仕事してないよ」

 私の心を読んだかのように先制してくる輪廻さんに、私は言葉を詰まらせる。「代わりに、龍馬は舞踏荘の家事を八割任せている」

 流石に洗濯は私がしているよ。下着があるからね。

 おどけて話す輪廻さんに、私もつられて笑う。

「尤も、私にはもう一つ仕事があるんだけどね」

 含蓄のある言葉に、私は首をひねる。

「おいで。来たらわかる」

 宣言すると同時に、車の足取りが鈍くなる。輪廻さんが鍵を引き抜く。馬が走った余韻で息を荒げるように、車体がかすかに揺れた。車はいつの間にか、街まで繰り出している。


今回はちょっと奮発して4000文字以上の更新です。と、言うよりいい感じの切れ目がなかっただけです、ごめんなさい。明日もしっかり更新できるよう頑張ります。

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