行こうか
こんこんと木を叩く音がして、私は薄く瞼を上げる。眼球を動かせて腕時計を見れば十時すぎ。昼寝といえばいいのか朝寝といえばいいのか、とにかく寝てしまっていたようだ。うつ伏せから仰向けに切り替え、途中に視界の端で輪廻さんを捉える。どうやら先ほどのノック音は、彼女の右手から発せられたようだ。
私は上体を起こし、あくびを食む。
「どうかしましたか?」
輪廻さんは意味ありげな目線を私によこし、小さなビニール袋を私によこす。
「これを、龍馬のところまで持って行ってくれ」
「はあ」
要はパシリなのだろうか。しかし舞踏荘内に住んでいるのなら互いの部屋を行き来する時間なんてたかが知れているし、億劫だけが理由ではないように思える。ともあれ、特別なにかしなければならないこともなく、私は素直にその袋を受け取った。中には、何やら正方形のプラスチックケースが入っている。縦も横もそれぞれ八センチくらいの、CDか何かを入れるような入れ物だ。
「じゃあ、頼むよ」
私に荷物を託した輪廻さんは素早く体を翻し、リズミカルに階段を下っていく。彼女を見送った私は、ついでに部屋を出る。忘れないうちに、届けておこう。
スリッパを鳴らして一分足らず。私は龍馬さんのドアを前に立ち止まっていた。ドアには誰の部屋かを識別できるステッカーがあるため間違いではないのだが、問題はそこではない。
自慢ではないが、私はあまり人に慣れている人種ではない。話を振られれば受け答えもできるし俗に呼ばれるコミュ障でもないのだが、何を話していいのかよくわからないという理由で困ることがある。特に中学時代はそれが顕著で、同年代の女子との会話に結構苦労した。最初の一言が、なかなか見つからない。今回も類には漏れず、どうやってこのドアを開けさせようかと悩んでいる。
「普通にノックでいいかな」
輪廻さんもしてたし、不自然ではないだろう。まあ、輪廻さんだから嫌味なくしっくりきていたって可能性もあるが、触れないことにする。
日和見をしつつ、私は右腕を伸ばす。右手を軽く握って、何気ないふうにノックを――
する前に、ドアが開いた。中からは龍馬さん。外の気配を感じとってわざわざで迎えに来てくれたのだろうか。
「なに?」
私の身長は百五十五センチ。二十五センチ以上の高みからは、何を言われても威圧的に感じてしまうのは仕方のないことだろう。私は怖気つかないよう気を配りながら、そっとビニール袋を差し出す。
「龍馬さんに渡せと言われたので……」
今まで生きているのか死んでいるのかすらよくわからない龍馬さんが、いきなり捕食者の動きになった。私の手元からビニール袋を素早く抜き去り、舞うように部屋の奥へと戻っていく。一体なんだったのだろう。
私はそっと龍馬さんの部屋に入り込む。マナー違反かもしれないけど、あのケースの中身が気になって仕方がない。カーテンがしっかりと締め切られ、部屋の中は薄暗い。
部屋の隅に鎮座するテレビの前で、龍馬さんが落ち着き無い動きで開封する。そしてそのまま、内容物を何かの機会に押し込んだ。それに反応して、テレビの画面が変わった。そして何やら、甲冑を纏った兵士が画面上を乱舞している。なるほど。あれはゲームソフトだったのか。
最初はオープニングムービーらしく、龍馬さんは食い入って画面を見つめている。しかし肩だけはそわそわと動かせており、内心はしゃいでいるのは一目瞭然だ。私は邪魔にならない程度に、龍馬さんから少し離れた右隣に腰を下ろす。するとどこからやってきたのか、百華が私の隣に寝転ぶ。その様子は、少し人馴れした野生動物にも見えなくない。
正座して見ていた私の膝の上に百華が頭を載せて、そのまま目を閉じた。どうすればようわからない私はとりあえず幼女のお腹をなでておくことにした。私の右手を百華にキャッチされ、私の右手は封じられた。私の脚部に頭を擦り付け、百華は匂いをつけるようにゴロゴロ寝転がる。
やることもない私は、ただ龍馬さんのプレイングを見る。ガチャガチャとコントローラーを鳴らす龍馬さんの顔は依然として前髪に隠されているのだけれど、非常に楽しんでいるのがよくわかる。龍馬さんは顔ではなく、それ以外の部分で感情が溢れ出る人のようだ。
十分くらいゲーム鑑賞をした後、ノック音が私の脳を小突く。振り向いてみれば、朝方のラフな服とは違いスーツという少々お堅い装いになっている。
「行こうか」
「どこへですか」
「行けばわかるよ」
はあ。
なんとも要領を得ない答えだ。だが、今の私になにか予定があるかと訊かれたらない。強いて言うならダンボールに入ったままの荷物を出して整理する作業が残されているがそれもしたくないし、暇といえば暇だ。
私は百華を起こさないようにゆっくりと頭を持ち上げ、そっと畳へ下ろした。
なんとかギリのギリで更新できました。こんばんは。正直内心超焦ってます。
でもまあ更新できたので、結果よければなんとやらってことにしておこうかと思います。本当はもっと気の利いたことを言いたいのですが、勉強が足りないせいで月並みなことしか言えません。もっと勉強しますorz