最終章・舞踏荘へようこそ
『次のニュースです。町はずれの廃工場が突如爆発した先日の事故ですが……』
しっかりと清楚な服装を心掛けているであろうキャスターが、淡々とニュースを読み上げている。一見すれば生真面目に仕事と向き合っているような彼女でも、きっと本心までそうであるとは限るまい。きっと頭の中では仕事終わりに待ち受けている合コンなる一大イベントに備え、下着の色でも吟味しているはずだ。私がこんなに薄汚い考えを抱いているのは、紛れもない嫉妬のたまものである。
五メートル近い端役と舞踏壮メンバーが大暴れしたちょっとした珍事は、街の与太話のネタとしては最適だったらしい。今では学び舎であるはずの高校でさえ、謎の組織が新薬の開発に失敗して爆発が起きたとか、ギャングが新型爆弾の実験に人のいない廃工場で試みたとか、とにかく根も葉もない内容だ。実際に暴れまわった私たちの立場から言わせてもらえるなら、丁度いいカモフラージュになってありがたいことではあるけど、この噂がさらに膨張して途方もない話にまで発展した時のことを考えると胃が痛い。ラジオ局とオーソン・ウェルズによる、火星人襲来事件の二の舞にならないことを切に祈る次第だ。
テレビの電源を落とし、私は深くため息をつく。いつもならいるはずの二人が広間に顔を出していないのは、何か用事でもあるのだろうか。
ぼんやりと考える私の耳に、ハスキーな声が届く。
「ご飯ができたから、手伝ってくれないかな」
輪廻さんだ。はあいと返事を投げて、私は腰を浮かせた。
昼食はカレーらしい。私の肺を押し広げるように食欲をそそる匂いが、厨房いっぱいに満ちている。百華もカレーが楽しみなのだろう、背伸びをして鍋の中身を覗き込もうと必死に頑張っている。そんな幼女を、エプロン姿の龍馬さんがひょいと抱き上げる。この二人は、なんだか年の離れた兄弟みたいに見えて微笑ましい。
「あの二人は?」
私の疑問に、輪廻さんが含みを持たせた笑みで手をこまねく。連れて行かれた先は、庭先。そこでは二人が、がっしりと取っ組み合っていた。大掃除を輪廻さんから命じられていたはずなのに、この二人は何をやっているのだろうか。
「お前いつの間にあんな置物買ったんだよ。俺は聞いてないぞ!」
幸四郎の憤怒に、タンポポが真正面から立ちはだかる。
「あったほうがご利益あるっぽいじゃねえかよ。狸の物置ひとつでそこまで怒るもんじゃねえだろ」
「そういう問題じゃねえんだよ。もっと置くところにこだわれっていうんだよ俺は、わかるか」
「知るか! 俺にとってはあの場所がベストなプレイスなんだよ!」
互いに頭をぶつけ合いながら威嚇するさまを見て、私は真っ先にパキケファロサウルスを思い出した。私はあきれ果てる。
「何をやっているんですか、あの二人は」
「幸四郎がいない間にタンポポが買った置物が気に食わなかったみたいだね。まあ、十年くらい昔の舞踏壮ではよくある光景だったし、幸四郎が帰ってきたからこの手の喧嘩は以降絶えないだろうね」
あの二人は放っておいて、先に食べようか。
輪廻さんの魅力的な提案に、私は首肯で乗っかる。素早く厨房へ戻り、盛り付けを済ませる。お決まりのちゃぶ台で私たちが座ったタイミングを見計らって、二人がのろのろと広間に帰ってきた。カレーの匂いにつられたらしく、二人とも腹を押さえている。それを見越していたように、龍馬さんが二人分のカレーを持ってきた。彼は、きっといい主夫になる。私は直感した。
「じゃあ、いただきま――」
「待て!」
タンポポの音頭を幸四郎が遮る。訝しむタンポポへ、幸四郎は指を突き付けた。「スプーンの大きさがみんな違うってどういうことだ」
「どうでもいいだろ」
「いいわけあるか!」
そんなに大ざっぱだからお前は――と、幸四郎が烈火のごとくタンポポに説教を浴びせる。やがてタンポポも反撃を始めるように幸四郎へ飛びかかった。第二ラウンド開始を悟った私たち四人は、各々の食事を片手に広間を飛び出した。
「あいつらはバカの極みか」
げんなりする龍馬さんの肩に、輪廻さんが手を添える。「これからは、これが日常化すると思っておいたほうが賢明だね」
龍馬さんはぐったりと壁にもたれかかる。輪廻さんはほほ笑みながら、切り出した。
「せっかく晴れて暖かいんだ。外でキャンプの気分さながらカレーも、オツじゃないかな」
「いいですね、それ」
私は賛成する。意味が分かっていない百華も後ろに引き連れ、スリッパに足を差し込む。後ろでは野郎二人の泥臭い奮闘音と、龍馬さんの胃痛を顕著に示す足音がひたひたと響く。
「これから、もっと騒がしくなるよ」
私は苦笑する。「それも、なかなかオツじゃないですか」
輪廻さんが、一瞬だけきょとんとする。しかし刹那秒後には顔をほころばせる。「そうだね、そのポジティブさで行こうか」
外に出る。暖かい風が、私の頬を緩やかになぞった。後ろではまだ、二人が醜く争っている。
深呼吸を一つ。私はつぶやいた。「こういうのも、悪くないかな」
この広いどこかでちっぽけな人が一つの元民宿に集って、泣いて笑って怒ってを繰り返す。右へ左へをふらふら無軌道に繰り返しながら、それでも私たちは生きていく。
これは、そんな物語だ。
了
くぅ~疲れましたw ごめんなさい。一度やってみたかったんです。真面目にします。
さておき、『舞踏荘へようこそ』はいかがでしたか? 本編中で、みなさんのお気に入りがひとりでもいればこれに勝る喜びはございません。この作品は十一月末締切の新人賞に送るのでそう遠くない未来に消しちゃいますが、多分またここに戻ってくると思います。
諸事情で一度お蔵入りにしていた作品だった分、どんな形でも完結まで持ち込めたことに何か色々沸き上がります。僕の中で、やっと節目が付いた気分です。
ちょっと長くなってしまいましたがここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。また別の作品で会えることを、楽しみにしております。
では!