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     六人

 腕を振る。地面に何かを全力でぶん投げるように、タンポポが幸四郎の頭を地面に叩きつけた。鉄球でも落としたかのような音の後に、思い出したような緩慢さで幸四郎の腕と足が床に落ちる。勝敗は、たった一瞬で決まった。

 後頭部を床にめり込ませている幸四郎に、タンポポが微笑む。

「傷つけば傷つくほどパワーが上がる俺の能力、まさか忘れたってんじゃねえだろうな」

 しししと笑うタンポポに、幸四郎はざらざらとした声で返す。

「忘れてたわけ無いだろ」

「じゃあ一撃で殺せばよかったじゃねえか。ナイフを頭に刺したり」

「いんや」

 幸四郎は寝返りを打つ。あの一撃を受けておきながら未だに動けるということが、私からすれば信じがたい。「そんな気分じゃなかった」

「なんだよその理屈」

 おかしそうに笑うタンポポに、幸四郎が言葉を突きつける。

「何もかも、俺にはなくなった。小春を生き返らせるための力も、お前を殺すための体力も、全部だ」

 深い溜息を吐いた幸四郎に、タンポポは腹の底から笑いを飛ばす。

「じゃあなおさら、舞踏荘に戻ってこいよ」

「俺が一体、今更どんな顔してあそこに戻れって言うんだ。勝手に舞踏荘を飛び出してだんまりを決め込んだ挙句、俺はお前ん所の女の子を、全く別の人間にしようとしたんだぞ」

 幸四郎と目が合う。彼の目は疲れていた。もうこのまま放っておいてくれと、目に書いているような気すらした。

「だったら俺が一緒に謝ってやる。慧に向かって、二人で土下座しようぜ。多分お前が勝手に出て行ったことを輪廻は怒ってるから、罰ゲームの大掃除だって一緒にやってやるよ」

 少年の笑をこぼすタンポポに、幸四郎はわざとらしい溜息を返す。

「お前の何も考えてないような物言いは、相変わらずなんだな」

「それが俺の取り柄だからな」

 恥じることなく、誇らしげにタンポポが首肯する。タンポポの手を苦笑混じりの幸四郎が掴んだ瞬間、世界が大きく湾曲する。輪廻さんの能力が、解けたのだ。

「輪廻、わざわざありがと――」

 タンポポ、幸四郎、そして私が絶句する。私たちが転送される前の世界では、私の記憶が正しかったらという前提込みの話になるのだけれど百華、龍馬さん、輪廻さんに加え端役が二体。確かそんなような気がする。しかし今はどうだろう。端役の一体が姿を消して、代わりに今まで見たことのない規模を誇る端役がいた。これは獣というより、もはや二足で地に立つ竜に近いだろう。推定五メートル以上の巨体に鰐の顔。ご丁寧に、尻尾までついている。しかし腕は人間の原型をとどめたデザインをしているあたり、心底悪趣味だと思った。

「俺達のいない数分で、一体何があったんだよこれ」

 さすがのタンポポも、口の端を痙攣させている。きっとこのような状態に前例がないのだろう、輪廻さんの声も震えていた。

「端役の一体が、片方の端役を食った。で、今みたいになった」

 タンポポが絶句する。「なんじゃそりゃ。もう少しわかりやすい説明してくれ。お前説明得意だろ。高校の時の国語だって内申点五だったじゃねえか」

「そんなこと言われても実際に食ったらああなったんだ。文句は私ではなくあの端役に言ってくれ」

 輪廻さんの切羽詰った弁解を、端役の豪腕が打ち砕いた。大きく薙ぐようにひと振りするだけで、風とも衝撃波ともつかないエネルギーで床がまくり上がる。私の体が床から離れる。視界の端では百華が龍馬さんを引っ張り、私は輪廻さんに迫っていた床の塊を必死に止めた。衝撃で吹き飛ばされた私たちは、人形のように床を転がる。

「訳がわからん」

 龍馬さんが愚痴をこぼす。私も、その言葉には全面的に同意せざるを得ない。この端役は、パワーの桁を二つくらい間違えているに違いない。

 勝利の咆哮を天に掲げる端役を見据えながら、幸四郎が起き上がる。どこかを強打したらしく、腕をさすっていた。

「おいタンポポ」

「どした」

 タンポポもゆっくりと胡座をかく。勝ち筋が浮かばないらしく、顔からは呆れが滲んでいる。

「体力は余ってるか?」

「お前を一発ぶん殴るのでこちとらすっからかんだよ」

「全力のパンチは、あと何回できる」

「うまくいってあと一回だろうな」

「そうか」

 噛み締めるように呟き、幸四郎が右手を挙げる。何をするのかと思った私の思考を置き去りにするかの如く、強烈な張り手をタンポポの背中にぶちまけた。ばしんと空気を緊張させる音と共に、タンポポの背筋が一気に伸びる。

「じゃあ、俺の残り体力をくれてやる。搾りカス程度だけど、少し動くだけの力はあるはずだ」

 幸四郎の手に、黄金色の輪郭が宿る。光が消えると同時に、タンポポがゆっくりと立ち上がった。

「いけそうか?」

「おかげさまで」

 幸四郎が床へ倒れこむ。大きな寝息を立てて、その場でノックアウトしてしまった。すべてを、とりあえずタンポポに預けたといったところだろうか。

 タンポポが構える。そのポーズはもはやお決まりと化している、変身ヒーローの代名詞だ。

「仲間から力もらったんだ。撤退はねえ」

 タンポポの一歩。端役の絶叫で大気が騒ぐ。冷水を浴びたかのように肌が引き締まる。怪物が大きく拳を振り上げ、叩き付ける。野太い風切り音の直後、タンポポが片手で受け止めた。端役の一振りで風が巻き起こり、私の前髪が乱暴にしなる。不覚にも、両腕で顔をかばう。

 おおよそ人とは呼べない生命体であるはずの端役が怯んだ。私の動揺ゆえに起きた錯覚かもしれないが、そう見えた。

 タンポポが頭上の拳を払いのける。

「思ったより、大したことねえなあ」

 タンポポが腰を沈める。右腕を腰だめに構え、大きく引き絞る。

 端役が大口を開ける。タンポポの肉を食いちぎろうと、一気に迫る。

 雷のようなアッパーが、竜の顎を捉えた。真下から唸りを上げる一撃。凶暴な口が強制的に閉ざされ、端役の顔が上向く。鰐顎に右手をめり込ませたままのタンポポが足を延ばす。彼の足元からひびが無尽に走る。

 タンポポの振り上げに伴い、端役の体が上へ。屋根を派手に突き破り、その体を膨張させる。

「粉砕完了」

 宣言と同時に、端役が破裂した。大きな欠片が徐々に綻び、地面に着くころには雪のように細かい粒になっていた。はらはらと降り注ぐ端役の残滓を見上げながら、龍馬さんがしみじみと呟く。

「明日の朝食は、何人分作ればいいかな」

 私は口を半開きにしてぐっすりと眠っている幸四郎をちらりと見て、空を見上げる。

「六人分でしょうね」

 粉砕された天井の穴からは、満月がこちらを覗き込んでいた。


大学を選ぶことって、大学生になっちゃった今言うのもアレですが結構大事ですよね。よく言われる話ですけど人生だなんてセーブもロードもできないゲームですから、ほんとこの世界ってベリーハードですよね。後悔しない選択をしたいものですな

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