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    喧嘩

 歯がゆい想いから身をよじらせる最中、私の指先にプラスチックの無機質が触れる。

「あ」

 不覚にも、間の抜けた声を上げてしまう。日中杏樹と遊んでいた時に拾ったままにしていた、落し物のライターだ。芋虫のように動いた拍子に、ポケットから転がり落ちたらしい。収斂された稲光が、私の脳を刹那に駆ける。

 さらに体を動かせる。手首に縄が食い込んで擦れるような痛みと、鬱血うっけつで手がわずかに膨らんだような錯覚を覚える。そんなことに構っている場合ではない。人差し指と中指でライターをゲットし、器用に転がして向きを調節させる。あまりに目立つ動きをして怪しまれてもいけないため、この気遣いが鬱陶しい。

 ヤスリに親指を引っ掛ける。勘が外れて手を焼くかもしれない。一瞬の迷いはあったものの、食いちぎる。親指を下ろす。拘束が焼けるまで、顔を前に向けた。

 熊の端役が緩慢に機材を持ち上げる。数秒後に起こりうる事態を察した私の背が泡立つ。どう見積もっても、早くが持ち上げた機材は軽そうに見えない。ものづくりに疎い私でも、それが重そうか軽そうか程度は判別つくはずである。まずい。意図せずとも、呟いた。その焦りに急かされたのか、手首に焼けるような痛みが広がる。

「じゃあな。タンポポ」

 幸四郎が指を鳴らす。端役が投げる。それと同時に、縄も焼き切れた。痛がる一瞬すらもったいない私は仮面を創造。目元につけて、持てる限りの力で叫んだ。

「とまれえええええええええええええええええええええええええええええ!」

 空中でピンを刺されたように、機材が紙一重で停止する。あとコンマ数秒でも遅れていたら、間違いなくタンポポはスクラップになっていただろう。見ているこっちが、肝を冷やした。

 幸四郎が私を見る。その顔は、驚きに染まっている。

「どうやって抜けた」

「焼いた」

 さらっと答えた私に、幸四郎が顔をしかめる。仮面越しで正しい表情はわからなかったけど、そんなような気がした。

「確かに」

 タンポポの声が響く。機材の斜線上から逸れるように一歩踏み出し、話し始める。

「小春を殺したのは、紛れもなく俺たちだ。それについては幸四郎、お前の言う通りだ」

 でも。タンポポは続ける。

「それは俺たちが、全てを小春に背負わせたからだ」

 タンポポが、人差し指を天井に向ける。

「だから、俺は同じ間違いを犯さない。みんなで、問題にぶち当たる。ぶっ壊す」

 軋みが、天井から聞こえた気がした。その予感を確信で塗り固めるかのように、天井にひびが走る。

 天井が砕けた。ダイナミックな破壊音と瓦礫――加えていくつかの人影も降ってきた。百華、輪廻さん、龍馬さん、加えて、ひときわ巨大な端役が一匹。そうそうたるメンツに、タンポポの声も引きつった。「こりゃ、なんかよくわからんのもついて来てんな」

「すまん、道中引っかかった!」

「全然問題ねえ。ただ、三分くらいだけちょっと頼むわ」

 落下しながら詫びる輪廻さんに、タンポポは鷹揚な態度で応える。

「幸四郎」

 タンポポの呼びかけに、幸四郎が身構える。

「ちょっくら積もる話でもしようや」

「転送」

 輪廻さんの掛け声が残響して声の尾が引く頃には、私を含めた三人は別の次元に立っていた。百華や端役がいない。

「やっぱり、あいつは気が利くな。お前と話そうにも端役がどうにも邪魔くさかったからな」

 歯を見せて笑うタンポポに、幸四郎が肉薄する。

「笑うな!」

 幸四郎の一発を、タンポポは見事に受け止める。

「俺だって、小春のことを忘れた日なんてねえんだよ。もっと強かったら、もっと小春の闇により添えていたら。そんな後悔ばっかだよ」

 幸四郎の手を振り払い、タンポポは言葉をぶつける。

「だから俺は、舞踏荘を守ろうって決めた。舞踏荘にいる仲間と、あいつの残した想いを守るってあの日決めたんだ」

 初めて、タンポポが攻勢に出た。腕を振るい、拳が幸四郎の髪をかすめる。泡を食った幸四郎が、細かいバックステップを刻んで距離を取る。

「そのためには幸四郎、お前の存在も不可欠だ。小春が大切にしていた舞踏荘をさらに楽しく、仮面持ちにとって素敵な場所にするには、お前がいなきゃ始まらない」

 タンポポが構える。

「だから俺は、お前がどれだけ反対しようが嫌がろうが舞踏荘へ連れて帰る。せっかくお前がこの街に戻ってきたんだ。俺は俺のためにお前を引きずってでも迎えてやる」

「勝手に決めるな」

 唾棄しながら、幸四郎が吐く。「これで殺してやる」

 小四郎が一歩踏みしめた。刹那、銃弾のように加速した幸四郎は一瞬でタンポポに詰め寄る。タンポポが腕を引くより早く、幸四郎の肘が右頬に突き刺さる。タンポポの上半身が大きく仰け反るものの、後退はない。伸ばした右腕で、幸四郎の顔面を捉える。

「ちっとばかし痛むぞ」

 誰に断るでもなく漏らしたタンポポが、上体をバネじかけの如き俊敏さで巻き戻す。腹筋の力を十二分に活かしたまま半身を前へ。ぐっと、幸四郎の足が膝を境に折れる。純粋な力で、タンポポが幸四郎を圧した。


今日はラーメン食べました。美味しかったです。ラーメン美味しいですよね。いつか物書きの人たち同士でラーメンオフとかやってみたいです

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