朝食
二十五畳くらいの大部屋に着いた私を待っていたのは、出来立ての味噌汁と白米、プラス漬物だった。別に朝食がそこにあったと知っていたわけではなく、朝食特有のいい匂いがしたためだ。おぼつかない私のつま先が、無意識下で食べ物を求めてしまっていたらしい。
足の裏を畳に擦るように前進し、腰を下ろす。目の前の机は今時なんとちゃぶ台。円形で、なんとも古めかしい造りだ。
私より早く幼女こと百華、輪廻さんと荘長が座っていた。私が座るのをしっかり見届けて、荘長は声を張り上げる。一体どこにそんな活力があるのか、私には不思議で堪らない。
「じゃあ、飯の前に改めて軽く紹介しておこう。ウチには、もう一人いるからな!」
もうひとり住人がいるのか。私がそう思うと同時に、出入口から人影が朝食の場へぬるりと入り込む。まるで影が立体化したように、目立たない男だ。
身長はこの場にいる誰よりも高いのでだいたい百八十センチ強。華奢な体つきは、上下とも黒でコーディネイトされているジャージ越しでも十二分に察せた。
その男は私の右隣に座り、黙り込む。前髪が顔を完全に隠しているせいか、全体的な雰囲気が薄暗く何を考えているのかわかりにくい。彼に関する第一印象は、柳みたいな人だと思った。丑三つ時に風に揺られる柳も、きっとこんな趣なのだろう。丑三つ時に風で揺れる柳なんて見たことがないため、言っていることはほぼイメージなのだが。
「俺の名前は師走タンポポ、気軽にタンポポって呼んでくれ。今は荘長だ」
親指で力強く自分を指す荘長――以降タンポポと呼ぼう。本人もそう言っているのだから、躊躇う必要はない。
継いで、左隣の輪廻さんが口を開く。どうやらトランプ等にありがちな時計回りで自己紹介は進行されるらしく、その流れで行くなら私がトリだ。保身のために言っておくと、私は一発芸なんてできないし気の利いたことも言えない。
「桐生輪廻。好きなように呼んでくれていいよ。洗濯担当だ」
次は幼女。幼児特有の無邪気な声だ。
「花村百華!」
以降何か言う気もないのだろう。自分の名前を言ったきり、幼女は味噌汁の器をじっと凝視している。その姿を見かね、輪廻さんが「百華と呼んであげてくれ」と補足する。私は、苦笑混じりに頷いた。
そして柳に似た幽玄な男。誰とも目を合わせることもなく、下を向いて呟く。声は小さいものの聴きやすく、聞き取るための苦労は少ない。
「武田龍馬。料理と菜園担当」
「飯はいつも龍馬が作ってくれるからな。これがまた美味いんだよ」
しみじみと頷くタンポポ。そして最後は、私だ。
「朝倉慧。好きなように呼んでください」
無難な挨拶を終えて、私は会釈。そのさまにタンポポは満足したのか、勢いよく手を合わせた。その光景が、なんとも私の違和感を誘う。
「よし、じゃあ仲良く食うぞ! いただきます!」
てんでバラバラなコールを済ませ、私は味噌汁のお椀に口を付ける。じんわりと、舌の上に味噌の甘みと温かさが広がる。
「美味しい」
今まで飲んだ味噌汁よりも、はるかに美味しい。もっとも、私の覚えている範囲で作ったばかりの味噌汁を飲んだ記憶はもう数年前なので厳密な比較はできないけどそれでも、十分美味しかった。何より、手をかけられているのが一介の小娘である私にだってよくわかる。それによって、抱えていた違和感も霧散する。
「良かったな龍馬。美味いってさ」
輪廻さんのパスに、龍馬さんは僅かに首を縦に。なんとも思っていないかのように見えたが、微かに左の口角が上がっている。物静かだから感情がないというわけではないようだ。しっかりと、細部に感情の片鱗が浮き出ている。
食卓全体を見回してみると、なかなか面白い。人の関係性が浮かんで見えるからだ。
まずは百華が口元にご飯粒をつけたまま席を立とうとするので、龍馬さんが引き止め淡々とお米を取ってあげる。それを見ながら輪廻さんは空いている食器を仕分けし、要領よく片付けやすいように準備を整える。そしてタンポポが大きな声で食事の時間を締めて、みんなで仲良く片付け。ただの下宿先には不釣り合いな広さを誇る厨房に食器を投入し、私は自室へ戻る。
膨れた腹を撫でながら寝転び、ダンボールを見る。これは叔父が事前にここへ送ってくれていたものらしく、暗にもうあの家に戻ってくるなと言われているような気さえしたし、実際心の中ではそう思っているだろう。だから私はその思いを汲んで、もう戻るつもりもない。
送られてきていた荷物を片付けようかどうか悩んでいるさなかに、私は食事中に引っかかっていた違和感の正体に気づいた。
そういえば――
「みんな同じタイミングでご飯なんて食べたのなんて、いつぶりだったかな」
いつも私は一人で食べていた気がする。同居していた叔母に作ってもらってはいたものの、作り置きしてもらっていたのを私は自分のペースで好きなタイミングでレンジへ放り込んで食べていたため、思えば仲良く朝食を食べることなんて数えることくらいしかなかったといっても過言ではないだろう。その不慣れさが、食べ始める直前に感じた違和だ。
「なんであんなに美味しかったんだろ」
ぼんやりと考える。別に特別超一流の材料を使っているようには思えない。それなのに、何故美味しかったのだろうか。言い換えると、なんで美味しいと思えたんだろう。
二分ほど考えたが有益な答えは見つからず、私の意識は睡魔の沼へと落ちていった。
毎度、ここに何を書こうか悩みます。なくても問題はないんですけど、ないとそれはそれでもの寂しいかなとついつい考えてしまいます。ともあれ、今日も更新できて内心ホッとしております。毎回読んでいただける方にも一見さんにも楽しんでいただけるように、後書きの充実をさせたいです。それだけでも面白いぜ! みたいな。