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     シャッター

 深夜の商店街を、ひとり気ままに歩く。両サイドのシャッターが下りきった街を歩いていると、まるでどこか違う世界に迷い込んだのではないかという不安に駆られる反面、新しい世界にいるのだと錯覚して興奮してしまう。どの家にいた時も門限なんてなかったから、私はこうやって夜に外へ出ては薄暗闇を歩いて遊んでいた。今思えば、よく不審者に襲われなかったものだと、つくづく感心する。

 私は日中を思い出す。感情の抑えがきかず、まるで火事のようだった。心が次から次へと燃え広がり、気がついたときにはもうけたたましい感情に囲まれている。思い出せば思い出すほど、あの時の私は私じゃない誰かなのかと思えてしまうほどだ。

 私は肺の空気を一滴残さず搾り出す。輪廻さんから忠告をもらって間もないのにあの体たらくをしてしまった自分に、落胆すら覚える。小石を蹴る。からからと嘲笑するような音が、商店街内で響く。私の空っぽの頭の中で、からからが響く。小石を蹴ったところで、気分はもちろん晴れなかった。

「どこ泊まろうかな」

 私は漏らす。いざとなれば適当なビジネスホテルに泊まればいいし、それを実現できる程度のお金なら手元にある。しかし今布団に潜ったところでこの燻った思いが快晴のごとく打ち払われるわけでもないことは目に見えているので、ビジネスホテルに入ることもためらってしまう。歩こう。理由はないけど、今の私にはそれしかできない。もう一度、小石を蹴った。思いのほか遠くへ行ってしまった小石を小走りで追いかけるさなか、薄闇を引き裂く悲鳴がシャッター街に響いた。反射的に首が動く。つま先も、悲鳴の方角へ向く。

 十秒ほど走って角を曲がる。いた。女性と、端役だ。きっと残業から帰る途中だったのだろう。小奇麗なスーツに身を包んだOL女性が、腰を抜かしていた。私は反射的に眼鏡を外し、仮面を顕現させる。駆け寄って、女性を立たせた。

「逃げて」

 可哀想なくらいに首を小刻みに振る女性。あたふたとヒールを鳴らして、角を曲がる。それを横目で見届けて、私は端役と対峙する。両膝を曲げて、いつでも戦える姿勢をとる。

 沈黙が降りた。端役が動かない。熊の姿を模した真っ白い端役は、ピクリとも動かない。

 私は思わず、頭上に疑問符を浮かべた。私が今まで見てきた端役とは、大きく異なっている。少なくとも、電池が切れた玩具のように、ただそこに鎮座しているような存在ではなかったはずだ。私の勝手なイメージでは、見境なく暴れ狂うイメージだった。彼らの中でも個体差というものが存在するのか、この端役は、やけに静かだ。

 私は首をかしげる。その動きに倣って、端役も首を動かした。正確には、やや俯きがちになって私の顔をしっかり見ようとしたらしい。

 目があった瞬間、端役の腕が動いた。思い切り不意を突かれた私は、両腕で受け止める。一瞬だけ両足で踏ん張ったものの、力負けした。腕に重い衝撃が走って、私は後ろへ吹き飛ばされた。空中で身体を器用に回転させて、なんとか両足で着地。一息ついた瞬間には、熊が目前。迫ってきた腕を、私は必死によける。

 おかしい。体にしがみつく違和感に、私は焦る。

 体が重い。仮面を着けているから着けていない時と比べれば動きは冴えているものの、いつもより体の動きが悪い。自分の意識がはっきりしていないというより、うまくエンジンがかからない車に乗っているような気分だ。戦おうと思っている反面、意識が様々なことにジャミングされて私の感覚を妨げる。

 不調に対する難癖を付ける一瞬を狙われた。熊の拳が、私の腹にめり込む。唾液が飛び散り、私の視界が一瞬かすれた。声が出ない。地面を転がる。仮面が、私の顔から外れる。いつもなら絶対に取れないはずの仮面が、どうして今日に限って自分から剥がれるのだろう。湧き起こる嘔吐感を無理やり飲み込む。喉の奥が酸味で無理やり犯された。冷や汗が滲む。呻こうにも声らしい声が作用せず、苦痛に喘ぐことしかできない。

 歯を食いしばる力も、顎から霧散する。腹を押さえる腕の力も緩み、私の意識は一瞬で黒に塗りつぶされた。


そういえば先日、塾の生徒である小学生から「償いってどういう意味?」と訊かれ、回答に詰まってしまいました。普段使っている言葉も、誰にでもわかるように説明って実はすごく難しいですよね

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