家出
私は、そっと舞踏荘を出る。輪廻さんやタンポポが起きていないことを信じつつ、こっそりと靴を履いた。
私がショッピングモールで暴走をした日の夜。輪廻さんからは何も言われなかった。てっきり滝のような説教をされるものかと思ったのに、予想に反して何一つ触れられなかった。代わりに、彼女の肩からはどこか落胆した空気すらあった。そんな空気に耐え切れず、私は舞踏荘を飛び出した次第だ。完全に家出するのかどうかはわからないけど、それでも、今の舞踏荘はいるだけで息苦しい。輪廻さんに対しても、申し訳が立たず気まずい。全部、私の事情だ。
ちょっとしたお金を入れた財布をポケットに詰めて、私はつま先で地面を叩く。少なくとも今日は、どこか違うところで寝たかった。杏樹はもう家に帰ることができたそうだし、迷惑なことは承知だけどいざとなれば川瀬家で泊めてもらうのも、可能性としては考えておこう。
寝床について思案しながら歩く中、十メートルくらい前方に誰かが立っていた。目を凝らすとわかる。龍馬さんだ。背中に、健やかな寝息を立てている百華を背負っている。
「ここ、出てくの?」
龍馬さんの単刀直入な質問に、私は一瞬喉を詰まらせる。
「ええ、まあ」
曖昧な返事をする私に、龍馬さんは何も言わない。引き止めることも、じゃあ出て行けとなじることもしない。百華を背負い直した龍馬さんは、のろのろと舞踏荘へ足を向ける。
すれ違いざまに、彼が踵を返す。
「一応、朝食は五人分作っておくから」
言いたいことはそれだけだったらしく、龍馬さんは寝ぼけている百華を背負ったまま舞踏荘へと消えていった。
またしても日をまたいでしまいました。みなさんも、終電にはお気を付けください。いやマジで