仮面
男が呻く。当たり前だ。痛めつけるために殴っているのだから。これで終わりと思ったら、大間違いも甚だしい。私はさらに殴るため、今度は左手を上げる。
「お前は、どれだけの物を奪えば気が済むんだ! 女の子の未来も、私の友達も!」
一言吐くたびに、一回殴る。男が自分の顔をかばうように両腕を交差させるが、隙間に拳を滑り込ませて殴る。
「返せ! 今まで奪ったもの全部、私に返せ! 杏樹を返せ! 私の友達を返せよ! ありがとうだってまだ言ってないのに、返せ!」
ごん、ごん。と、男の顔を殴るたびに硬いものを床に落とすような音が響く。何回殴ったのか。五十を超えてからは、数えるのをやめた。男は動かない。顔を真っ赤に染めて、私が殴るたびに両手がびくんと跳ねるだけだ。
私は男から離れる。いつの間にか、両手は血まみれになっていた。呼吸もいつの間にか荒れて、肩で息をする。炎の熱が祟ったのだろうか、体中から汗が吹き出している。
呆然と赤に濡れた手を見て、思考が正気に戻る。
「杏樹」
無意識に、彼女の名前が口をついた。
私のせいだ。後悔する。私が、彼女にドーナツを食べさせるよう勧めておけば、二階に来ることなんてなかったし炎に飲み込まれるより早く店から出ることもできたのに。
「――時間を戻そう」
閃く。この世界の時間を戻して、杏樹にドーナツを食べさせよう。それより早くに店から脱出させてもいい。何にしろ、時間さえ戻れば同じ過ちは繰り返さない。なんて妙案だ。私は、自分で自分を賞賛する。やれば出来るじゃないか。
同時に、問題も浮かび上がる。
できるのか?
いや、出来る。確信にも似た何かが私を取り巻く。誰かが、私を突き動かしている。大丈夫。と、私の背中を押す。だって――
私には、仮面があるじゃないか。
私の中に棲みつく何かが、耳元で囁いた気がした。私は頷く。私は時間を止めることができる。少し頑張れば、ちょっとくらい時間を戻すことも無理ではない。なにせ仮面があるのだ。なんだってできるに決まっている。
皆さんには、口癖ってありますか?僕にも多分あります。実際キャラに使うと思うと、なんだかしつこくなってしまいそうで使うのためらっちゃいますよね