憤怒
「杏樹?」
聞きなれた、元気な声が返ってこない。私の耳を、炎の呻きが塗り潰す。
自分の右手を見る。自分が思っている以上に、私の右手は小さかった。
私のせいだ。私は責める。私がもっと、杏樹に変な目で見られることも恐れず仮面を使っていれば逃げ切ることなんて造作もなかったのに。
「あ、」
呻きが漏れる。胸の中を、紅蓮の熱が満たす。顔の表面に、硬い物が張り付く。仮面だ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
心の底に溜まった感情を暴発させる。天を向いて、絶叫する。息が熱い。肺が溶けて消えてしまいそうだ。
殺す。殺してやる。
その思いだけが、私の心を満たす。顔をかばうように両腕を交差させ、私は炎の中へ飛び込んだ。熱さを感じるより早くに、炎の闇から抜け出す。
火炎の奥で、何かが渦巻いている。仮面をつけた輪廻さんやタンポポが近くにいるときと、感覚が似ている。あそこに、この炎を操る人間がいる。私は炎で視界が歪む中、感覚だけを頼りに突き進む。
跳ぶ。火の海から抜け出す。ちょうど、誰かが驚いた様子でこちらを向いていた。骨格からして男だろう。私は自分でも何を言っているのかわからないくらいに興奮しながら、腕を振った。私の右拳が、男の左頬を捉える。
何かが軋む音がした。指の骨が、些細な軋みも振動として私に知らせる。手応えを受け入れ、私は右腕を振り抜く。男の体が、紙のように吹き飛んだ。水面を跳ねる水切り石のごとく、男が床を転がる。男が様々な棚をその体でなぎ倒す。無残に横転した棚の奥から、炎の柱が飛び出した。私はかわし、男に向かって駆ける。
立ち上がろうとする男の顔面を、全力で蹴り上げる。男の体が、錐揉み回転しながら舞い上がる。私は目に力を込める。生き物の動きを止めることはできないため、男の服に意識を集める。ありったけの憎悪を込めて、叫ぶ。「止まれ!」
服が止まったことで、男の動きも空中で静止する。空中で磔にされたみたいだ。跳ぶ。男の足首を掴んで、能力を解除する。上からの重さを感じて、私は男の体を地面に叩きつけた。床が陥没し、亀裂が走る。
「あがっ」
私は男の腹に乗る。握り締めた右拳を振り上げる私の顔を捕捉するように、男が左手を伸ばしている。
男の手の平から、炎が放射状に吹き出す。
「止まれ!」
目を細め、怒鳴る。火は恐れをなしたように硬直し、それに伴って男の顔も凍りついた。
「なんだよ、その能力」
男の心に何かしらの変化が生じたらしく、炎があっさりと消えた。
私は腕に総力を込める。腰の回転に乗じつつ、右拳を叩きつけた。ビスケットを砕いたような感触。男の鼻から、血が吹き出す。
PVが3000超えました。なんともびっくりです。この数字が大きいのかは、2000のときにも言ったかもしれないんですけどわかりません。こんなに数字が膨らんだのも、みなさんのおかげです。感謝!