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    ドーナツ

「慧ちゃん、もう生理は治まった?」

「そもそも生理じゃなかったんだけど」

 翌日の火曜日、私は杏樹と一緒に歩道を歩いていた。今から、買い物へ行くところである。昨日よりましとはいえいささか元気のない私を見かねた、杏樹なりの気遣いだ。

 ちなみに昨晩、泣き疲れた私は輪廻さんに抱きついたまま寝ていたらしい。朝日が顔にかかってようやく目を覚まし、寝ていた間ずっと輪廻さんの左手を握っていた事実に気づいたときには心底驚いた。それほどにまで、輪廻さんの左手に安心していたのだろう。思い出すだけで、笑えてくる。あんなに安らかな気持ちで眠れたのは何年ぶりだろうか。

 数日前にも来たショピングモールであったが、私と杏樹は飽きることなく乗り込む。どうせなら、前回行かなかったところを行ってみる旨の遊びだ。

 スキップ混じりの杏樹が足を止める。つられて足を止めて、右を見る。甘い匂いが鼻腔を満たす、ドーナツの店だ。様々な種類のドーナツが、私たちに向かって手招きしているようだ。甘いものにそこまで執着しない私がそう思うのだから、この匂いは相当魅力的だといってもいいだろう。なにせ現在午後三時半。おやつの時間としては、十二分に通用する。

 杏樹がぽかんと口を開けている。そこではっとした顔になり、鋭い目つきで私を見上げる。

「慧ちゃん」

「なに」

 杏樹が、自分自身の二の腕を指差す。「揉んで!」

「何を」

「二の腕!」

 これはつまるところ、私こと朝倉慧が彼女こと川瀬杏樹の二の腕を揉むということでいいのだろうか。なぜいきなりこんなことを。

 と思ったものの、揉めと言われたので私は素直に彼女の二の腕へ手を伸ばす。漫画やゲームでオノマトペを付けるのなら、この感触はむにむにといったところだろう。私の二の腕よりいくらか肉付きがよく、触っていて気持ちいい。

「どうかな?」

 恐る恐る訊いてくる杏樹に、私は素直に答える。

「気持ちよかった」

「そうじゃなくてー!」

 ご不満らしい杏樹が、ばっと両手を天井に向ける。

「この二の腕で、甘いの食べても大丈夫かな?」

 なるほど。つまり、私が彼女のカロリー管理をしなければならないということか。二の腕を揉んだのは、食べたドーナツのカロリーが万が一の可能性で二の腕に付いてしまっても、まだ許容範囲なのかを判定してもらうためらしい。

 しかし私は食べる絶対量が少ないせいで肥満やダイエットとは無縁の生活を送ってきた。それによって、どんな二の腕をしていたらレッドゾーンなのか、もしくはどんな柔らかさをしていたら安全圏内なのかがさっぱりわからない。前提として、私に訊くことが間違っているとしか思えない。

 私がその旨を極力オブラートにラッピングして、杏樹に伝える。聞いた話では太らないアピールは無駄に敵を作ってしまう言葉だそうだ。中学生の頃、男子が食べても太らない旨の発言をしたことにより女子たちの空気が一瞬にして底冷えしたことを覚えている。

 私ができるだけ遠回しに説明すると、杏樹は眉を下げた。

「じゃあ、今回はなんとなくやめておこうかな。その分のお金を未来の私にプレゼントすると思って」

「それがいいと思うよ」

 なんと健気で愉快な発想をするのだろうか。私は素直に驚く。少なくとも私は、そんなふうに考えたことがなかった。買うか、買わないか。それだけしか考えない。杏樹の考え方には、いろんなことを気づかせてもらっている。


学祭も今日で終わり、次からなんとか予約に頼らないスタイルで投稿できそうです。みなさんも、疲れがたまらないような生活を心がけてください

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