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     デート⑨

 まだ明るい公道を歩きながら、杏樹ととりとめのない話をする。話の内容は本当に取るに足りないものばかりで、いちいち他人に報告するのもくだらなさすぎてはばかれるくらいだ。

 談笑がひと段落した頃合を見計らって、杏樹がしみじみと呟く。

「今日は本当に慧ちゃんと遊べて楽しかったなー」

「喜んでもらえて、こっちも嬉しいかな」

「いろんな慧ちゃんも見れたしね」

 いたずらっぽく笑う杏樹。私も、笑うとまではいかないにしても同意の心を込めて首を縦に揺らす。

「これで私たちも晴れて親友だね!」

 満面の笑顔で告げる杏樹に、私は面食らった。

「しんゆう?」

 杏樹も釣られて首をかしげる。

「違うの?」

 確認を取ってきた杏樹の顔には、怯えと期待が半々で住み着いていた。拒否されるのを恐れている反面、違わないよ、私たちは親友だね。と、肯定されることを待っている。

「いや、そうじゃなくて」

 私はそもそもの論点に戻る。

「友達がどんな存在だったかって、しばらくいなかったから忘れちゃってて」

 語尾が尻すぼみになる。

 祖母が死んでからの五年間、私は一年で住む場所を変えてきた。つまりそれに伴い、通う学校まで変えていたということだ。たった一年しか付き合っていないクラスメイトのことをそこまで長く覚えてくれる子もいるはずなく、私は忘れ去られるものとして親戚の家を渡り歩いた。そこで学んだことが一つある。

 友達なんていなくても、生きていける。最低限の会話ができて排斥されるようなことさえしなければ、友達なんかいなくても、問題はない。

 そんな生活を家でも学校でも数年繰り返したせいだろう。杏樹が「親友」という言葉を使うまで、私と杏樹の関係性を文字にすることができなくなっていた。

 目から鱗の発言に、私は深く得心する。

「親友、か」

「やだ?」

「まさか」

 杏樹の頭を撫でながら、私は目を細める。

「今まで親友なんていなかったから、親友についての定義がわかんなかっただけ」

「慧ちゃん親友いなかったの!?」

 心底驚いている杏樹の瞳に当てられ、私は苦笑で肯定を添える。すると彼女は嬉しそうに、両腕を広げた。

「じゃあ、私が慧ちゃんの親友第一号だね!」

 にこにこと笑う杏樹が鞄を揺らす。その拍子に沿って、鞄にくくりつけられている熊のぬいぐるみが揺れた。

「親友第一号、ねえ」

 噛み締めて、吐き出す。「悪くない響きね」

「でしょ」

 得意げな杏樹が私から離れる。この先の道は二つに分かれていて、右の道を歩けば舞踏荘へ着く。私から離れたということは、杏樹の家は左の道を進めばいいということらしい。

 別れが近付くにつれて、私は考える。こんな時、親友ならなんて言えばいいのだろうか。シンプルに、「ありがとう」でいいのか。

「じゃあね。また月曜日に!」

 悩む私に気づかない杏樹が私から遠ざかる。言おうと思ったけど恥ずかしさが私の邪魔をする。ありがとうなんて、もう何年も使わなかったせいで使うこと自体が恥ずかしいものだと思ってしまうようになってしまっていた。

「あの!」

 私の声も届かず、杏樹は曲がり角へ消えた。

 一瞬遅れて、つっかえた喉の奥から言葉が球状になって転がり落ちる。

「ありがとう」

 行き場を見失った五文字が床に落ちた。ころころと転がって、大気へ溶けて消える。

 言えなかった。思いを伝えられなかったことに、私は後悔する。

「まあ、いいか」

 また今度、同じようなシチュエーションになったら言えばいい。その時は、二回分の想いを込めて伝えよう。いつになくポジティブな考え方に、私は杏樹の元気が移ったのかと錯覚する。

 誰かがそばにいるだけで、ここまで過ごし方も気持ちも変わる。

 久しぶりな感覚に、私は面映ゆくなって苦笑で誤魔化した。


やっとデート編終わりましたね。読んでくださる人によってはなげーよと思われたかもしれませんが、僕は終始ニヤニヤしながら書いておりました。執筆中の顔は、誰にも見られたくないですね

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