デート⑥
杏樹はなおも私のことを見上げている。
「慧ちゃん」
「なに」
「あれ取ってえ」
声が湿り気を帯びている。泣きそうなのだろうか。
「私もそうしてあげたいのは山々なんだけど。私、こんなゲームしたことないし」
杏樹の眉がハの字を描いた。くりくりとした目に、水が溜まる。私は不意をつかれた。なんとも抗いがたい、迷子の仔犬みたいな目をされて私は仕方なく鞄の底に眠っている財布をたたき起こす。小銭の額を確認した。
「私は、今五百円なら小銭がある」
ずずっと鼻を鳴らす杏樹に、私は続ける。
「五百円で三回連続プレイ可能らしいから、三回までならやってあげてもいいけど」
杏樹の顔から、暗雲が一瞬で打ち払われた。太陽が、彼女の顔に南中する。歓喜のあまり腰へ抱きついてきた杏樹を引きずるようにして、私はコインを突っ込む。軽快な電子音と共に、ゲームは始まった。
「まあ、多分一つくらいは取れると思うし。三回もできたら」
私はこれでも要領はそれなりにいいほうだと自負しているし、軽い気持ちでボタンを押した。
五分後。
「あの、慧ちゃん?」
私は項垂れ、台の上に震える拳を置いていた。惨敗。この二文字が私を圧す。
結果から言ってしまえば、まるで脈のない負けようだった。一応クレーンがぬいぐるみにぶつかるくらいのことはあっても、うまくクレーンに捕まらない。きっと機械に設定か何かされているのだろう、掴む力が弱かった。
小刻みに震えて不機嫌そうな顔の私を見かねてか、頼んできた張本人が恐る恐るといった様子で話しかけてくる。
「こ、今回は縁がなかったってことで、いい社会勉強できたって考えて退散したほうがいいんじゃないかなあ?」
「冗談言わないで」
私は財布から千円札を取り出す。中指と人差し指に挟んだそれを、杏樹につきつける。
「うえ?」
目を見開いた杏樹に、私は命じた。
「この千円札を、両替機で崩してきて」
「くずす?」
「両替えて来て!」
肩を跳ね上げた杏樹が慌てて自販機へと走っていった。我ながらあほくさいと思う反面、ここで逃げて帰ると本当に何も残らない。何円かかってもいい。とにかく何か一つでも引っさげて帰らないことには悔しすぎる。百円玉を十枚持ってきた杏樹から効果を受け取り、穴へ突っ込んだ。
今日も日をまたいでの更新。部活があると、なかなか厳しいものがありますね。正直疲れます。さておき、お前どんだけデート続けるんだよって感じですねこれ。自分でもびっくりしました